第20話

 カトレアは復讐を終え、ダンジョンから戻ってきたあと、宿屋の部屋で数日を過ごした。自分の心に整理をつける為というのもあるし、なんだかとっても疲れてしまったというのもある。

 その間、色々と手伝ってくれたフタバとユウキが何度か部屋を訪れたが、カトレアの様子をみて「もう少し寝てなよ」と声を掛けて出ていった。

 かなり気を使わせているようで、カトレアは申し訳ない気持ちを覚えた。こんな時、クズとツルツルだったらどうするか。背中をばしーん、と叩かれて「うじうじすんな! きめぇ!」と怒鳴ってくれるだろうか。

 

 カトレアは自分の気持ちとは裏腹に、減っていくお財布の中身という現実に直面し、さらに数日引き籠ったのちに部屋から出る事にした。そして、宿の受付でフタバとユウキに連絡を取りたいと依頼し、冒険者ギルドに顔を出した。

 冒険者ギルドの中は仲間と一緒に過ごした時間と同じ、何も変わりなく日常が流れており、それがなんだか悲しいやら嬉しいやらで、カトレアはまたしても涙が零れそうになった。

 フラフラと時間を潰し宿屋に戻ると、フタバとユウキも宿に戻っており、カトレアは二人に謝罪をするため部屋へと向かった。

 まずはフタバへ話をするため向かい、謝罪をすると食事に誘われたため、ユウキも連れ立って再び一階の食堂にある個室でお話し合いとなった。


「まずは、改めましてありがとうございました。私の復讐なんていう、自己都合に突き合わせてしまって申し訳ない」

「いいよ。正直、カトレアさんの復讐はいい機会でもあったんだよ。私達は町の悪徳商人を潰すことが出来る。さらに他の商人達への見せしめにもなった。実はね、大きい商会から随分と修正納税と多額の寄付があったらしいんだ。町長が臨時収入だって感謝してたよ」


 そんなことがあったとは露知らず、カトレアは困り顔をした。

 フタバはコホンと咳払いをして、カトレアを正面から見つめる。


「カトレアさん。これから先の話なんだけど、カトレアさんはこの先どうするつもり?」


 フタバからの問い掛けに、カトレアはうーん、と腕を組んだ。

 復讐は終わってしまった。心にぽっかりと穴が開いた気分というのを今味わっている最中であるが、財布にも穴が開いているかのように、現金が流れていくのが現状だ。

 カトレアは日々の生活を維持する為にも冒険者稼業に勤しみ、ダンジョンに潜る必要がある。しかし、マッシロケーの町から徒歩圏内にあるダンジョンは随分と通いこんだので、見飽きてしまった。カトレアの本来の目的である、小説のネタ探しという点からすれば、もう用済みである。

 もちろん、人類未到達圏階層の更新に手を出せば、まだまだこの町のダンジョンでも話のネタは出来るであろうが、カトレアの心情的に「それはちょっと違う」という思いがあった。なぜならば、カトレアのチート身体能力で深層を更新しても、それはカトレアしか到達できない場所であり、そんな自分のチートをひけらかすような物語は個人的に面白くないと感じていた。どちらかといえば、仲間と共に歩み、艱難辛苦を乗り越えて到達することこそが、ダンジョンの醍醐味であると考えている。だから、カトレアはダンジョンの深層アタックには乗り気ではなかった。やろうと思えばやれてしまうからこそ、やりたくなかった。それに、余裕でダンジョンを踏破してしまう様は大変つまらないだろう。山も谷も無く盛り上がりに欠ける物語など誰も見たいとは思わない。

