第16話
カトレアを襲ってきた金一等級のセイジ他4名の召喚者パーティーはダンジョン内で行方不明となり、捜索願の依頼が冒険者組合、探査者組合、その他の組合すべてに多額の報酬とともに出された。だが、カトレアがクズとツルツルを探して二カ月もダンジョンで籠っていた結果、その余波とも言うべき影響により捜査は難航を極めた。
まず、カトレアが人類未到達圏でもある40階層辺りで、手当たり次第に魔物をぶち倒したおかげで、カトレアに恐れ戦いた深層の魔物が地上に近しい階層へ逃げてしまった。そのため、金一等級の捜索依頼を受けたパーティーや低階層にいた複数のパーティーが全滅した。
これにより金一等級パーティーの捜索は銀等級の冒険者ですら嫌悪する依頼となる。これに困ったのがことを引き起こした奴隷商だ。カトレアを手に入れる為、召喚者である金一等級の冒険者に「同郷の仲間が不当に奴隷にされている」と情報を流し、クズとツルツルに嗾けたのだが、どういうことなのか金一等級の冒険者が行方不明になってしまった。
クズとツルツルは大怪我で入院することになったが、命は取り留めた。しかし、肝心のカトレアがダンジョンから戻ってこない為、奴隷商は彼女がダンジョン内で死亡したと判断した。ここで、カトレアが本当に死んでいれば、奴隷商としては特に問題はなかったのだが、二か月後、カトレアが普通に生存し、さらに奴隷からも解放されていると知り愕然とする。
なぜならば、奴隷商が金一等級の冒険者に流した噂はそれなりの立場の物が、”召喚者”という強者と、それを管理する国家に渡した情報であり、虚偽の報告をしたとすれば間違いなく処刑されるからだ。流石に金一等級の召喚者5人が一度に行方不明となれば、他の召喚者が調査と捜索に来る。そしてどんな噂を基にしてパーティーが動いたのかも徹底的に調べられる。当然、噂の出所も特定される。
奴隷商は震えあがった。
カトレアが召喚者である確証は全く無い。そして、召喚者の調査の手は当然ながらカトレアへの調書という形を取るだろう。であれば、彼女は当然、素直に「自分は違う」と答えるはずだ。
となれば、首が飛ぶのは証拠も無いのに憶測で情報を流した奴隷商になる。
奴隷商はどんな手を使ってでも、自らの保身のために動く必要が出てきてしまった。
幸いなことに金一等級の冒険者はパーティー全員が行方不明。残る関係者はケガ人のクズ、ツルツル。そしてカトレアの三名のみ。
「やるしかない」
奴隷商は一気に度数の濃い酒を飲み欲し、覚悟を決める。多額の資金を使い、その道に精通した者達を雇い、関係者を亡き者にする依頼をだした。
まずは簡単に始末がつくケガ人2名の排除に着手し、成功したとの報告を受けた。
残る一名は現在ダンジョン内。殺すには都合がいい。
総勢十数名の、殺人を厭わない冒険者はカトレアの潜るダンジョンへ、順次入っていった。
カトレアは当面の治療費を病院に支払い、今は特級ポーションを探してダンジョン40階層へ潜っている。事前にツルツルとクズから見るべき場所を確認してもらった為、非常にスムーズに攻略が進んだ。
成果としては特大の魔石と希少鉱石。そして宝箱から特級ポーション一つと上級ポーションが5つでてきた。これだけあれば、現金でもう一本特級ポーションを買う事は出来るはずであり、クズとツルツルの治療というミッションは達成となるはずだ。
これとは別にクズとツルツルの退職金用に、帰り道で宝箱と宝石を取っていけばいいだろう。
カトレアはリュックを背負い、地上へ向けて歩き出した。彼女が丁度、20階層にたどり着いた時、行く手を阻む様に大勢の冒険者が集まっているのが見えた。
カトレアは「複数パーティーで攻略でもするのか?」と思いつつ、そのまま無防備に近づいていく。だが、その中の一人が弓を構えているのを見て、カトレアは足を止めた。
矢が放たれ、カトレアの眉間にぶち当たる。
「あだっ!?」
痛くは無いが、またもや思わず声が漏れた。迫ってくる矢が見えたが、咄嗟の事で体が硬直し、動けなかった。
「おい!? 命中したよな!? 弾かれたぞ!」
「外れたんだろ! おら、仕事だ!」
剣やメイスなどを持った屈強な男達が殺気だって駆け寄ってくる。
カトレアは慌ててリュックを自分の背後に置き、応戦する構えをとる。こんなところでせっかく手に入れたポーションを割ってしまっては元も子もない。また40階層まで潜るのがめんどくさすぎる!
