果てしなく続く物語の中で

毛井茂唯

エピソード 孤独の迷宮

プロローグ



 また記憶が飛んでいる。


 辺りには人の骸が、数え切れないほど横たわっていた。

 遠くを見渡せばそこかしこ煙が立ち昇り、沢山の集落が破壊され燃やされているのが分かる。

 生きている人間は「俺」以外居なかった。


 築き上げられた人類史の萌え芽を、何者かに刈り取られたようだ。

 誰がこんなことをしたのか、俺には分からなかった。


 何か大事なことを忘れてしまった気がするけど、忘れたことも忘れた。

 「転生」し続けると、時折大きな忘却が起きる。

 今回は今の時代の記憶を根こそぎ持っていかれたようだ。


 これは何度目の人生だろうか。






 一度忘れて数え直すこと、百度目かの転生の折に見た寺は、懐かしいあの時代を彷彿とさせる見事なものだった。

 まだまだ化け物が多く、人はその陰に怯えていた。


 都に巨大な寺を建てて人の心の安寧を願うらしい。

 莫大な費用が投じられている。

 偉い人の考えていることはよくわからない。

 まだ懐かしい気配が残った時代にできたそれは、確かに化け物を退ける効果を持っていた。


 いつか燃やすか壊すかしようとは思うが、今はあてにさせてもらう。

 俺は地方の特別な気配を宿す化け物どもを狩るために全国を練り歩いた。







 五百を超えた転生先で見た都は、清廉と混沌が表裏一体に存在するものだった。

 人の目では美しかろうが、俺の感覚では化け物と人の負の力でむせかえていた。


『都には鬼やら陰陽師やら化け物が多いことだ。その化け物を殺す化け物まで出るらしい』

『誠に恐ろしや』


 最近では都に化け物が集まり地方では見かけない。

 狩りやすくはあるが、人目に付きやすいからあまり歓迎することではない。

 溜息を吐き、腰に差した二本の刀を撫でる。

 さて「村雨」、「正宗」、今日も張り切って鬼退治と行こうか。






 また何かを忘れた。

 千をそろそろ超えるくらいの転生だったと思う。

 その時代で特別でもない気配の化け物に襲われている侍の集団がいた。

 その内の一人は立派な鎧を着ていた。


『お前は何者だ。その化け物はなんなのだ』

『俺は退治屋だ、お侍様。こいつは戦場の死体目当てで集まる力の弱い化け物だ。力はないが数ばかり増える』

『……俺の配下は数十殺されたぞ。これで弱いのか?』

『そうだな』

『そこまで腕が立つならば俺の配下になれ、退治屋。金も女も望むままぞ』

『生憎人切りは専門外だぞ。それに女は苦手なんだよ』


 妙に剛毅で押しの強いお侍様に気に入られて用心棒を務めたこともある。

 見合いしろ、結婚しろとせっつかれたが、どうにもその気になれなかった。

 いつも女といい仲になる間もなく死んでたから、今更どう接していいか分からない。

 俺に結婚なんてできる気がしない。


 戦国の時代はとにかく争いばかりで、しばらく大人しかった化け物もその機に乗じて活発に動いていた。


 夥しい量の死者の溢れる世の中だった。

 俺は化け物だけではなく野党に落ちた農民も殺した。

 戦に巻き込まれて、兵を殺した。

 どれだけ時代が変わろうと、時間が経とうと、人を切ることに慣れることはない。

 酷く虚しい時代だった。






 千を超える転生先で見たものは、巨大な建造物が連なる荘厳な街だった。

 ここ最近の発展の仕方は凄まじい。

 俺は故郷の国を離れ、海を渡り大陸を巡りながら伝承にある化け物たちを退治して回った。


 吸血鬼に悪魔などと恐れている化け物たち。まさか海外まで逃げてるとは。

 オマケに妙な信仰まである。これは放置してもいいのだろうか。


 化け物の相手はいいが、信仰はどうしようか。

 またあの時のように……何をしたんだったか。

 何故信仰が広まるのを危惧しているのだろうか。

 理由があった気がするけど、思い出せない。


 幸い化け物のような特別な気配は感じないので放置して大丈夫と結論付けた。

 むしろ僅かに残っていた特別な気配がさらに希薄になり、抑止が働いているような気がする。

 

