第6話

「望まれて……いない……?」


 ウデルタの小さな呟きも誰もが見ている状況では充分に聞き取れた。


「当たり前だっ! 貴様ごときが侯爵家に喜んで選ばれたとでも思っていたのかっ!? 貴様くらいの文官能力ならいくらでもいるっ!

成績が悪いから邸に戻らず勉学に励んでいるものだと思い見逃してきたのだ」


 ウデルタは学園のAからFの成績順クラス分けで学術ではなんとかAクラスではあったがクラス内では下位であった。この一年は酷いもので、実は三年生になる時Bクラスになることになっている。本人はまだそれを知らない。


 ちなみにウデルタは武術科目の授業はCクラスだ。武術は男子だけなので三クラス(AクラスからCクラス)しかない。女子は淑女科目として三クラス(DクラスからFクラス)となっている。つまり、武術では最下位クラスということだ。


「貴様は婚約者だけでなく決まっていたはずの仕事も無くした。建設大臣補佐官の仕事はすでにギバルタが始めている」


 ウデルタは目と口を大きく開けた。目から涙が溢れ止めどなく流れる。

 

 ユリティナの父親ソチアンダ侯爵閣下は王城で建設大臣を務めている。ウデルタはその補佐官をしながら領地経営も学んでいく予定だった。

 ギバルタは三年前に学園卒業の際Aクラスで上位十位以内であった。武術科目もAクラスだ。武官としてはチハルタより下だが文官としてならチハルタよりもウデルタよりも上である。ソチアンダ侯爵閣下も能力がある婿を迎えられることになり実は喜んでいる。

 何よりユリティナがギバルタの誠実な姿に絆されており、娘が幸せそうにしている姿を見ると尚更喜ばしく思っていた。


 チハルタは少し離れていたチハルタと一緒に来た騎士たちに目で指示を送った。騎士たちはウデルタの脇まで来る。


「ウデルタ。本日をもって貴様の学園退学届けが受理された。

貴様はこれから来春まで一年の間騎士見習いとする。来春に騎士としての一定の能力がなければ騎士団付き小間使いとなる。

本日より見習い寮が住まいだ」


 騎士たちはすでにウデルタの荷物らしいカバンを一つもっていた。


「そうそう。母上のご指示だ。騎士になれるまでは実家への出入りも禁止するそうだ。なれなければ一生出入り禁止となる。

連れて行け」


 チハルタが顎で指示を出す。騎士たちがウデルタの両脇を抱えて後ろに引き摺った。ウデルタは泣き顔のまま項垂れて何も抵抗しなかった。


 ウデルタは低身長で華奢である。誰から見ても騎士団で活躍できるようには見えない。彼らの祖母は可憐な方だったそうでウデルタは家族にも祖母似だと言われている。


「ごめんなさい……」


 ウデルタの小さな声は両脇の騎士たちにしか聞こえなかった。


 騎士たちが出入口に向かうとチハルタもメーデルに軽く会釈して後に続いて退室しようとした。しかし、クルリと体を反転させて向き直った。


「ラビオナ嬢、ユリティナ嬢、そして、ご同席のご令嬢のみな様。愚弟の失礼な発言。メヘンレンド侯爵家としてお詫びする」


 チハルタとギバルタが深々と頭を下げた。この短い時間にウデルタが失言したという情報を得ているチハルタにラビオナは心中で感心している。


「その謝罪。お受けいたしますわ」


 ラビオナが笑顔で答えると同席していた女子生徒たちも頭を少し下げラビオナに同意した。


「寛大なお心に感謝いたします。家にはきっちりと報告いたしておきます。では、お先に失礼いたします」


 チハルタは笑顔を返すと出入口に向かい歩いていった。

 ギバルタが再びユリティナの手を取った。


「週末に邸の方へ伺います。楽しみにしております」


 ギバルタの乞うような熱い瞳にユリティナも頬をピンクに染める。


「はい。お待ちしておりますわ」


 ユリティナの輝く笑顔にギバルタは満足し手に軽く口付けをした。羨ましがる黄色い声がいくつか聞こえる。

 ギバルタもメーデルに会釈をして食堂を出ていった。


「ま、まさか……、まさか……」

 

 ノエルダムが大きな体の背を丸めて自分の腕を抱いて震えていた。ノエルダムもまたヘレナーシャに愛称呼びを止められていたことに思い当たったのだ。


「まあ! ノエルダム様。もしかして、わたくしたちの婚約破棄もご存知なかったのですか?」


 ヘレナーシャが声高に聞くとノエルダムは恐る恐るという表情でヘレナーシャを見た。ヘレナーシャは妖艶な笑みでその答えを表した。ノエルダムは最悪な事態に確信を得て膝から落ちる。


 ノエルダムとヘレナーシャも婚約しておりノエルダムもまた婿入りの予定だったのだ。


 ノエルダムが膝立ちで項垂れていると別の足音が響いた。


『カツカツカツ』


 靴の踵の音を高らかに鳴らして長めの黒髪をキチンと撫でつけ後ろにきっちりと纏めている美形紳士が入ってきた。長身だがノエルダムほどガッチリではなくほどよく中肉の優雅な中年の紳士だ。

 その男はメーデルに頭を下げた。


「宰相……」


 メーデルの呟きにノエルダムが頭を上げた。


「ノエル。待たせたね」


 コームチア公爵閣下は黒色の目を三日月に緩めた。その笑顔にノエルダムは『俺は赦されたのだ』と安堵して膝立ちからペタンと尻もちを付いた。

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