第30話 帰り道②

「また明日ね」

鈴が言った。

「うん、また明日だね。鈴ちゃんが家に入るところを、見届けてから帰りたいから、お家に入って」

「あ、うん、わかった。じゃあ入るね」

2人は名残惜しそうに、ゆっくりと離れていく。ゆっくりと手から指の先までつたい合いながら離れた。鈴はそのまま目を合わせることなく玄関前に向かう。途中で翔と目を合わせたら向かう足が止まってしまう。また翔の温もりを求めてしまう。翔に触れたくなってしまう。それがわかっていたから、翔と目を合わせられなかった。玄関前まで辿り着くと、振り返り翔に手を振った。静まり返った住宅の中で、言葉を発することはできなかったが、鈴の笑顔から翔に対しての思いが感じられた。翔も笑顔で鈴に手を振った。そして鈴は鍵を開けて家へと入って行った。閉まっていく扉の隙間から、鈴は手を振り続けた。

「ガチャッ、ガチャガチャ」

扉が閉まり、鍵が締まった。その瞬間、今日の2人のデートは終わりを迎えた。

扉が閉まるまで手を振り続けていた翔は、鍵の締まる音を聞き終えると、帰路へと歩き出した。

星空のキレイな夜だった。翔は時折星空を見上げ、今日一日の鈴との出来事を思い出しながら、ゆっくりと歩いた。

翔の家はさっき降りた駅から見ると、鈴の家とは真逆の方向になる上に、降りた駅から一駅分離れている。駅まで戻り電車に乗ったほうが早いのだが、翔はこのキレイな星空と鈴との回想をできる限り長く感じていたいと思い、そのまま歩いて帰ろうと思った。電車に乗るよりも、よりも30分余計に時間がかかる。その30分を、翔は至福の時間にした。翔はおもいっきり余韻に浸りながら、時折キレイな星空を見上げてため息をつき、そしてまた心で幸せを感じる。ずっとそれを繰り返しながら歩いた。気持ちの良い時間だった。

そんな風に歩き続けているうちに、家に着いてしまった。幸せな時間は早く過ぎてしまうというが、この30分間も翔には一瞬で過ぎてしまった。もっとずっと歩いていたかった。しかし、このままずっと歩き続けることはできない。名残りおしみながら静まり返っている家に入った。

『ただいま』

翔は心の中で言った。

この日は本当に穏やかな夜だった。暑くもなく、寒くもなく、ジメジメもしていない、爽やかな気持ちの良い夜だった。時折心地良い風が、スルスルと抜けていくよくに吹いていた。翔と鈴、それぞれの夜は更けていった‥‥

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る