 大陸で何百年も色々な場所に訪れては化け物を倒した。

 そんなことをしていたら各地で都市伝説になっていた。

 夜な夜な乙女を剣で襲い切り刻む化け物。

 あいつらは吸血鬼や悪魔だから乙女じゃないのに。






 大きな争いが何度もあった。最近の争いは昔の争いと規模が違う。

 俺も巻き込まれて何度も死んだ。

 その過程で何百、何千、何万の命を奪っただろうか。

 多くが化け物との戦いに巻き込んでしまったものだったとしても、俺が彼らを殺した事実は変わらない。

 

 長年使い続けた刀の一本を、この時失った。

 どれだけ待っても、二度と俺の手に戻ってくることはなかった。

 いい刀だったのに勿体ない。

 愛想を尽かされたかな。


 もう一本の刀も含めて、転生のたびに愛用していたが、いつから使い始めたのだろうか。

 その辺りの記憶は、もう何一つ残っていない。






 世界を巻き込む二度の大戦の後も、海外を回り伝承にある化け物を倒した。

 特別な気配に導かれて化け物を倒していたが、最近はほとんど感じず、インドで倒した化け物を最後に気配は世界から消え失せた。


 終わったのか……。


 俺は最後の転生先で25歳になり、全ての特別な気配をもつ化け物を打ち倒した。

 命は拾ったが、右足に大きな傷を負いまともに動かせなくなった。他にもあちこちボロボロだ。


 なんで俺、化け物退治していたのかな……。


 しなくてはならないから、出来るから、前世でやっていたから。

 始まりの理由は何だったのだろうか。

 印象深い思い出は今でも少し思い出せる。


 一番古いのはお侍様の記憶だ。有名人になっていたから覚えていただけではあるけど。

 勧められた見合い相手も有名な妹姫として歴史に残っている。

 当時の俺よりは長生きだったけど、二人とも長くは生きられなかったな。


 手の中の刀は遥か昔からずっと愛用しているが、名前は何だったか。

 呼び名があった気がする。

 何度死んでも俺の元に巡って来る不思議な刀。

 無くなったもう一振りと違い、こいつはいつも手元に戻ってくる。

 

 お前と俺は同じだな。

 ボロボロで、役目が終わった不用品。

 

 国に帰って銃刀法違反は勘弁だ。

 お前とはここでサヨナラだな。

 

 お疲れ様、名前を思い出せない刀。




 日本に帰国してからは、普通にサラリーマンとして社会の歯車になった。

 転生し続けた人生風来坊だったけど、仕事は苦にならなかった。

 お金が安定して手に入るのは素晴らしい。




 年を取り、結婚することも、女性と付き合うこともなく定年を迎えた。

 知り合いはそれなりにいるが、特別親しい人間はいなかった。

 終活の準備を終えて、老人ホームの手続きも終えて、これでいつボケても大丈夫だ。




 さて、俺の入所した老人ホームの話をしようか。

 この老人ホームには最近来客が多い。テレビの取材が来たこともある。

 有名人がいるからだ。

 その名も「ホラ吹き爺さん」。

 

 俺である。もう少しマシなあだ名はなかったのかな?

