第28話
カトレアのこの一週間は、全く自重をしないものだった。自分の持てる能力を余すことなく使い、全力で魔ホウキの実験に付き合った。カトレアのような「人間やめてます!」くらいの存在でないと付き合えない段階で、それは本当に後々の実になる実験なのか不安なところはあるが、教授含め研究員の皆はホクホクの笑みを浮かべている。満足してくれているようだ。そしてカトレアとしても、今まで自分のチート能力の使用に対して、どこかで一歩引いていた部分があったが、それを全面解禁し持てる力を振り絞って挑む実験は楽しいモノであった。特に、超音速からの爆散、落下からの地表着地についてはかなり上手になったと自負している。
そんな短いようで長い一週間が経過した。ほぼ寝ていないカトレアはまだまだ元気だが、それに付いてくる一般人である研究員たちも大概である。眠気覚ましに非合法なお薬に手を出して、ちょっとおかしくなっている研究員も若干現れつつあったが、教授の行いたい実験はほぼ終わった。そして、カトレアはついに、自分だけの魔ホウキを手に入れた。
「出所は言わんといてくれ。研究所内でその魔ホウキは実験により焼失という扱いになっている」
「分かりました。ありがとうございます」
眠気のあまり目をしょぼしょぼさせ、既に足元がフラフラしている教授から魔ホウキを手渡される。この魔ホウキは他の物と比べるとかなり大型の代物だ。人なら3人くらいは一度に乗れる程度に大きい。ホウキの柄の部分にはそれ用に座席も装着されており、ホウキというよりもちゃんとした乗り物という扱いをしても良い代物であった。
カトレアの取り調べも研究と同時進行で行われており、その裏付けもカトレアの知らぬところで進められていた。カトレアがこれほどまでに自由を許されていたのは、教授や研究員からの熱烈な要望(脅迫)が警察上層部に行われていたからというのもある。
「もし彼女を実験から外すなら、お前らを実験台に使ってやる」
目を血走らせながら、『爆破試験』と掛かれた魔力炉を持って上司に詰め寄るマッドサイエンティスト達に反発できる勇気ある者はおらず、これによりカトレアの実験動物化が承認されていた。
何はともあれ、カトレアは現在地からフタバ、ユウキの待つ町へと向かう最速ルートとその手段を手に入れた。
教授たちに涙を流して別れを惜しまれながら、カトレアは魔ホウキに跨り空へ舞った。その後姿を見送り、教授はすぐに踵を返して走り出す。その目に涙の痕は無く、表情は真剣なものであった。
教授はすぐさま事前打ち合わせ通りに研究所の一室に飛び込むと、待っていた人物が口を開いた。
「では話を聞こうか。教授。我が国の機密とも言える魔ホウキまで渡してでも懐柔する必要があると判断したその理由を」
部屋の中にはいかめしい顔をした人物が三人ほど座っていた。その誰もが、この国の運営を任される人物であり、彼らの一言で教授の首は物理的にも社会的にも飛ぶ可能性があった。だが、教授は絶対の自信をもってその三人を睨み返し、静かに言葉を継げる。
「かの者の魔力紋が聖女、憑人、勇者、魔王などの革命者と非常に似通っています。一切傷を負わない。一切魔力切れを起さない。この異常性は筆舌に尽くしがたい。私は彼女が人語を介していることが奇跡だと考えています。彼女には人と関わる必要性すらなく、この世界をいとも簡単に蹂躙するだけの力があります」
教授の言葉を聞いた三人の間に重苦しい空気が落ちる。そのうちの一人が口を開いた。
「なぜもっと早く報告しなかった。そのような危険人物ならば、処理するほうが今後の為ではないか」
「彼女、カトレアが我々の実験で傷の一つでも付けば、殺す方法というのもあったかもしれません。そのために様々な実験を行いました。至近距離での爆破。超音速からの落下。水中へ閉じ込める。毒ガスを吸わせる。その全てにおいて彼女は無傷です。傷一つ付きません。我が軍の決戦兵器であるガスを吸わせて、くしゃみ一つで済ませる女ですよ? どうやって殺すのですか。下手に動かれて反撃を受けたらどうしますか。我が国を亡国にするおつもりでしたか?」
ぐぬぬ、と黙った男を見て、教授はため息を付く。
「私と研究員は文字通り、化け物と共に一週間を過ごしました。そして感じたのです。生物としての格が違うと。アレは人ではありません。人の姿をした何かです。決して刺激してはなりません」
「だからこそ、友好関係を結んでおけと? そのような人モドキと友好関係を結べぶこと自体に危険性あるのではないか?」
「では敵対しろと? それは自殺と変わりません」
「そうは言わん。当たり障りなく放置すれば良かったのではないかと言っているのだ」
「なるほど。それも良かったかと思います。ですが、彼女が隣国と友好関係を結び、何かの拍子にこちらの国に攻撃でも仕掛けてきた場合、どうしますか?」
またしても黙ってしまった三人に教授は先ほどよりも深いため息をついた。
「お三方は彼女の隣に立っていないからあーだこーだとおっしゃられる。一度でも彼女の隣に立てば嫌でも理解させられます。まるで巨大な大蛇に上から睨み付けられていうかのような、体の奥底から底冷えするような恐怖というものをね」
それに、と教授は言葉を続ける。
「カトレアには簡単な魔ホウキのメンテナンスセットを持たせていますが、素人にできるお手入れ程度では限界があります。彼女は魔ホウキに並々ならぬ思い入れがあるようですので、必ずこちらの町にメンテナンスに訪れるでしょう。この町の価値を高めておけば、我々が窮地に陥った際には、彼女は自分のために、この町の利になる手助けをしてくれると私は確信しております。ですので」
教授は言葉を区切り、三人を真剣な目で睨み付けた。
「早計な策に走らないよう、ご忠告いたします。それとスペースエルフ共の同行には注意を払っていただきたい。カトレアは彼らと敵対関係にある」
教授は言いたい事だけいうと、部屋を後にした。その背中に何か言葉が掛けられるが、教授はそれを無視した。これ以上問答しても無駄だと思ったから。そして、自分の価値はカトレアがいる限り落ちる事はないことを理解していた。
未知なる化け物と一週間生活した経験。そしてプロトタイプの魔ホウキをメンテナンスする技術者として、教授の代わりは存在しない。
「それすらも理解できない愚物ではあるまい」
教授は口元ににんまりと笑みを浮かべる。
カトレアに傷をつけるための実験でもあったが、もちろんアレは魔ホウキの耐久試験でもあった。膨大な量のデータを取得することができ、魔ホウキの研究はこれで一足飛びに進む。
「っ……さすがに眠いな」
何はともあれ危機は去った。まずは眠ろう。
教授は研究室に帰ると、地面やソファーで死んだように眠る研究員と同じように、寝袋に包まって地面に横になる。そして目を閉じると、瞬く間に眠りの世界に落ちていった。
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