第13話 全て露見して。
白亜の王宮の敷地内。
緑あふれる回廊のその中に、その目的地があった。
外国からのお客様を招いたり、国内での重要な催しに使ったり。
そんな建物、迎賓館。
今夜の晩餐会も、歓迎式典も、こちらで執り行われることとなっている。
まず本日は王族と関係貴族のみが招待されホストとして迎える晩餐会。
そして明日は王国のほぼ全ての貴族家が参列することとなる歓迎式典、その後行われるパーティー。
ベルクマール大公はただの外国使節ではなく帝国皇帝の名代としてこちらに訪れている。
規模的には数十人規模の使節団ではあったけれど、もうすでに到着し迎賓館の上階にある宿泊施設に入っているという連絡はきていた。
晩餐会には数名の護衛兼侍従を付き従えてくるだけで残りの人は宿泊部屋での食事になるらしい。それでも、迎賓館のシェフたちが腕によりをかけて作る料理だ。ちゃんとおもてなしできているといいな。なんてことを考えながらあたしは馬車に乗っていた。
馬車回しに到着すると大勢の黒服の使用人の方たちが出迎えてくれた。
先に降りたギディオン様が、さっとあたしに手を伸ばしてくれる。
その手を取って周囲に軽く会釈を送りながら、真っ赤なベルベットの絨毯が敷き詰められた床に降りた。
あたしは、といえば。
本日はギディオン様に合わせて濃紺のドレス。ちょっと大人っぽいマーメイドラインで顔にはやっぱり濃紺のベールを被っている。
近隣には、公式の場で女性がベールで顔を隠すことが常識となっている国もあるから、ギディオン様のパートナーとして今日初めてこうした席に出る女性がベールを被っていたとしてもその国出身だと思われ失礼には当たらない、というギディオン様の発案だ。
髪は赤くしているしこれなら確かにあたしだとはバレないだろう。
豪奢なシャンデリアが並ぶ廊下をしずしずと進み、ラウンジに着くともう何人かの方が到着しているのがわかる。
国王夫妻、王太子夫妻はすでに宴席の間にいらっしゃるご様子。
ジョアス様とニーアお姉様に会釈をし、あたしたちも宴席の間に入る。お席は末席。上席にお座りになっている国王陛下と王妃さま。王太子殿下とアデライア姉様に向かって礼をして席に着いてしばらく待った。
この場に呼ばれているホスト側、いわばベルクマール大公をもてなす側として選ばれたのは基本王室と大公の血縁者であったから。
他のこの国の貴族はこの場には居ない。まあ筆頭公爵家としてお父様も出席予定ではあったし、パトリック様もあたしの夫でありこの国の公爵でもある立場で出席するとあって、そういう意味では帝国の使節を歓迎するといった体も保たれている。
ベルクマール侯爵家から侯爵夫妻に嫡男。リンデンバーグ公爵家としては今回代理でお父様の弟、マルクス子爵夫妻がみえている。そして、パトリック・アルシェード公爵と、あれはもしかしてマリアンネ? 髪は白銀、カツラだろうか? お顔は濃いお化粧で美人には見えているけどもとのお顔の片鱗もない感じ。
もしかしてあれ、あたしに変装しているのだろうか?
だとしたら滑稽だ。あたしはここにいるのに。そしてそのことは彼ら以外にはすでに知らせてある。大公様にも、だ。
最後に入場したのはベルクマール大公と奥様。貫禄のある大公はジョアス様のお兄様とは思えないくらい恰幅がよく、威厳を纏っていらっしゃった。
ってこんなこと言うとジョアス様に悪いかな?