 苗字の音が似てるから、ホラ吹きで丁度いいとでも思ったのだろうか。


 俺は今までの転生での経験を、覚えている範囲で臨場感たっぷりに語って聞かせていた。

 大人に大いに受けるし、子どもにも好評だ。

 化け物退治の手に汗握る展開に観客たちはハラハラする。

 

 何でも作り話にしては時代背景がしっかりとしていて勉強にもなると話題。

 その時代に生きてきたから詳しくて当たり前である。


 今日も舌を回し倒して、大いに会場を盛り上げてやった。

 化け物退治より、サラリーマンより、余程やり甲斐を感じている今日この頃。

 お気に入りのベンチで日光浴をしていると、職員の若い女性が隣に座ってきた。


『今日も評判でしたよ~。お疲れ様です』

『有り難う、儂も喜んでもらえたなら嬉しいよ。最近はこれが一番の楽しみだからの』

『確かにお話ししているときは生き生きしていますもんね』

『有終の美、蝋燭の燃え尽きる瞬間、というやつじゃな。このまま日の光に導かれて死ねたら気持ちええじゃろうな』

『冗談でも止めてくださいよ~。私はお爺さんに亡くなられると悲しいですよ』

『年寄りに無理をさせんでくれ。まあ、もう少しは頑張るつもりじゃよ』


 今、俺は本を書いている。でも完成はしないだろう。

 書きたいことが多すぎて、忘れたことが多すぎて、書き連ねた文章は読み物としては面白い自信はあるが、それは俺の物語の様で、俺の物語ではない。

 ただ全てをやり終え、何かやり残しを探すように書き始めてしまった。


『あ、そろそろ運動の時間だから迎えに来たんでした』

『そうか。なら行くかの』


 僅かに白みのある金属製の杖を突き、足に活を入れ立ち上がる。

 女性が支えようとするのを断固として断わり、俺は歩みを進めた。

 手に力を込めれば、「任せて」と応えるように俺をしっかり支える。


 こいつはインドで捨てようかと考えていたら、ピカッと光って刀から杖になってしまった。

 動かなくなった足の代わりに使ってとでも言うように。

 

 何とも、何とも。

 ボロボロになるまで酷使されたのに献身的な奴だ。











 体がほとんど動かない。


 今日が峠だろう。

 死ぬことに関してはエキスパートだからな。老衰は初めての経験だが。

 

 何とか言葉を絞り出し、世話になった彼女に愛用の杖を持ってきてもらう。


 こんなに穏やかな場所で死を迎えるのはいつぶりだろうか。

 死に向かう苦しみはあれど、精神はずっと安らかだった。


 最後に杖を胸に抱えて、目を瞑った。


 もう、この世界に化け物はいない。

 憶えていないが、俺に与えられた役目は終わったのだ。

 転生することは、もうないだろう。


『ずっと一緒だよ』


 ほんのり温かみのある金属の熱が、そう答えたように思えた。

 刀の癖に、最近になって……自己主張の激しいことだ。

 それとも、今際の際の……幻覚、なのか。

 

 だが、ああ、……そうだな。

 ずっと……一緒、だ。


『どんな姿になってでも、あなたを見つけるから』


 『しゅらり』と音が鳴る。

 いつも聞いていた、久しく聞いていなかった、名前を思い出せない刀から発せられる風切り音だった。


 その音を最後に、体と精神を繋ぐ糸が切られたように、プツンと乖離する。


『お休みなさい、わたしのただ一人の担い手』

 

 体がベッドに深く沈み込み、全身の力が抜け、五感は消え去り、意識は暗闇に落ちていった。





 何度となく繰り返した転生の日々。


 俺の物語はここで終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『カバーストーリー:老人の杖』

 

 

 その老人はいつも古ぼけた金属の杖をついて歩いていた。

 片足に障害を患ってから、半世紀以上使い続けている骨董品だそうだ。

 老人曰く、折れず曲がらずよく切れる。

 何だか刀の謳い文句に聞こえるけど、スイカ割りにでも使用していたのだろうか。

 

 老人は死ぬ間際に杖を持って来てほしいと頼んできた。

 自分の体の一部だから一緒に眠りたいと。

 

 老人に杖を渡せば、しかと握りしめ、安堵したように表情を緩めた。

 老人が再び目を開けることはなかった。

 

 老人が最後の眠りについてから部屋を離れ、再び戻って来たときには杖は老人の胸から無くなっていた。

 

 ただのくすんだ白い灰の塊だけが、老人の胸の上を汚していた。

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