「なんだお前ら!? 私が何をしたってんだ!」
「すまんな! これも仕事だ!」
大男がメイスを振り、カトレアの頭頂部へ振り下ろす。
カトレアはそのメイスを片手でぺしり、と弾き、反対の手で男の体を殴った。
「ほごぉ」
カトレアのなんちゃってパンチを喰らい、男の口から血交じりの空気が漏れ出た。体は防具と共にへしゃげ、足は地面から離れてダンジョンの壁に叩きつけられる。そしてズルズルと崩れ落ちるとピクリとも動かなくなった。
他の冒険者達が慌てて足を止め、カトレアを包囲する。
だが、そこはカトレアの殺傷範囲内。即座に発動された高温水蒸気の領域がカトレアを囲んでいた男達を焼く。
一呼吸しただけで、千度に近い水蒸気が男達の気管を焼き潰し、二度と空気の吸えない体にした。空気を求めて口をパクパクしつつ、さらに灼熱の水蒸気に晒され、もがき苦しみながら倒れていく冒険者。地面に横たわった彼らの体からはジュウジュウと肉が焼ける音が聞こえた。
「ひぃぃぃ!!」
弓をメイン武器とする冒険者達はカトレアの殺傷範囲外にいたため、事の状況を見極めていた。そして、即座に撤退を選択する。
だが、カトレアは逃げる相手にも容赦しない。クズとツルツルからの英才教育により「逃げる敵は体勢を整えられる前に追撃して殺せ」と教わったからだ。
教わったからといってすぐ実行できるわけではないが、二年近く冒険者として命のやり取りをしてきたカトレアに、迷う心は無かった。
無数の十リットル程度の水球が、新幹線よりも早い速度で逃げる冒険者の背中にぶち当たる。たったそれだけ、人体の体の骨は砕け、冒険者達は地面に倒れ伏し、痛みに叫び声を上げた。
カトレアは何事も無かったかのようにリュックを背負い、未だに息のある冒険者に近づく。そして地面を這いずる冒険者の手を思いっきり踏みつけた。ベキベキと指の骨が何本か折れ、大の大人が泣き叫びながら喚く。
「誰に依頼された。目的はなんだ。簡潔に答えたら殺さないであげる」
そう言うと同時に、反対の手も踏みつぶす。これもクズとツルツルから教わった「拷問は最初が肝心」を実践しているだけだ。
両手の骨を砕かれ、涙と鼻水と涎でぐしょぐしょに顔を濡らし、命乞いをする冒険者の男は、自分が聞いてきた話をすべて伝えた。
3人の冒険者を始末するよう、奴隷商から依頼されたこと。ケガ人の二人は既に処理済みであること。召喚者絡みの問題であり、失敗すると自分達の命も無いこと。
そこまで聞いて、カトレアはその冒険者の頭を、サッカーのボールでも蹴るように打ち砕いた。
くしゃり、と頭蓋骨が砕け、首から引きちぎれた頭部がダンジョンの床に転がる。
カトレアは自分の胸の中で心臓とは別の何かが脈動しているような感覚を覚えた。
クズとツルツルが殺されたと伝えられた瞬間、怒りが湧き出してきた。頭がどうにかなりそうなほど、怒りに震えた。
ぶっ殺してやる。
その感情が、まるで心臓の鼓動によって全身に送り出されているかのように、体中がぽかぽかと温まっている。しかし、体の末端まで熱が行き届いているにも関わらず、体の中心部だけがやけに冷えていた。
カトレアはリュックをしっかりと背負いなおす。
「こっちには特級ポーションがある。間に合う」
ぐっと足を踏みしめる。ダンジョンの床が足の形に凹んだ。
「あの二人がそう簡単にやられるはずが無い」
いつのまにか自分が走り出していた。カトレアの思考と、体の動きが一致しない。動こうと思う前に、体は望んだ動きを取っている。
カトレアの体は一目散にダンジョンからの脱出を図っている。しかし、思考は奴隷商への復讐とクズとツルツルの安否のことばかりを考えていた。
地面を蹴り、飛ぶような速度でカトレアはダンジョンから脱出した。そして、そのまま通りを多数の人を跳ね除けながら駆け抜け、病院へ直行した。
病院の前には人だかりが出来ていた。町の治安を守る警備兵が多数見える。
カトレアの心臓がひと際大きく鳴った。
地面に横たえられた二つの体。
金髪を短く刈りあげた大男。クズ。
反り上げられた禿げ頭の大男。ツルツル。
どちらも、胴体と首が切り離されていた。
カトレアの中で、二人との会話がフラッシュバックする。引退後にやりたいことを病院のベッドで語りあう二人。ダンジョンがどういう存在なのか、まるで教師か何かのように語るツルツル。お前に剣のセンスはねぇな、と諦め顔で笑うクズ。
二年間。ほぼ毎日隣にいた存在が、目の前で死体になっている。
それが受け入れられなかった。
カトレアは膝から崩れ落ちた。それに気が付いた警備兵がこちらに駆け寄ってくる。何か声を掛けられたが、カトレアには何も聞こえない。
彼らが何をしたと言うのだろうか。確かに、あまり素行が良くないとは思っていたが、他の冒険者と比べたら随分とおりこうさんなパーティーだったはずだ。
恨みを買うことはあったかもしれない。だが、病院で、それもケガ人相手に首を跳ねるなどという非道が許されていいモノではない。
情報の真偽は分からない。
あのダンジョン内で奴隷商から依頼されたと語った冒険者が嘘をついている可能性もある。
でも、そんなことは関係ない。
今はこの湧き出る怒りを、ぶつける相手が欲しかった。
カトレアは理性的に、理由を色々考えて、復讐する方法を模索した。だが、その理論的な思考が徐々に感情に押されていく。
怒りが全身を支配し、呼吸が荒くなる。
警備兵に肩を揺さぶられても気にもならない。
……絶対に許さない。
カトレアの中で、何かが限界を迎えた。ぱちん、という音が彼女の胸の中で弾け、そこでカトレアの意識は一度、暗転した。
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