研究に篭り切りのジョアス様といえば、スレンダーといえばよく聞こえるけれどほんとうにひょろっとした方で、背は高いから余計にそんな不健康な体型に見えてしまう。
それでも、ニーアお姉様と並ぶジョアスさまは、なんだかとてもお姉様の事を大切に思っているご様子で。始終寄り添って仲睦まじく見えた。
あたしは思わず隣にいるギディオン様を覗き見る。
そこにはギディオン様の優しい瞳があって……。
彼も、あたしのことを常に気遣ってくれているのがわかる。それがなんだかとても嬉しかった。
全員が揃ったところで国王陛下と大公閣下の挨拶の応酬があって、会が始まった。
帝国からの使節を労い歓迎するといった晩餐会ではあったけれど、大公の希望で今回はこうして縁戚者でまとめたおかげか、終始和やかに談笑しながらの食事会となった。
今日は流石に自分好みのお味にするのは躊躇われ、味付け魔法は自重する。
流石にお味の話題になった時に本当の味を知らなかったら答えようがないし。
それに。
流石に迎賓館の専属シェフ。すべてのお料理が上品で美味しいお味。
琥珀色に透き通ったスープも、口のなかでとろけるようなお肉も、お食事は充分堪能してあとはデザートとお酒のみになったところで大公が口を切った。
「本日のこのような温かい歓迎に謝辞を。国王陛下におかれては私の希望を聞いていただき、このような身内ばかりの会にして頂いたことで、終始リラックスして心地よい時間を過ごすことができ、感謝の意に堪えません。そして」
一同を見廻し、パトリック様を見据え。
「今日一番に会いたかった我が従妹セラフィーアの娘であるセリーヌ。そしてその夫であるアルシェード公爵。お会いするのは本当に久方ぶりだ。貴方達がまだ幼い頃だったか。セラの葬儀の席以来になるだろうか……」
「そうですね大公閣下。お会いできてとても嬉しく存じております」
「ああ。しかし其方の隣にいるのはセリーヌではないな。何かあったのか。その者は代理であろう?」
「あ、実はそうなのです。申し訳ありません。セリーヌは急に体調を崩しまして、本日は彼女の妹であるマリアンネ嬢に代理を頼んだ次第でして……」
「ふむ。マリアンネ嬢、確かにアドルフ公爵殿にはもうひと方娘がいると聞いてはいたが、彼女は金色の髪色ではなかったですかな? どうして今は白銀の髪をしているのか」
「いや、それは……」
「まさか、私を謀ろうとなされたのか?」
「いえ……、そんなつもりではなかったのです。ただ、大公閣下が残念に思われないようにとの思いから……」
「なるほど。この場で私がセリーヌだと誤認すれば、それでいいと。そう貴殿は考えたとおっしゃるのだな?」
「あ、いえ……」
しどろもどろになってしまったパトリック様。
マリアンネがそんな様子に痺れを切らしたのか、顔をあげる。
「申し訳ありません大公閣下。わたくしもこんな真似したくはなかったのですが、パトリック様の浅慮によってご不快な思いをさせたこと謝罪させてください。本当に申し訳ありませんでした。どうか怒りをお納めくださいませ」
ああ。望んであたしになろうとしたのは確かにマリアンネではないのだろう。
それでも。
彼女があたしからパトリック様を奪おうと考えたのはどうやら間違いのない事実。
あの子のこの態度から、そうに違いないと確信する。
「ふむ。なるほど。浅慮ではあったが悪気があったわけではない。というわけか。ということでよろしいですかな。陛下」
「ああ、本当に申し訳ない事をしてしまった。体調が悪いという言葉が本当であれば、素直に申し出れば良かったのだろうが。しかし」
陛下はパトリック様を見据える。
「なあ、パトリックよ。そなたにはアドルフ公爵の殺害未遂の容疑が掛かっている。情けない、其方はそれもただの浅慮だったと言い逃れるつもりか」
サーっと顔色を青くするパトリック様。
それまで冷や汗たらたらかきながらしどろもどろとしていたけれど、そんな様子も一変した。
「そんな、陛下、何かの間違いです! パトリック様がお父様を殺害しようだなんて、そんな真似するわけはありません!」
堪らず立ち上がってそう叫ぶマリアンネ。
でも。
「控えよ、マリアンネ嬢。其方にも殺害に加担した容疑がかけられている。この後で取り調べにあたる予定であるから大人しくしていなさい」
王太子殿下がマリアンネを制しそうおっしゃる。
「そんな、わたくしが? お父様を? そんなことありえません! わたくしはお父様を愛しているのですよ!!」
