第2話 変革と告げる鐘



『ピーンポーンパーンポーン』


 学校への通学途中にそれは響いた。

 耳が痛くなるようなチャイム音が木霊する。


 余りの大音量に耳を塞ぎ、膝を折った。

 周りの人間も僕と同じように耳を塞いでいる。

 だけど音量は変わることなく頭の中に流れ込んで来た。


『この星は遠からず資源を使い果たし、文明が衰退することが確定している』

 

『我々は哀れな人類に救世を行います』


『試練を乗り越えたものにのみ繁栄が訪れる』


『人類よ、救われるだけの価値を示しなさい』


『資格を持つものよ、試練に挑め』


『資格なきものよ、祈りなさい』


『良き戦いを』


『ピーンポーンパーンポーン』



 凄まじい音量だったが不思議と内容は聞き取れた。

 新手のテロだろうか。一体なんだったんだ。


「いたぁ……、な、何だったの、今の声?」

「……不思議な響きだったわね。どこから放送していたのかしら」


 萌香が痛そうに顔を顰めているが、花音姉さんはもう冷静に周りを警戒している。


「頭が痛いです~……」

「信也君と莉々ちゃんは大丈夫だった?」

「僕は大丈夫です。莉々はちょっと落ち着かないみたいですけど」


 夕希ちゃんも頭が痛そうにしているが、有紗さんはこちらを心配するだけの余裕があるようだ。年長者組はタフだな。


 僕も周りを確認してみるが、みんなは戸惑いつつも肉体的な不調はなさそうだ。莉々は僕にしがみついて震えてしまっているので背中を撫でて宥める。

 公園がすぐ近くにあったので、そこのベンチで少し休ませることにした。


 そういえば双子の妹の萌香だけ何も反応してないな。

 様子を見てみれば固まって背中を向けていた。


「萌香、どうかした?」

「……お兄ちゃん、これ……見える?」


 萌香の指さす先、彼女の目の前に半透明の板が三つ浮かんでいた。

 僕が朝から見ていたものと同じだ。ただし内容は違う。

 

『試練資格JPN_No.01023

 青野萌香 女 13歳

 技能:魅了LV3 社交LV3 異身伝心

 称号:なし

 生命:10/10

 精神:10/10

 装備:なし

 保有アイテム:なし

 リソース:100P』


『試練:孤独の迷宮を開始しますか?開始制限時間6日23時56分45秒

 YES   NO

 ※開始制限時間を超えた場合、試練資格を喪失します』


『試練資格を譲渡しますか?

 YES  NO

 ※資格の譲渡はお互いの同意が必要となります』


 これ、見えるって言っていいのかな。

 萌香にしか見えていない場合、僕が見えているとまずい気がする。

 といっても僕がどう思っていようと、勝手に行動してしまうのが今の体なのだ。


「見えているよ。半透明な板だね。なんなんだろうこれ?」

「すごーい、萌香だけずるいよ。私もそれ出したい!」


 春香が触ろうとしているが触れられないようだ。

 よかった僕以外も見えているみたい。

 

「なんなのこれ、みんなには出てこないの?ていうか羨ましがらないでよっ、こんな気持ち悪いもの!」


 萌香の焦りが伝わってくる。

 先の放送の資格、試練という言葉とこの半透明の板の言葉は繋がっている気がする。

 夢の内容だからか分かりやすいフラグではある。


「何でしょうこれ……」


 みんなで半透明の板を囲んでいたところ、夕希ちゃんがスマートフォンの画面をこちらに見せてきた。

 そこには一人の男性が暗い通路を進んでいた。


「さっきの放送が何か、動画サイトのニュースで調べようとしたんですけど、突然こんなライブ映像が出てきて……」


 タイトルは『【試練資格JPN_No.00123】孤独の迷宮、日本初の挑戦者!』などと書かれていた。

 29,530人が視聴中、5分前にライブ配信開始と映っている。


 盛岡 大吾 男 35歳

 技能:頑強LV3 近接格闘LV2

 称号:なし

 生命:10/10

 精神: 8/10

 装備:なし

 保有アイテム:背負い袋 金塊(5)

