第19話 処刑の拳銃
「わぁたしが一計を案じましてねぇ。少ぉし経った後にここに爆薬を仕掛けるよぉうに、私が頼んだんですっ」
それは、薔薇が周囲の警戒に一人フォニー等の下を離れた時だった。
「私ぃ、思うんですよ」
「……?」
「多ぁ分、あの城にはかぁぁあなりの数の敵がいますよねぇえ。なのでぇ、必然的に隠密行動になると思うんですよぉ」
「……そうだな」
「そぉうなると、恐らく巨像様は別行動ですよねぇ?」
後ろを向いている巨像の装備を見ながら、フォニーは塩漬けの硬い干し肉を齧り切る。濃い塩味と共に広がる肉の旨味がある内に黒パンを齧る。
薔薇と巨像の評判はフォニーも知っている。変装と射撃の達人薔薇と、圧倒的な暴力の化身巨像。となると隠密は専ら薔薇の担当の筈だ。
「う」
齧りすぎた。小麦の味しかしない。硬くもさもさとした口内の水分を奪うパンを数十回の咀嚼の末にようやく呑み込み、フォニーが続きの言葉を発する。
「そぉおうなった時ぃ、少ぉし後でいいので城に爆薬を設置して欲しいんですっ」
「……爆薬? あぁ、成程」
「タぁイミングは任せます。ん何かあぁい図を出してくださいっ」
あの時二人は、ただ巨像の食事シーンを巡って争っていただけでは無い。ウェルの死体を見つけ、薔薇が報告に戻るまでの間に作戦会議を済ませていたのだ。
巨像の案内のまま、城塞内を駆ける。無論、フォニーは薔薇を抱えたままで。
もう諦めたのか、薔薇はフォニーの腕の中で背後に銃口を向ける。三度の銃声と共に、六人の追手が地に伏した。
「もう追手が来てるわよ! どうする気!?」
「……誘導して、弾けてもらう」
「あぁ、成程。……そういうのは先に共有しなさいよ木偶共!」
「痛ったぁあ!!」
薔薇がグリップの底でフォニーの肩を殴った。
先導する巨像に着いて行くと、彼は少し屈みながら部屋の中に入った。見覚えのある光景だ。壁に空いた穴、転がる酒樽と酒瓶。例の尋問部屋である。
薔薇は高い動体視力で辺りを見渡す。天井の四隅に、見覚えの無い黒い影がある。巨像ならばあの位置に取り付けるのは容易い。あれこそが爆弾なのだろう。
巨像はそのままスピードを落とす事無く、大きく空いた壁の中に飛び込んだ。
「は?」
「行きますよぉお!」
そして、広がる水平線へと。続けてフォニーも高く跳躍する。
「え、ちょぉぉ!!」
巨像はその尋常ならぬ握力で床を掴み、フォニーはファルシオンを壁の煉瓦の隙間に差し込み鎖にぶら下がった。
通路の角を曲がってすぐだ。追手にとっては、急に三人が消えたように見えただろう。部屋の中で止まる足音と、困惑する声が聞こえる。
「後はぁ、お任せしても?」
「ハァ……? 初めてだわ、私をこんな風に使う人」
この体勢のままでは、天井に付いている爆弾は見えない。だからこそ、ここから爆弾を起動するには、角度を付ける必要がある。即ち、ここから海に向かい跳ぶ必要が。
もう片方のファルシオンの鎖を薔薇の脚に巻き付ける。これで、薔薇がそのまま海に落下することは無い。
「エスコート、してくれるんでしょうね?」
「もぉち論ですとも、殿下っ」
フォニーの掌の上に、薔薇が靴を乗せる。焦げ茶色のブーツの靴底をフォニーはがっちりと掴んだ。腕の中を抜け出し、薔薇は彼の腕の上に立つ。
そしてそのまま、フォニーは腕をバネのようにして勢い良く持ち上げる。同時に薔薇は、彼の手を足場にして大きく跳んだ。
「……――――」
緩慢とした時の中で、薔薇はフロントサイトを覗き込む。
相手は飛行中のパイロットでも、車で逃げている訳でもない。静止する目標、遮蔽物も無し。百発百中で有名な薔薇相手に、これで外せと言う方が無理がある。
轟音。火炎が巻き、衝撃が迸った。
爆弾は狙い通りに誘爆による連鎖的な爆発を瞬間的に巻き起こし、部屋に探しに来た敵に襲い掛かった。
最終的には重症の火傷が二十名弱、死者が十名強。その他は軽いやけどを負う事になる。だが、そのようなこと三人は知る由も無い。
「……けっこうはでにいったわね」
焦げ臭さに鼻を摘まみながら、薔薇は周囲を確認する。
爆発音によりいずれ追手はまた来るだろう。だが、今のところはこの異変に誰も駆けつけてはいないらしい。
「早く行きましょぉ。追手が来れば意味がありませぇん」
「そうね」
螺旋階段で三度目の昇降を終え、再び波止場に辿り着く。
先刻と同じように、ベイオフは腕を組みながら待っていた。唯一先程とは違うところと言えば、こちら側には巨像が加わっているという事と、ベイオフの背後に控える私兵が三人程度に減っていることくらいか。
