第12話 狩場のきじの -院宣を貰え- 二
光厳院の院宣をもらうべく京に潜入した道誉と則祐は、まるで厄病神のように公家たちに避けられて街中で立ち往生していた。のんびりと道誉が言った。
「ひとまず、そこの茶屋にでも入りますか」
その時、道誉たちの前に牛車が止まり、乗れと言わんばかりに簾が上がった。車紋がない、お忍び用だろうか。則祐が眉をひそめてささやく。
「怪しすぎる。無視すべきです」
「……いや、大丈夫。乗ってみましょう」
「そんな軽率な!」
「いいから、はよ乗ってこんか!」車の中から首を突きだしてじれったそうに叫んだのは、若くヒョロリとした公家だ。すぐ我に返ってあたりを見回すとすぐに車の中に引っ込んだ。道誉は破顔して車へと乗りこみ、則祐も恐る恐る続いた。
「二条卿、お元気そうでなによりです」
「ほほ、春の連歌会以来だの」
「に、二条卿?!」
則祐が仰天したのも無理はない。由緒正しい二条家の当主であり先日権大納言に昇進した若き重鎮二条良基が、無紋の牛車に武士二人を招き入れるとは。
良基は挨拶もそこそこに、暗い車内で武士たちに顔を近付け密やかにまくしたてた。
「全くどうなっておる! 今公家の間では汝らが公家の領地で略奪を重ねておるともっぱらの噂じゃ。真か?」
「何ですと?!」と則祐。
「デタラメです。足利軍はわが近江でたっぷり補給をし、略奪に及ぶ必要はございませぬゆえ。二条卿の領地でもそのような報告が?」
「いや、余の領地では何も……。じゃがそんな色眼鏡で見られておるお主らと同類の凶徒に見られてたくのうて、皆門戸を閉ざしておるのよ」
道誉は得心のいった呆れ顔をほほえませて良基に向けた。
「有難く存じます。そのような状況で、二条卿は我らを心配してくださったのですね」
「ま、まぁ、話を聞いてみようと思っただけじゃ」
若い公家は顔を赤らめて頬をかいた。則祐が身を乗り出した。
「にせの噂ならば、公家の方たちを一堂に集めて略奪の報告がどの家にも無いのを確認すれば、我らの潔白を証明できます! そうすれば院へのお目通りも叶うはず。二条卿、皆様を集めていただけますか?」
良基はうつむいたまま固まった。則祐が不審げに道誉を見やると、道誉も腕をくんで困り顔だ。
「……恥ずかしい話じゃが、余の呼びかけでは人は集まるまい。まあ、その、」
「人気がないのですよ」
「はっきり言うでない!」
ポカポカと道誉を叩こうとする十代半ばの公家に、四十の武士が眉を八の字に開き楽しそうに笑っている図が珍妙で、則祐は脱力した。
「ならばどうやって公家を集めたら……」
「まあ、私に任せなさい」
「門前払いされ続けている貴方にどんな策が?」
キッと上目遣いで睨んでくる則祐に、道誉はニタリと笑い返した。
真っ黒な牛車を出た道誉は、その足で近くの茶屋へと入って行く。則祐が慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと! お茶飲んでる場合ですか?」
「まあまあ」
茶屋に入ると、店の主人が道誉の姿を見るなり目を見開いて駆け寄って来た。
「佐々木の坊ちゃん! お元気そうで」
「四十の男に坊ちゃんはキツかろ」
「なんの、儂にとってはいつまでも坊ちゃんですわ」
道誉は主人に肩を叩かれてまるで子供のように照れ臭そうに笑っている。
「少し手伝うてほしうてな。主だった連中を集めてくれんか?」
「おう!」
店主が駆け出すと、みるみる店内に人が集まってきた。京の商人や遊女たちに僧まで、老若男女様々だがいずれも一筋縄ではいかない鋭い眼光を放っている。道誉が一人一人に旧友のように話しかけたり抱き合ったりしているのを、則祐はぼんやりと眺めていた。
「皆、よう集まってくれた!」
道誉は朗らかに呼びかけると、衣をひるがえして則祐に振り返った。後ろにはきらびやかな衣をまとった連中の煌々と光る眼、眼。
「私を敵に回すということは、京の街を敵に回すということだと思い知らせてやりましょう」
「西園寺様、とっておきの唐物が手に入りまして。十日に祇園の高橋屋でお見せしたいのですが」
「ほお! 楽しみじゃの」
「四条様、良い娘が入ったんですよ。十日に祇園の高橋屋でお会いされません?」
「うふふ、明後日が待ち遠しいのう」
「皆様、次の連歌会は十日に祇園の高橋屋でございます」
「十日に祇園の高橋屋で!」
その合言葉で皆を送り出した道誉に、則祐は目を丸くしていた。並の武士にはとてもできない人集めだ。
「これならすぐ潔白を証明し光厳院まで手引きしていただいて、晴れて官軍として入京できそうですね!」
目を輝かせた則祐だが、反対に道誉は口もとに手を当てて顔をしかめている。
「何か懸念が?」
「……簡単すぎる。根のない噂などいずれ暴かれるのに、足利軍が京に近付く逼迫した状況で敵が打つ手がこれだけだろうか……?」
「見えぬ敵もまさか三日で解決するとは思っていないのでは?」
「……そうですね。まずは尊氏様へ報告に戻りましょう」
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