 リソース:0P


「これ、萌香の板と同じようなこと書いてあるね」


 おいおい春香ちゃん言ってあげるなよ。

 露骨に萌香ちゃんが顔を顰めてしまったじゃないか。


『暗いなぁ…照明とかないのかよ。ったく』


 動画の男は地面を蹴り悪態をつき、肩に担いだ重そうな袋を背負い直した。

 動画ではそれなりに見えているが男からすれば暗いようだ。


 このカメラどうやって映しているのだろうか。男を追うように映し続けているからドローンかな。

 男は背負い袋を重そうに担ぎながらも、顔には喜色を浮かべていた。


『へへ、これだけあれば幾らになるんだろうな。…てか帰り道は何処だよ』

『ぎ……ゃ………』


「なにか音が聞こえるわね……鳴き声のような」

「そうね……あまりいい予感がしないけど……これ、どういう映像なの?どこかの坑道か何かで撮影してるのかしら」


 花音姉さんと有紗さんが話す中、音は段々と大きくなっていく。

 男も気づいたのか、周囲を見回しているが焦る様子はない。

 しかし音は確実に大きくなってきていた。


『ぎゃぎゃ、ぎー!』

『何だこいつ、人間……じゃない!?」


 男の進む通路の先から現れたのは、人間の形をした莉々くらいの全長の生物だった。

 ただし莉々とはくらべものにならないほど醜悪な容姿をしている。

 

 横長に広い顔に、異常に発達したノコギリのような歯がむき出しになっている。

 こげ茶色の肌、腕と足は骨と皮しかなく、腹は不自然に膨らみ、服らしい服は着ておらず辛うじて腰に布を巻いているだけだ。


『くそっ、来るんじゃねえ!』


 生理的にも受け付けがたい生物の接近に漸く危機感を覚えたのか、叫び声を上げて男は後退る。

 もしかして画面越しでも使えるかもしれないと思い、僕はその生物に意識を集中した。


『歯五 男 0歳

 関係:敵対 感情:食料 状態:飢餓 精神:狂乱

 技能:悪食LV5

 称号:なし

 孤独の迷宮の住人。孤独の迷宮の中で最も力の弱い存在であるため食料を手に入れられず、常に飢餓状態に陥っている。迷宮に囚われ飢餓で死ぬことはない→』


 見ることはできた。だがいい情報ではない。


『ぎゃっ!?ぐっ、やめろ!こ、この野郎っ、くそったれが!!』


 鳴き声を出していたものとは別の個体が男性の死角から現れ、彼の足に齧りついた。

 男性はすぐさま足を振り回したが、歯は深々と食い込み全く外れる気配なく足からは夥しい赤色が流れ出ていた。

 歯五という名の生物は必至の形相でその血を啜る。

 鳴き声を出していた歯五も焦って隙だらけの男の腕に食らいつく。


『いてぇ、やめろ、この、やめ、あっ、やめて、あああああああああぁあぁ!!』


 暗がりから次々と歯五が現れる。

 彼の体に取り付き、歯を突き立て噛み千切る。

 画面がこげ茶色に埋まっていく。

 男性の体は歯五に埋もれ、歯五の発する金切りのような奇声で男性の悲鳴は聞こえなくなっていく。

 時折見える赤い何かだけが映像の中で鮮明に色づいていた。


 時間にして数分だろう。大量に集まっていたこげ茶の生物たちは散り散りに去っていく。

 そこには男性の体は残っていなかった。肉片や骨の一つもない。

 残されていたのは血が付着した大きな金塊が五つだけだった。

 そこで映像は途切れた。


 ライブ映像の視聴者数はいつの間にか10万人を超えていた。

 コメントも流れていたが、僕は見なかった。


 ここにいる女性陣の顔色は悪い。

 最後まで映像を見ていたのは僕くらいで、みんな途中でギブアップしていた。

 一番メンタルが強くなさそうな莉々は、僕が耳を塞いでスマホを見せないよう胸の中に抱え込んでいたので平気だ。無意識の僕は割と紳士である。

 しかし萌香はまずい。瞳孔が開いて顔色が悪い。


「……何かが起きているかもしれないけど、ここで僕たちがじっとしていても何か分かるわけじゃない。一度学校に行こう」

「……そうね。放送のことも動画のことも一旦忘れましょう」

「みんな、学校についても安易に人の言うことや噂を信じちゃ駄目よ」


 有紗さんと花音姉さんがそう声を掛けたことで、顔色が悪いながらもみな納得した。


「春香、萌香のことお願いね。それと萌香もその板のことは誰にも喋ってはだめよ。絶対に喋っては駄目」


 花音姉さんが最後に萌香に釘を刺す。

 萌香も春香の手を握り何とか頷いていた。

 半透明の板については、掌をかざして拳を閉じる動作をすると消えた。

 逆に拳をかざして手を開くと出現するようだ。

 ゆっくりと歩きだす姉妹と幼馴染の背中を追いつつ、僕は一つの疑問が頭を離れなかった。


 これは本当に夢なのか?