もしかしたらこの調子では、マリアンネは本当に何も知らないかもしれない。
「マリアンネよ」
その時。
陛下たちの奥の扉から、お父様が現れた。
後ろに控え、全てを見ていたお父様。会食の間中、魔法によってこの場の様子をご覧になっていたのだ。
「お父様!! どうして!」
「お前はわしに嘘をついていたのだな。残念だよ。もっとちゃんと正直に言ってくれていれば、お前とパトリックとの婚姻も考えないではなかったものを」
「え? 本当ですか? お父様、わたくし、パトリック様を愛しているのです。どうかパトリック様との結婚をお許しください」
「いや、ならん。この期に及んでは、そういうわけにもいかなくなった」
「どうしてですか!?」
「お前がくれたあの薬だが、鑑定の結果毒物が検出された」
「え!?」
「微量であるが、毎日摂ることで身体が弱っていきやがて死に至る毒だ。弱毒であるが故気が付かれにくく、聖魔法で簡単に治療が可能な点から逆に疑われにくいため、この国では輸入も所持も禁止されている毒物だった。調べによってそこのパトリックが闇商人から他の毒物と共に購入したこともわかっている」
「そんな、パトリック様?」
すがるような目でパトリックを見るマリアンネ。
「いや、あれは……、そうだ、セリーヌだ。セリーヌが用意したのだ。義父上の体調を回復させる薬だと。商人からの購入もセリーヌに違いない。あれには私の代行として全ての決済を任せていたのだから!」
ああ。そこまでおっしゃるのですか。パトリック様は……。
もう、本当に愛想が尽きました。
「わたくしはもうひと月もの間パトリック様の元には戻っておりませんわ!」
髪を一瞬で白銀に変え、かぶっていたベールを脱ぎ捨てその場に立つあたし。
「あなたには愛想が尽きました。わたくしが置いていった離婚届はどうされましたか!?」
パトリックの目の色が変わった。
「ああセリーヌ。帰ってきてくれたんだね。もう逃さないよ。離婚届? そんなものとっくにゴミ箱行きさ。絶対に離婚なんてするものか!!」
「なんて。先ほどの件さえわたくしの罪としてなすりつけて置いて、まだそんなふうにおっしゃいますか! 良い加減にしてくださいませ!」
「そう言うこと、パトリック公爵。それに君とセリーヌとの離婚は既に成立しているよ?」
え?
横にいたギディオン様が立ち上がってそう仰って……。
どう言うことですか!!?
「なんだと! 若造! 貴様、よくもそんな大嘘を!!」
「嘘なもんか。私が調べたところによると、もうセリーヌと君との離婚届は役所に提出されている。ああ、そこのマリアンネ嬢なら詳しいことを知っているかもね?」
「なんと! マリアンネ! 貴様まさか!!」
鬼のような形相でマリアンネに向かって怒鳴るパトリック。
「だって、だって、パトリック様、いつまで待ってもお約束を守ってくださらないんですもの。だって、この晩餐会が終わったらわたくしと結婚してくれるんでしたよね? もう婚姻届も出してあります。だから、あなたの妻はもうわたくしなのですわ!」
「この!!」
パトリックは我を忘れたかのようにマリアンネに掴みかかろうとして、周囲の侍従らに羽交締めにされ押さえつけられた。
「待て、マリアンネよ。其方が提出した婚姻届は無効となっておる。よりにもよって保証人としてこのわしのサインをも偽造するとは。いくら貴族の娘とはいえ、私文書のサイン偽造は重罪に当たるのだぞ! それすらわからなんだとは……」
「ああ……、お父様、ごめんなさい……」
両手で顔を覆いその場にしゃがみ込むマリアンネ。押さえつけられ苦しそうにしながらパトリックが叫んだ。
「なら! 私とセリーヌの離婚届も偽造だ! 無効ではないか!!」
「ん。全てのサインを代理サインで済ましてきた君に、サイン偽造は当てはまらなかったみたいだね。君、セリーヌがいなくなった後は全てマリアンネにサインさせていただろう? 公文書全てで。君の代理人としての承認届もしっかり提出されていたようだよ」
ああ。ギディオン様……。
そうか。
もしかして、あの時あたしが勝手にパトリック様のサインを書いて提出していても、罪には問われなかったってことなのか。
まあでも流石に離婚届でそれをするのは人の道としてどうかって思うけれど。
侍従に押さえつけられながら、ガクンと脱力するパトリック。
あたしにはもう、彼に対して持っていた恋心なんて、かけらも残っていなかった。
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