第7話 その誓いは誰が為に
剣術大会二日目。
予選を勝ち抜いた各ブロックの代表者八人が競い合う、本戦が行われる日だ。
リリアンは今日もソフィアに付き添ってもらい試合を見に来ていた。
「誰か探してるの?」
「えっ!?ううん、誰も!」
辺りを見渡すリリアンにソフィアが問いかける。リリアンはぴくりと小さく肩を揺らして首を振った。
「ふーん?」
「なによその顔は……ただ人が多いなと思ってただけだから!」
「まっ、そういうことにしてあげるわ」
まるで気持ちを見透かされているような気がして、リリアンは押し黙る。別にクロードを待っているわけではない。ただ、昨日あんなことを言ってきたのに今日はまだ見かけないなと思っただけで。心の中で一人言い訳をする。
「わああああ!」
会場に入ると既に熱気に包まれていた。
やはり本戦なだけあって、昨日とは比べものにならないほど沢山の人が集まっていた。
「アンタの弟は二試合目だっけ?どう、勝つと思う?」
リリアンはうーんと考え込む。本戦ではどの選手も副団長か団長なはずだ。ユリウスが強いことはよく知っているけど、必ず勝つとは断言できなかった。
のんびり見ることは今日も難しそうだと、リリアンは確信した。
そうこうしているうちに試合が始まった。
第一試合は茶髪と緑髪の騎士二人だ。勝った方はユリウスと戦うことになるかもしれないからと、リリアンは真剣に観戦する。
二人は第一と第四の団長同士らしい。
ユリウスからは以前、第四騎士団はサポートや救護を主としている隊だと聞いた記憶がある。だから第四騎士団長は不利なのかと思いきや、実力はほぼ互角で大差はないように感じられた。
「勝者、エリック・バーンズ!」
しかし、勝ったのはやはり第一騎士団長だった。負けた第四騎士団長が、自分より悔しそうに涙を流してる団員の肩をとんとんと慰めるように叩いている。
その様子にリリアンも少し気分が沈んでしまったけど、感傷に浸っている余裕はなかった。
「ラウルくん〜頑張って〜!」
「ユリウス様ーー!」
すぐ次の試合が始まろうとしていたからだ。
ユリウスの相手は、ラウルという小柄な少年だった。サービス精神も旺盛のようで、名前を呼んでいる婦人たちに笑顔で手を振っている。
司会の声で二人が階段を上がり、闘技場の中心へ立つ。お互い剣を構え、開始の合図が鳴ったと同時にキンッと金属のぶつかる音が響いた。
一体何が起きたのか。リリアンは理解が追いつかないまま試合を眺める。
小柄の身体を利用しながら、ラウルがユリウスへの攻撃を繰り返す。その姿はとても軽快で見ている人の気持ちを楽しくさせた。
観客だけじゃなくユリウスも同じ気持ちなのか、普段より楽しんでいるように見える。
試合中なのにリリアンは嬉しくなった。
「勝者、ユリウス・ハーシェル!」
暫くの間、攻防戦が続き勝ったのはユリウスの方だった。ラウルを応援していた人達が「ラウルぐん゛頑張ったわね゛ぇ゛〜〜〜」と咽び泣いている声が聞こえてくる。
リリアンはほっと胸を撫で下ろし、次も勝てますようにと祈った。
***
「ユリウス、こんな所にいたの?」
「……姉さん」
全ての試合が終わって人も大分散った頃。リリアンは一人ベンチに腰掛けていたユリウスへと声をかけた。
「まだ帰ってなかったんだ」
「ええ」
ユリウスは二試合目で敗退してしまったけど、ソフィアを見送った後もリリアンは会場に残っていた。理由は一つ。ユリウスが心配だったからだ。
こんな時、気の利いたことが言えたら良かったけど、リリアンは側にいることくらいしかできない。無力さを感じながらユリウスの横へ静かに座った。
「そろそろ帰ろっか」
風が少し冷たくなってきた頃、先に口を開いたのはユリウスの方だった。
ユリウスに続いてリリアンも腰をあげる。疎らに残っていた人たちも、皆帰ってしまったようで辺りはとても静かだった。