 あまりにもリアルすぎる。

 今までの体験は現実とは思えないものではあるが、夢と片付けていいのだろうか。

 夢か現実かを判別するには痛みのあるなしで分かるらしいが、僕の体はいまいち自由が利かない。

 自由が利かないのも夢だと思う理由の一つだったが、今ではこの状態も別の理由がある気がする。


 何かを忘れている、忘れさせられているかのような。






「さっきの馬鹿でかい放送は何だったんだろうな」

「鼓膜が破れるかと思ったぜ」

「内容イミフだったー」

「ねー」

「全世界で同時放送だったらしいぜ、知らんけど」

「知らねーのかよ」

「あははははっ」


 うちの学校は小学校、中学校、高等学校が大きな敷地に併設しており、中学組とは近くまで一緒に登校できる。


 みんなと別れて教室に着いたが、案の定ざわついていた。

 学校では例の放送の話で持ち切りだった。

 動画の話はまだ広まっていないようだ。


 今の今まで気づかなかったが、どうやら今日が高校に入学してからの初授業日だった。

 既に幾つかのグループが出来ている。

 僕はぼっちだ。

 誰にも話かけられないし、話かけない。自分の意思で行動できないのだからしょうがないじゃないか。

 僕の席は……窓際の一番後ろだな。ラッキー。


「席についてくれ。出欠を取るぞ」


 程なく男性の教員が前の扉から入ってくる。見掛けは30歳前半でまだまだ若手だな。


『犬木 貞夫 男 33歳

 関係:担任 感情:無関心 状態:健康 精神:平静

 技能:思考LV1  

 称号:なし

 1年2組の担任。子どもは好きではないが仕事に遣り甲斐はある→』


 進学校らしいので特に抵抗なく着席し出欠を真面目に取っていく。

 遅刻も欠席もなく良い踏み出しである。

 それから犬木教員は連絡事項を伝え終わると一つ息を吐いた。


「…最後に、みなも聞いたことだと思うが今朝の放送については憶測や吹聴は控える様に。近日中に何かしらの発表があるだろう。馬鹿みたいなネットの陰謀論や愉快犯の言葉を信じるんじゃないぞ」

 

 それからは何事もなく授業をこなしていきお昼となった。

 学食や購買もあるらしいが、母さんからお弁当を貰っているので今日は教室で食べる。

 先にトイレを済ませておくか。

 用を足した後、手を洗いながら備え付けの鏡を見たとき、なんとはなしに自分の顔をジッと見つめた。


『青野信也 男 15歳

 状態:人**レ*ス*(終了まで0日0時0分10秒) 精神:**

 技能:****閲覧LV1 固有**改*LV1

 称号: **

 ***もある*生を経験*た**の**→』


 お、よく分からない秒数が終わりそう。

 折角だから半透明の板を出したままカウントを確認しよう。


『青野信也 男 15歳

 状態:人格トレース(0日0時0分0秒 完了)→健康 精神:平静

 技能:ステータス閲覧LV1 固有領域改変LV1

 称号:なし

 山も谷もある人生を経験した普通の人間→』


「??」


 首を捻って考え、目をこすってもう一度見た。


「……うん、変わらない」


 ステータス閲覧は分かる。既に散々使っていた半透明の板のことだろう。

 固有領域改変はよく分からない。文字から意味を想像することも難しい。

 よし、考えるのを止めよう。


「といか自由に喋れるし、動きも問題なくできる。……独り言もばっちりだ」


 少し虚しい気分になりつつ、手足を軽く振ってみるが、体に何の違和感もないどころか調子が良すぎる位だった。

 老人だったから猶更だろう。

 

 さて、体が自由になったからやりたかったことをやるか。

 僕は拳を握り、思いっきり自分の顔面に向けてパンチした。

 バチンと肉を打つ音。頬を貫き頭が仰け反る。辺りに星が散っていた。


「……めちゃんこ痛い」


 夢じゃないのかよ。抓るくらいにしとけばよかった……。

 殴った反動じゃないけど、だんだんと思い出してきた。

 