 であれば、カトレアの思いつく行動は一つだった。


「旅に出ようかと思います。亜人や獣人の住まう国に」

「んー。そっかー」


 フタバは少し悩んでいる様子だった。カトレアはその意味が分からなかったため、首を傾げる。二人の様子をみていたユウキが間に入ってきた。


「カトレアさんは、その獣人の国に行く時期を遅らせる事はできますか? 実は、ちょっとカトレアさんに手伝って欲しい事があるんです」

「ユウキ。別に私達だけで出来る事でしょ。カトレアを巻き込まないでいいよ」

「お風呂無しの旅でいいの?」

「うぐっ」


 フタバが言葉に詰まった。

 確かに、この世界のお風呂事情は大変宜しくない。なんなら一週間以上体を洗わず放置するとかざらにある。夏場でもだ。

 元がおっさんのカトレアは耐えられない事もないが、少女であるフタバにとってお風呂に入れないと言うのはかなり辛かろう。

 カトレアも別に急ぐ旅ではない。ダンジョン内の知識はたくさんあるが、旅の仕方というのはクズとツルツルからあまり教えてもらえていなかった。フタバとユウキはそれなりに旅の経験があるようだし、何よりもユウキは収納魔法が使える。歩く巨大倉庫みたいな少年なので、大きなテントと、その中にキングサイズのベッドなんていうのも用意できたりする。それはそれで、旅の何たるかを完全に無視するような所業だが、快適性を求めるなら彼らと行動を共にすることは非常に良いだろう。


「私の旅は何も予定が決まっていません。私にはフタバさんとユウキさんに復讐のお手伝いしてもらった恩があります。私に出来る事であったら、お付き合いさせてください」

「恩返しなんて思ってもらわなくていいけれど、ありがとう。助かるよ」

 

 ユウキが嬉しそうな表情を浮かべるが、対照的にフタバは申し訳なさそうな顔をしていた。


「フタバさん。そんなに気にしないでください。私にもメリットのある話です。私は町から町への移動や国を渡る移動の際は全部仲間にお任せしてしまって、何も知識がないのです。フタバさん達と一緒に行動して、旅のやり方を学ばせていただきたいです」

「……そういうことなら、私も納得することにするわ。ごめんなさいね、こんな形でのお願いになっちゃって」

「気にしないでください。それに、フタバさんのような美人さんと旅が出来るというのは良い経験になりそうです」


 カトレアはお世辞抜きでフタバの容姿を褒めた。クズとツルツルのような巨漢の大男との旅と比較したら、かなり異世界冒険譚っぽい感じになるのではないかという期待も込めての言葉だった。

 その言葉を聞いたフタバは少し目を見開き、それから頬を染めて声を潜めた。


「もしかして、カトレアさんは女の子が好き?」

「?? ええ。女の子は好きですよ?」


 そりゃ、中身おっさんですから。野郎より女が好きです。


「ふーん。そっか。そっかそっか」


 何やらご機嫌になったフタバと何かを察しつつも何も言わないユウキの二人をみて、カトレアは疑問符を浮かべる。

 

「えっと。カトレアさんに手伝って欲しい事は色々なんだけれど、メインは僕たちの護衛かな。ほら。僕は完全に裏方だから戦闘能力ないし、フタバはガチガチの近接タイプだからカトレアさんのような魔法使いがいてくれると助かるんだよ」

「私は水魔法くらいしか使えませんけれど、大丈夫ですか?」

「私からすれば、水魔法だけでダンジョン深層へ潜れる時点でとてつもない使い手だと言わせてもらうわ。カトレアさんは自分の能力を下に見過ぎよ」


 水魔法だけでなく身体強化魔法もあるけれど、遠距離攻撃役としての活躍を期待されるならばしっかり勤めを果たそう。そうであるならば、フタバとユウキにはちゃんと私の能力を伝えておこう。

 カトレアはフタバとユウキに20m範囲内が高温水蒸気による即死範囲であることを伝えた。その時の二人の表情はとても微妙な顔をしていた。

 カトレアはそれを見て、色々と察してしまった。


「ご、ごめんなさい。大丈夫です! ちゃんと範囲指定できますから!」

「いや、大丈夫。教えてくれてありがとう。その影響とか知っているのと知らないのではかなり違うから助かるよ。それにそんなこといったら、私の剣の必殺範囲だって数mはあるんだから、似たようなものよ」


 それからカトレアは出てきた料理に高温水蒸気を纏わりつかせ、ジュウジュウ音を立てて焼けるお肉を見せたり、冷めたスープを温めたりしてみせて、自分の水魔法の及ぶ範囲を二人に示した。

 フタバとユウキは旅における食糧事情と水事情が劇的に改善することを確信し、カトレアのメンバー入りを大層喜んだのだった。

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