第7話
ダンジョン内での生活が2カ月経過した。この間に追っ手が現れたことは無い。クズとツルツル以外の人間との接触も無かった。
流石に2カ月も一緒に生活をしていると、カトレアもクズ、ツルツル両名とのやり取りはかなり砕けてくる。最初こそはいきなり奴隷にさせられて、人生オワタと嘆いてはいたが、彼らがカトレアと敵対する意思がないことは十分に伝わっていた。
何よりもカトレアを安心させたのは、クズとツルツルがカトレアを女として見ていない点だ。
「召喚者の中身が違うっていうのは良くある話だと聞いたことがある。そういうのをTSとかいうんだろ?」
「中身が野郎なのに抱くわけねぇだろ。キモチワルイ」
などと言うクズとツルツルにカトレアは笑みを浮かべる。
カトレアは元々それほど友達の多い方ではない。陽キャと呼ばれる人種ではなく、根暗と呼ばれる方であった。用事が無ければ家から出ることも無く、仕事が休みの日はトイレ以外部屋から出ない事もしばしば。そんな彼女は最初の内はクズとツルツルに対してどう接して良いものか分からなかった。
「気持ち悪い喋り方だな。適当にため口で話せ」
奴隷にさせられた事を不満に思いつつも、クズとツルツルが怖かったこともあり、微妙な丁寧語、尊敬語の類で話していたらツルツルから嫌な顔をされた。理由として、カトレアの首から下げた翻訳機が妙な通訳をするため、カトレアの言っている意味が分かりにくいとのことだった。
それ以降は口調も徐々に砕けた形に変わり、今では友人同士の間柄とも言えるやり取りが出来るようになっていた。
これによりカトレアは自傷ベテラン探査者の二人から色々と話を聞けるようになった。
銀1等級探査者とクズとツルツルが名乗ったことに対し、カトレアは「それは冒険者のことか」と問いかけた。結果は国によって呼び方は色々だが、だいたい合っていると返ってきた。
この国では冒険者と探査者は区別されているようだが、やっていることはほぼ変わらず、一般人からみれば所属先が違う程度にしか分からないそうだ。それでもクズとツルツルが言うには、冒険者よりも探査者の方が立場が上だという。
また、銀1等級というのは探査者の中でも上位数パーセントというレベルにあり、多少の努力や才能で到達できるようなものでは無いようだった。
「そんな立場を手に入れて、それをこんな簡単に手放していいのか?」
「普通なら簡単に手放せるものじゃない。タダの召喚者なら無視する。だが一目見てこいつはヤバイと思ったお前に賭けてみる価値があった。俺の直感がそういった」
クズとツルツルからするとカトレアという存在は召喚者の中でもかなり稀有であり、是が非でも仲間に加えたいと思えるほどの存在だと言う。もちろん、カトレアが異常であることに気が付いたのはこのダンジョンにたどり着いてからであるが、クズとツルツルはカトレアをバニバニ族の儀式から救出した段階で、妙な予感を感じていたらしい。
探査者として幾度となく死地を切り抜けてきた二人が同時に「こいつは何かある」と思えるモノをカトレアから感じたからこそ、ここで必ず手に入れるという行動に出たのだそうだ。
カトレアからすれば、過分な評価であると思わざるを得ない。
「実際、俺たちの勘は当たっていたわけだ」
「私は身体強化と水魔法しか使えないぞ? 召喚者の中には全属性使えるやつもいるんだろ? それと比べたら大したことないじゃないか?」
ツルツルの過剰な「よいしょ」する言葉にカトレアは苦笑いを浮かべながら答える。この二カ月のダンジョン野宿の最中、色々と魔法について試行錯誤した結果、水魔法を新たに使えるようになった。
「いやいや。あれはもう水魔法とは言えない。まったく別のものだ」
クズがカトレアの言葉を受けて笑っている。
カトレアも最初は普通に水球を作り出し、それを飛ばして攻撃する水魔法を使えるようになった。それから水をお湯に変えたり出来るようになり、それからお湯をすべて沸騰させて高温の水蒸気を作れるようになった。
常温常圧で数百度の水蒸気の塊。この水蒸気の塊でダンジョンをうろつく魔物の体を包むと、ひと呼吸で高温の水蒸気が気管を焼き、窒息死させることができた。
階層30番に生息する魔物というのは、どいつもこいつも常軌を逸した生態をしている。透明で見えない魔物というのは定番で、地面に溶けて移動する、瞬間移動するなんていうとんでもない魔物もいた。
それら魔物も呼吸をする生物であることに変わりは無く、カトレアの高温水蒸気によっていとも簡単にその生命を奪われていった。
クズとツルツルがそれなりに苦労して倒す魔物が、「よいしょー」という気の抜けるようなカトレアの声と、それと共に放たれる水魔法によってのたうち回って死んでいく。
今のところ、先手を取れればカトレアの魔法でほぼ確殺出来ている。そのため、食料確保にもまったく困っていない。水はカトレアの魔法でどれだけでも出せるし、毎日暖かいお湯でお風呂にも入れる。
3人は特に苦労することもなく、この二カ月を過ごせてしまった。
「これで治癒魔法が使えるなら、もう向かう所敵無しってところだな」
「治癒魔法か。火魔法のときも色々ためしたけどダメだったし、多分私には才能がないんだろうなー」
「異常な身体能力と異常な水魔法が使えるだけで別格だ。それに魔力酔いや魔力痛もこない。今のところ無尽蔵に魔法が使えてるなら、カトレアはもうそういう存在なんだよ。それに変に色々魔法が使えて器用貧乏になるより、その分野を極めたほうが有用なことは多々ある。あまりあれこれ手を出す必要は無いぞ」
ツルツルはクズの言葉に「それもそうか」と納得した様子だった。
カトレアは魔法の練習とクズ、ツルツルの両名からこの世界に関する知識を教えてもらい、それなりに充実したダンジョン生活を送った。ついでに翻訳機無しの異世界後の習得も始めた。
そのころ、地上ではクズとツルツルの捜索が行われていたが、これはクズとツルツルの想定通り銀3等級の探査者が割り当てられていた。
結果、二人が潜ったダンジョンは特定できていたが、階層20番にたどり着くのが精いっぱいで、そこからさらに10階層下まで潜る実力はなかった。さらに言えば、クズが殺した男というのは、非合法な奴隷登録を繰り返していたような奴であり、組合内では「銀一等級に喧嘩を売った馬鹿野郎」という扱いを受けていた。そのために殺人を犯した事に対しては、それほど重い罰を与えられていなかった。
クズとツルツルが追われている主な理由としてはカトレアが身に着けたままの翻訳機の窃盗であり、これも両名が組合に保管していた財産の差し押さえによってそれなりの額が回収された事に寄り、捜索も数カ月で打ち切られることとなった。
そんなことになっているとは露知らず、カトレア、クズ、ツルツルの三名はダンジョン内で半年経過後も、大事をとってさらに数カ月滞在し、ダンジョンから外に出る頃には一年近くが経過していた。
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