佇まいだけで分かる。恐らくは、彼の近衛を任されているのだろう。あれは、私兵の中でも特に歴戦の者達。そしてそれは、ベイオフも同じこと。
「また会えるとは思いませんでした、殿下」
「相変わらず口が減らないのね。
緩慢とした動作でベイオフは大剣を構える。
歴戦の兵士たち。それを率いるベイオフこそが、彼らの中で最も高い実力を持つのだろう。
重心の移動も、視線が捉える先も、剣を握る手も、滲み出す余裕も。薔薇全てが彼を強者と認めている。彼こそ、類稀なる猛将であると。
煽りの言葉にベイオフは耳を貸す事無く、ベイオフは顎をくいと動かす。兵士たちが駆け出す。ただ、彼女は応戦しない。
「ん雑兵は私共にお任せあぁれ! 薔薇様は奴をっ!」
「……」
「アンタたち……」
ファルシオンを片手に叫ぶフォニーと、頷く巨像が薔薇の前に躍り出たのだ。
薔薇目掛けて振り下ろされた刃を受け止め、フォニーはそのまま鎖で絡め取った。敵の銃弾を巨像の防護服は通さない。そのまま敵の頭を鷲掴みにすると、思い切り地面に叩き付ける。
「何か因縁があるんですよねぇ!? 我々の事はいいですからぁ!」
心の中で二人に感謝しつつ、だが決して口には出さない。ゆっくりと彼女は片手に銃を、片手にナイフを抜いてベイオフとの間合いを歩みで縮めていく。
「アンタの言う通りだわ」
コツ、コツと薔薇のブーツが岩の床を鳴らす。背後では二人が刃と刃を打ち鳴らし、甲高い金属音を立てている。
だというのに、二人を包む空間は異様に静かだった。まるで、他を拒絶しているかのように。
彼女は独白のように、小さく零した。
「私、生きようとしてた。私として。……でもそれじゃあいけないわよね」
「何を……」
前髪を掻き上げる。彼女の白く綺麗な額にはただ一つ、歪な傷があった。
火傷だ。まるで彼女の顔を侵食するような重い火傷、それを彼女は普段から前髪で隠していたらしい。
それが何だというのだ。ベイオフはまだ、薔薇の言葉の意味が掴めずにいた。
「私はメイアン殿下であるのが仕事。私こそが、誰もよりもメイアン・ルイーズ・ピース=クレセントでなくてはならない」
「……まさか」
傷を露わにした薔薇を前に、ベイオフは記憶を手繰り始める。
そうなる前に国の海軍を退役し、国外にいたベイオフでも知っているかつての故郷での出来事。大陸全土で、紙面の大小には関わらず新聞に張り出された話題だ、誰でも知っている。
かつて、大陸西にクレセント王国という島国があった。小さな島国、しかし地下に眠る莫大な資源故に名馳せていた大国でもある。
しかしある日、突如現れた炎によって国は一夜にして包まれた。
それは、大陸の各国でも観測され空を一瞬にして赤く染めた。通称「空が灼けた日」として、各国の住民の記憶にも刻まれている。
炎は文字通り爆発的な勢いで広がり、国を大きく包み込みようやく消える。城で行われていた第一王女、メイアン・ルイーズ・ピース=クレセントの誕生日パーティーをも吞み込んで。
事故後に行われた調査では、爆心地は王都。
国外に伝わる隠し通路などもあるにはあった。が、調査の結果爆発の勢いを見るに最初から通路に入っていなければ防ぎようがないと結論付けられる。
パーティーの主役が城の地下に潜っていたなんてありえない。王族や、その他貴族の生存者はいない。自然とその結論に行きつき、クレセントは滅亡したとされたのだ。
そう、よくよく考えれば、薔薇の存在自体がおかしい。
先刻こそ目の前に現れてしまった以上生存していたと結論付けるも、ベイオフは頭の中で何か引っ掛かっていたのだ。薔薇の言葉で、ようやくその違和感に気付いた。
死んだ筈の王女、王女としては有り得ない程の武力。あの災禍を生き延びたことを証明するその火傷。そして、王国への高い忠誠心。
既に材料は揃っていたのだ。
「フフッ…ハハハハハッ!! ハァ……なるほど、確かに俺たちは初対面だったらしい」
王族には秘密がある。軍で上り詰めると、そのような情報は耳に入ってくるものだ。
各国に網を広げ、情報を収集する諜報機関。勅命により暗殺、破壊工作。仕舞には悪魔祓いまで。その上構成員の中には、王族の影武者となるように顔や人格を造られた人間もいたという。
クレセント王国直属の暗部、「
「さて、そろそろ逆賊を始末しようかしらね」
知る者は知っている。その十番目のメンバーである少女は、クレセント王国王女メイアン・ルイーズ・ピース=クレセントに酷似していると。
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