第3話
ノエルダムに睨みつけられても動揺のないヘレナーシャにノエルダムはさらに顔を赤くして三歩前に出た。
「ヘレナっ! 貴様は本当に根性が腐っているのだなっ!」
ヘレナーシャではなくまわりの者があんぐりと口を開けて呆れた。
『ノエルダムさんは『当然のマナーを教えた』という言葉を聞いていないのか?』
誰もが目が点になる。
「ふふふ。本当にノエルダム様は思考がお狂いでいらっしゃるわ」
野次馬たちもヘレナーシャの切り返しにクスクスと笑った。
「きっさまぁ!!!」
ノエルダムが拳を握り肩まで上げる。
「ノエル。止めなよ。そいつらがクズなのはわかっていたことだろう?」
ウデルタがノエルダムの腕を掴んで止めた。
『カタン』
ヘレナーシャの隣にいた青い髪を腰まで伸ばしたユリティナ・ソチアンダ侯爵令嬢が金色の目を細めて立ち上がった。
「ウデルタ様。聞き捨てなりませんわね。『クズなそいつら』とはどなたのことでございますの?」
ちなみにノエルダム公爵子息の言葉に返事をするためなのでヘレナーシャ伯爵令嬢が発言することは問題ない。ウデルタとユリティナは共に侯爵家なので発言を挟むことは問題ない。
「ああ、ユリア。そこにいると思っていたよ。やはり心根の悪い者は心根の悪い者たちと一緒にいるんだねぇ」
ウデルタは下卑た笑いをユリティナに向けた。
「「「ひっ!」」」
ユリティナは顔色は変えない。小さな悲鳴は野次馬からだ。
「そのお言葉。わたくしが公爵家として受け取らせていただきますわね」
ラビオナが優雅に笑った。
メーデルはシエラの頬を指で拭いシエラの肩を抱いてラビオナたちに振り向いた。
メーデルはシエラの涙を見て気持ちが復活した。ラビオナを睨む。
「いつもそのように身分をかさに着て威張っていたのだな」
メーデルの言葉に一瞬場は静まるがすぐにざわざわと声がした。
「メーデル王太子殿下。ここは一般教養や武術だけでなく貴族としてのマナーや常識も学ぶところです。学び舎であるために不敬な発言も罰になることは稀です。
先程のウデルタ様のような酷いお言葉でなければ家に報告もいたしません」
ラビオナがチラリとウデルタを見ればウデルタが肩を揺らして動揺した。ラビオナは再びメーデルを見据えた。
「しかし学び舎であるからこそ、間違えていらっしゃる時にはご指摘いたしますわ。
社交界に出てからでは遅いですから。
それをかさに着て威張るとおっしゃるとは……」
ラビオナは扇を閉じて顎に当てた。
「メーデル王太子殿下の発言の意味は理解できませんがつまりはウデルタ様やシエラ様は学ぶおつもりがないということでしょうか?」
「そのようなことは申しておらんっ!
二人ともわかっている。わかっている者にとやかく言うことがおかしいのだっ!」
吊り目をこれでもかと吊らせてたメーデルが怒鳴り散らした。
ラビオナは顔色一つ変えないので感情が読めないがこれこそが淑女教育の賜物なのだ。『ラビオナの言葉は冷静で堅実な意見だ』と思わせることに一役買っている。
「わかっていらっしゃるのにあれらの発言ですか……。どうやら根本的な教育がお間違えのようですわね。王家にもブルゾリド男爵家にもメヘンレンド侯爵家にもご注意いただくよう父に相談しておきますわ。
あ、側近候補者様ですのにご指摘なさらないノエルダム様も問題ですわ。コームチア公爵家にも相談しておきますわね」
シエラがハラハラと涙を流し顔を覆って俯き三人の男たちは顔を赤くしてワナワナと震えている。
三人の男たちが何か反論しようとした時食堂に入って来た者から声がかかった。
「失礼いたします。国王陛下の命により確認にまいりました」
息を切らしながら入ってきたのは簡易甲冑を着た王宮の近衛兵であった。
「メーデル王太子殿下。求人広告をお捨てになったというのは本当ですか?」
近衛兵は姿勢正しく立ち胸を反らせて質問した。
「当たり前だっ! あのような稚拙な悪戯を放っておけるわけがないだろうっ!」
メーデルは近衛兵を指さしながら怒鳴るが貴族として人に対して指を指すのはマナー違反であり恥を晒している。
ラビオナは思わず注意しそうしなったが近衛兵にこの場を任せるために息を飲み込んで我慢した。
「失礼ながら。
あの求人広告は王妃陛下の掲示物であります。メーデル王太子殿下であろうとも王妃陛下の掲示物にお手出しは不敬となります。
王妃陛下より再び掲示するようにと申し付かって参りました。
また、メーデル王太子殿下には『次は不敬ととる』との伝言も申し付かりました。
ご理解いただきますようお願いいたします」
さすがのメーデルもたじろいた。まさか『陛下』の名前での掲示物だとは思っていなかったのだ。
近衛兵はメーデルに深々と頭を下げた後廊下に向き直る。
「伝言は済みました。お願いいたします」
大きな声が食堂の向こうの廊下まで響いた。
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