大募集! 王太子妃候補! 貴女が未来の国母かもしれないっ!

宇水涼麻

第1話 本編

 ゼルアナート王国の王都にある貴族学園は一週間後に春休みを控えている。三日後は卒業式が執り行われる。


 その学園の玄関前には女子生徒たちが群がりキャイキャイと喜んで色めき立っていた。男子生徒たちは女子生徒たちの後ろからその群がりの原因たるものを見ようと首を伸ばしている。


 その原因たるものとは大きく張り出された求人広告であった。


【王太子妃候補者募集!】


〜貴女が未来の国母かもしれないっ!〜

〜さあ! チャンスを掴みにいこう!〜

〜麗しき王太子を射止めるのは貴女だっ!〜


 一般的には考えられない求人募集に生徒たちはその場で騒ぎになってしまっていたのだ。


 その群がりが収まることはなく始業間近になって教師たちが注意をしてやっと解散になった。


〰️ 


 そしてその日の昼休み。そろそろ食事を終えお茶を楽しんでいる時間。学園の大きな大きな食堂室に紳士らしからぬ大きな大きな声が響いた。


「ラニィ! あれはどういうつもりだっ!」


 白銀髪を後ろで1つに纏めた男が吊り目がちの紫の瞳をさらに吊り目にして怒鳴り込んでくる。

 吊り目ではあるが眉目秀麗なその男はバターブロンドの巻き髪をハーフアップにしていた美しい女子生徒の座るテーブルの前で鼻息を荒くして止まった。


 その少女は大きなピンクの瞳を優しげに緩めて立ち上がり美しいカーテシーをした。この『ラニィ』と呼ばれた女子生徒はラビオナ・テレエルだ。


「ご機嫌よう。メーデル王太子殿下」

 

 同テーブルにいた数名の女子生徒たちもそれに合わせてカーテシーをする。


「そんな挨拶はいらんっ!」


 メーデルの言葉を前向きに受けたラビオナは、同席していた友人たちに目配せをして友人たちを元のように座らせた。

 そして自分も座り、横を向くような形でメーデルと目を合わせた。


「それで? いかがなさいましたの?」


「なっ! なんだその態度はっ!」


 メーデルは青筋が立ちそうなほど怒りをあらわにした。


「まあ。『挨拶はいらない』とおっしゃいますので、不躾なお呼び出しを反省なさって遠慮していらっしゃるのかと思いましたわ」


 ラビオナは口に手を当てて仰々しく驚いたフリをした。メーデルは更に険しい顔となる。

 ラビオナが小さなため息をついてからゆっくりと再び立ち上がった。


「それで? いかがなさいましたの?」


 ラビオナはキョトンという顔で可愛らしくもう一度聞いた。メーデルはワナワナと震えていた。


「あの張り紙に決まっているだろっ! あれはどういうつもりなのだと聞いているのだっ!」


「まあ! 今更ですの?」


 ラビオナとメーデルは同じクラスに所属しているがメーデルは寝坊してランチに合わせて登校してきたのだ。なので朝から騒ぎになっていたことも知らなかったしこの時間までラビオナに文句を言うこともできなかった。

 遅刻してきたメーデルによって玄関前の求人広告は捨てられてしまった。


 しかし、時すでに遅し。張り紙の内容は全生徒の知るところとなっている。


「お前っ! メイドを買収して俺を遅刻させたのだなっ!」


 メーデルはラビオナを睨みつけたがラビオナは全く動じる様子がない。


「公爵令嬢でしかないわたくしにそのようなことができるわけがございませんでしょう? 王宮のメイドたちに失礼ですわよ」


 ラビオナはテレエル公爵家の長女である。


「そ、れ、に、メーデル王太子殿下のお遅刻はすでに常習ではありませんか?

昨夜も戯れが楽しすぎてお眠りになっていらっしゃらなかったのではありませんの?」


 ラビオナがメーデルの後ろにいた女にチラリと視線を投げた。肩より少し長いピンクのふわふわな髪の女はラビオナと目が合うとウルッと潤ませて青い瞳を伏せた。


「シエラを見るなっ!」


 メーデルが女を背に庇う。その女はシエラ・ブルゾリド男爵令嬢は豊乳の間にメーデルの腕を押し付けるように縋り付いた。


 ラビオナはすでにシエラには興味がないとメーデルに視線を戻した。


 だが、周りの者たちはそうはいかない。メーデルとシエラを交互に見て興味と軽蔑と嘲りでヒソヒソと話をしている。


「やはりそういう関係なのだ」

「あの縋り方はあざとすぎる」


 噂の主たちは気がついていないようだ。


「メーデル王太子殿下が去年から週末毎にシエラ様との逢瀬をお楽しみになり毎週月曜日に遅刻なさっていることは多くの者が存じております。

それをわたくしの責任になさるのはお止めください。まさに冤罪ですわ」


 メーデルの遅刻を知ってはいたしそのように予想していた者は多いがこうしてラビオナから直接聞くとメーデルへの軽蔑的視線はさらに増すというものだ。

 メーデルは話の矛先に慌て出した。


「そ、その話は今はよいっ!

今はあの張り紙の話だっ!」


「はあ?」


 小首を可愛らしく傾げたラビオナはメーデルの言葉を理解できないという顔であった。

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