「ユリウス凄かったわ、団長相手にあんな互角に戦えるなんて。今まで沢山頑張ってきたものね」
「でも結局負けちゃったし、俺なんて……」
「そんなことないわ」
ユリウスの言葉を遮り、毅然とした態度でリリアンは伝える。
伯爵家に来た頃からユリウスは確かに強かったけど、団長や副団長の相手になるほどではなかった。
けれど、今はどうだろう。副団長にまで上り詰め、団長相手とも互角に戦えるようになった。
これはユリウスが今までずっと頑張ってきた証なのだ。
例え本人にだって、それを否定してほしくなかった。
「負けてもいいの。悔しくてもいいの。でも、だからって自分の頑張りを否定しちゃダメよ」
吹き抜けた風が頬を撫でる。普段なら癖毛の髪がぐちゃぐちゃになってしまうと焦るであろうリリアンだけど、今日は脇目も振らずにただ真っ直ぐユリウスを見据えていた。
「これは姉としての贔屓目で言うんじゃないの。貴方が、ユリウスがずっと頑張ってきたことを知っているから言うのよ」
決して大きくはない。けれど澄み切った柔らかな声が、ユリウスの耳へしっかり届く。
「言ったでしょう?誰よりも強くて素敵な騎士に、ユリウスなら絶対なれるって!」
初めて夢を語ってくれた日から今日までずっとリリアンは信じていたし、これからも変わることがないだろう。
『俺の恋人にならないか』
だから公爵にそう聞かれた時に、既に答えは出ていた。
ユリウスの夢を応援するなら、リリアンの気持ちはお荷物でしかないのだから。
それでも即答できなかった理由はただ、少しでも足掻きたかっただけで。
「……っ」
「姉さん?」
リリアンは笑って口を開く。――否、笑おうとしたけれど上手く言葉が出てこなくて、唇がふるふると震えてしまう。
ユリウスがどうしたのかと、リリアンを呼ぶ。「なんでもないわ」といつものように笑いたいのに、笑おうとすればするほど息が詰まった。
「探したぞ」
何かが溢れ出しそうになった瞬間、目の前が真っ暗に染まる。誰かの手が目元を覆ったのだと遅れて気が付いた。
「待たせて悪かったな。仕事が少し長引いた。ここは寒いだろう、馬車を待たせてある」
「ちょっと待ってください、突然現れたかと思えば何なんです!?何故、公爵様が姉さんを連れて行くんですか!」
リリアンを連れてその場を離れようとしたクロードを、ユリウスは引き止める。気に障ったかのように彼は一瞬ぴくりと眉を動かしたけど、すぐに今の状況を思い出して口角をあげた。
「そうだな。君にはそのうち挨拶をする事になるだろうから、詳細はその時に改めて話そう。今は一先ずリリアンを暖かい所に連れて行かなければ。こんなに震えて可哀想に。寒かっただろう?」
見せつけるように、クロードがリリアンの腰を抱き、自分の方へと引き寄せる。ユリウスの返答を待たず、今度こそその場から離れた。
「そろそろ離してください公爵様!」
グイッとリリアンはクロードの胸元と押して距離を置く。ついに我慢の限界だった。
「怒ってるのか?遅れたのは悪かったよ、今日に限って後回しに出来ない仕事ばかりでな」
「そうじゃありません!」
ユリウスの前であんなに近づく必要があったのか、ということにリリアンは怒っているのだ。だけど助かったのも事実なので直ぐに怒りは鎮まっていく。リリアンは素直にお礼を言った。
「助けて頂きありがとうございました」
「これからは協力者なんだから助けるのは当然だろう?」
「……これはお返し致しますね」
「ふむ、では返答を聞かせてもらおうか」
リリアンは借りていたブローチをクロードに手渡す。
「なります。貴方の恋人に」
そして今度こそ、迷い一つなく口にした。
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