第13話 一人じゃ重いものも、二人でなら
「気にしているのか」
「え?」
「先程のことだ」
劇場から出て少し歩いた所で、クロードがふとリリアンへ問いかけた。この場合の『気にしている』とは、多分シャーロットのことを言っているのだろう。リリアンは咄嗟に否定しかけたけれど、一度口を閉じる。黙り込んでいる間もクロードは急かすことなく、静かに答えを待っていた。
「……そうですね。気にならないと言えば嘘になります」
リリアンは少し悩んだけれど、クロードの誠意に応えるためにも今の心情を正直に吐き出した。
「私のせいで誰かが傷つくことになると……分かっているつもりで、全然分かっていませんでした。それに多分、ローレヌ令嬢だけじゃないですよね。クロード様に想いを寄せている方は、私の想像以上に居るのでしょう」
きっとずっと。でもだからと言って謝るのは違うし、それこそ相手に失礼だ。何よりこんなことを考えること自体、傲慢に他ならなくて。
リリアンは空気を変える為に、にんまりと笑った。
「クロード様はとっても人気なんですね〜クロード様が相手ならユリウスも負けちゃうかもしれませんね!」
「リリアン、わざと茶化さなくていい」
「……クロード様、もしかして心配してくれてるんですか?」
「そうだ」
クロードは真剣な表情でリリアンの手を取った。まるで宝物を扱うかのようにとても優しい手つきで。
「リリアンが申し訳なく思うことは何もない。責任を感じる必要も。忘れたのか?君は俺が選んだのだと」
「……」
「君を責める者は誰もいない。もし居たとしたら俺が全部払ってやる。――それでも尚、君が気になると言うのなら、俺が全て請け負おう」
だから全部俺のせいにすればいい、クロードはそう続ける。それは間違いなく、リリアンの心を護るための優しさだった。
「……いいえ。クロード様だけに負担をかけるわけにはいきません」
それはできないとリリアンは首を振りながら、重なるクロードの手を握り返した。
「だから、一緒に背負わせてください。だって私たちは共犯者じゃないですか」
「ははっ、協力者から共犯者とは、また随分物騒になったな」
「えっ、いや、そんなつもりではなくて……!」
確かにこれだとどんな犯罪でも犯したかのような発言だと、リリアンは慌てる。そんなリリアンを見て、クロードは気分が良さそうにまた笑った。
***
柔らかな日差しが差し込む午後。街の真ん中にあるそのカフェには貴婦人や令嬢たちが多く集まり、穏やかな午後を楽しんでいた。
「いらっしゃいませ」
カランと来客のベルが鳴る。扉が開かれ、すらっとした長身の男が現れた。男性客より女性客の方が多い店内で、一際目立っているその人が一体誰なのか認識した人々は皆、自分の目を疑った。
ウィノスティン公爵がここへ来たことに加え、更には女性連れだったからだ!
「笑って悪かったよ。代わりに好きなだけご馳走するから、そろそろ機嫌を直してくれないか」
「……い、いっぱい食べちゃいますよ?」
「君が望むだけいくらでも」
もちろんクロードは、最初から一銭たりともリリアンに払わせる気はないのだが。
見たことも聞いたこともないような甘い声色で女性の機嫌を取っている公爵に、人々は言葉を失った。
一方で席に案内されたリリアンはメニューを眺めながら、どのデザートにするか真剣に選ぶ。どれも美味しそうだと頭を悩ませるリリアンに、クロードは軽く発した。
「悩むようなら全部頼もうか」
「ぜっ!?そんなに食べれません!これと、これにします」
「それだけでいいのか?」
「えっ?はい」
二つのケーキを指差したリリアンにクロードは首を傾げた。
「ふむ。ではこれと――」
顎に手を置きながら暫く何かを考えていたクロードは、何を食べるか決めたのか店員へと声をかける。そして、計五個のケーキを注文した。「意外にクロード様は甘い物が好きなんだな」なんて思いながら、リリアンはケーキの到着を待った。
「あの……これは一体?」
待つこと数分。テーブルへ置かれたデザートを眺め、リリアンは戸惑う。クロードが注文したはずのケーキが全て、リリアンの目の前に置かれていたからだ。
「二つでは足りないかもしれないからな」
フッと微笑みながらクロードは紅茶を口にする。勿論これは善意と好意が百パーセントでの行動だったのだけど、何も知らないリリアンは「そんなに食い意地を張っているように見えるのかしら」と複雑な気持ちになった。
何より、視線を集めている中でこれは少し恥ずかしい気持ちもあって。
「クロード様も――」
「あら、クロード様?」
リリアンがクロードへと声を掛けた時だ。どこか艶やかしい声が割って入ってきた。
リリアンは既視感を感じながら、声の主へ視線を向ける。
「こんな所で偶然ですわね」
サラりと長く綺麗な髪を耳へ流しながら、コツコツとヒールの音を響かせこちらへ近付いてくる。所作一つひとつが見惚れるほどに美しく、誰もが振り向いてしまう程の容姿を携えたその人は――グレース・フルク令嬢だった。
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