 今の状況の直前の記憶は、あの白の地面と黒の空の記憶だ。

確か自由帳に描いた願いを叶える、だったか。

あれも夢じゃなかったのか。僕はまた転生したのか。

戦いの果てで、この世界は化け物の存在しない世界になったはずなのに。

 

 

 

 教室に戻り、ズキズキと痛む頬を撫でつつ、弁当のおかずを口に運ぶ。折角のお弁当も顔が痛くて美味しさ半減である。自業自得だけれども。


 自由帳の最後のページの内容は確かに叶っていると思う。

 朝の時間しか見ていないが、裕福そうだし幸福そうだった。

 前世の記憶も思い出せる。

 鏡に映った僕の顔は前世のものだった。

 今のところ家族関係は確かめようがないけど、顔が似てない。

 僕が前世の肉体を要望したから何かしら辻褄合わせが起きたのかもしれない。


 気になるのは伴侶となる女性の願いだ。


 確か一人の、伴侶となる運命の女性と出会って……それから…………。

 駄目だ。

 あれだけ書いたのに、願い事の書き出し以外、一切思い出せない。


 抜けているのはそこだけで、他の記憶は思い出せる。

 自由帳に綴った伴侶の詳細の記憶だけがない。もしくは僕が書いた内容を忘れる記述をしたのだろうか。

 そうだとすると最後の15歳で思い出すという文章と矛盾するような……いや?

 そもそもどうしてカウントが終わる前に僕は中途半端な前世を思い出したんだ?


 食べ終わった弁当を片付け、水筒のお茶で一息ついた。


 まさかとは思うけど、この状況は僕が作り出した可能性があるのか?

 僕の記憶が蘇る日に狙いすましたような異変。関連付けしない方が無理というものだろう。


 いや、本当にそうか?

 運命の女性と出会ってからの人生が目的なのに、あんなグロテスクな事が起きるような内容を書くか?感受性が老人だぞ?

 老人がイチャラブ書くのもどうかと思うけど、少なくとも記憶にある僕はイチャラブを書いても、あんな殺伐としたことが起きることなんて絶対に書かない。

 だけど自由帳の内容を再現しようとした結果、矛盾の辻褄合わせや足りなかった記述を補われた可能性はある。

 

 ……無いか。

 どんな辻褄合わせが起きればこんな状況になるんだよ。

 自由帳とは別問題だ。

 

 僕の願いについては混乱するので考えないようにする。

 本当に願いが叶うのなら、これからの人生で自ずと分かることだ。

 

 一応の結論を付け、別件に対して思考を進める。

 この世界が僕の生きてきた歴史、現実であるというのなら、それに目を背けることは出来ない。





 色々考えこんでいるうちに放課後になっていた。

 グループの数はさらに増えており、みんなそれぞれの交友関係を広げている。

 僕は完全に乗り遅れていた。

 

 しかめっ面でうなっている人間に声を掛けてくるものはいないだろう。僕も掛けない。

 まあ、おかげで今後の方針は固まったからコラテラルダメージという奴だ。

 早速今日から取り組もう。


 帰り支度をして教室を後にする。

 教室の生徒たちは例の動画の話で盛り上がっているようで帰る人間は少なかった。


「信也っ、何一人で帰ろうとしてるの」

「姉さん……あ、一緒の学校だったね」

「そうよ。まだ中学生気分なの?」


 下駄箱で靴を履いていると、人垣を割ってこちらに手を振りながら花音姉さんが現れた。

 中学生気分というか老人気分が抜けていないだけです。

 行動がオートからマニュアルに切り替わったばかりで、ちょっと思考と行動の鈍さが出てしまっている。

 でも習慣が染みついているのか、青野信也としてコミュニケーションをとるのには何の苦労もない。逆に前世の性格で対応しようとする方が意識しないといけない分、難しくなっている。

 最後は爺さんそのものだったし、ギャップが激しい。


 辺りを見渡せば周囲の目が僕たちに集まっていた。

 好意的な視線の質からして、花音姉さんは学校では相当な人気者のようだ。

 行事でこの学校を訪れたときも視線が凄かったことを思い出した。

 これは今までの青野信也の記憶だ。


 前世の意識が完全に主人格になってしまっているので、現世の記憶は何かのきっかけか、意識して記憶を呼び出さないと思い出せなくなっているようだ。

 時間を見付けて掘り下げていくべきだろう。


「今日は色々あったから。学校についても放送の話ばかりだし。まあ動画の話は放課後になってようやくだったけど」

「私も聞いたわ。あれから別のライブ配信があってその配信でも……」

「……萌香たちを迎えに行こう。心配だ」

「ええ、そうね。有紗は部活だから夕希ちゃんも拾って帰りましょうか。連絡入れておくわ」


 花音姉さんと頷き合い、中等部へと向かった。

 中等部に向かう最中にも視線は途切れない。

 中等部についてからも視線は途切れない。むしろ増えてる。花音姉さん凄い。


「いたわよ。おーいっ」


 花音姉さんの声に反応して結構な人数が振り返る。

 妹たちもいたが、他の女の子も何人かいた。

 女の子たちはこちらに向かってこようとしていたが、夕希ちゃんが何か説明して留めていた。

 姉さんのファンかな?妹たちは気にせずこちらにくる。

 一番に莉々が到着し僕の腕につかまった。


 主導権が完全に僕になったおかげで、柔らかい体を押し付けられても今朝は何も感じなかったのに、今はドギマギを感じてしまう。

 本来この年代の女の子に何も思う事がないはずだけど、例の魅了という技能の所為だろうか。女性として関心を向けることを強いられているような感覚がある。

 

 出来れば適度に距離を取りたいが、ステータスを見る限り難しそうな気がする。

 僕に抱き着いた瞬間、莉々のステータスの精神:恐怖が精神:緊張に変化していた。

 試しに背中をポンポンと優しく撫でていると、白い頬に赤みがさして精神:平静まで変化した。


 推測するに僕との接触でステータスの悪影響が中和されているのだろう。

 莉々の依存対象候補の一人は間違いなく僕だな。

 にしても莉々への視線は凄いな。

 姉さんに向けられるものと異なる、怖いくらい強い欲望に濡れた視線だ。

 視線の対象でない僕ですら怖気を覚える。

 莉々のこともどうにかしたいと思うが、先に彼女を何とかしないといけないだろう。


「萌香、お姉ちゃんたち来たよ」

「……うん」

「動画のこと気にしちゃだめだよ。ほら、今日は母さんに萌香の好きなもの作ってもらえるように頼んだから楽しみだよね、ね!」

「そう、だね」


『青野萌香 女 13歳

 関係:妹 感情:親愛 状態:不調 精神:衰弱』


 大分参っているようだ。俯き、顔色も悪く今にも倒れそうだ。

 手を引く春香の言葉にも反応が薄い。

 動画は高等部より中等部の方が萬栄したのかもしれない。

 今時の中学生はスマホ持っているし、精神年齢的にもああいうものに食いつきがいいのだろう。

 

 これから何かしら政府から発表があったとしても萌香の精神は復調しないだろう。逆に追い詰められかねない。


 僕はあの放送や動画は本物だと思っている。

 転生、自由帳、ステータス閲覧、放送、配信、萌香のステータス。


 僕は世界には本物の超常現象が存在していたことを知っている。

 その因縁は一つ前の前世で完全に終止符を打ったはずだが、次から次へとせわしない。


 本物であると前提に考えるならば、萌香はあの暗い迷宮へ誘われる権利を持っていることになる。

 あの場所に行きたくなければ制限時間切れまで粘ればいいという希望はあるが、そう甘いものだろうか。

 放送の内容と、萌香の前に現れた半透明の板の内容からはそう予感させるものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『カバーストーリー:金塊野郎』

 

 

 それは馬鹿みたいな音量の放送だった。

 酒飲んで気持ちよく寝ている人間だって飛び起きるってもんだ。

 何か知らんが現れた半透明の板を寝ぼけながら弄ってたら、いきなり知らない場所に飛ばされていた。

 

 リソースとかいうのを使えば金塊がゴロゴロ手に入った。

 これは恵まれない俺に、神様が御褒美をくれたんだな。

 きっとテレビの企画に当選でもしたのだろう。

 

 意気揚々と部屋を出てみれば真っ暗な通路があった。

 なんか臭えが、とにかく歩けばいいのかね。

 この金塊を売り払って借金返して、浴びるほど酒飲んで、色々楽しみてえなあ。

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