物書きTSおじさん、ネタ探しに異世界旅行したら帰還不能になる

あるあお

第1話

 最近の私の趣味はウェブ小説を読むことだ。

 お気入りには異世界転移、転生物。皆、趣向を凝らした面白い作品が多い。

 自分もこんな夢みたいな経験をしてみたい、とは思うのだが、私の性格では、無双プレイも奴隷ハーレムも無理そう。

 そんなことを思いつつ、パソコンの画面から手元の雑誌に目を落とす。

 雑誌の見開きには大きな文字で、198万円の文字が踊り、異世界へのゲート使用料が記載されている。


「うーん。払えないことはないけれど……結構するなぁ」


 他にも、異世界転生して人生が変わったとか、一生に一度は異世界行くべき、という経験者からの口コミなども記載されている。

 すべてが良い事しか書いておらず、疑わざるをえない。

 私はパソコンのキーボードを叩く。

 検索ワードは異世界、口コミもしくは、異世界、体験談などだ。

 すると出てくる出てくる、異世界旅行の辛い経験がわんさかと。


『転生初日に盗賊に襲われて死んだ。渡航費用の300万が一日で消し飛んだ』

『転生三日目。奴隷落ち。その後、性奴隷として豚貴族の元に。なんとか荷物を取り返して出戻り装置起動からの帰還。ハゲでデブの男を見ると過呼吸になる。PTSD発症』

『向こうで嫁と子供が出来た。なのに俺は馬車に轢かれて死んじまった。残してきた嫁達が心配で、こっちの生活が辛い』


「色々あるなぁ。これを読むのも、小説みたいで楽しい」


 ウェブ小説の多くも、実際の筆者が経験した異世界旅行体験記であったりするのだが、やはりそこは娯楽小説であるため、色々と話しを盛っていたりする。自分がやたらとイケメンになっていたり、特殊な能力を発動していたり、チートな能力を持って無双したり等々だ。

 しかし、こういった口コミや評価、体験談などはリアルな出来事がそのまま記載される。良いことばかりでなく、悪いこともたくさん書かれている。

 旅行会社や雑誌などは、どうしても異世界での成功者のことばかりを取り上げるため、異世界旅行に良いイメージを持つ者が多いが、やはり二つ目の人生体験とも言われている異世界旅行には、それなりの覚悟も必要になる。

 口コミにあるような、恐怖体験をして、心に傷を負って帰ってくる者も多い。

 だが、当然成功者も存在する。

 5千万円以上掛かるが、こちらとあちらの世界を、行ったり来たり出来るプランも存在する。

 当然ながら、こちらの物資を異世界に持ち込んだり、逆に異世界から物品を持ち込むことは絶対に不可能だ。だが、あちらの世界で一大事業に成功し、こちらではコンビニバイトで必要最小限の生活をしつつ、異世界でガチハーレムを築きあげた猛者もいる。

 また、こちらで受けた多額の借金を、異世界において返済するというプランもある。ただ、このあたりはまだ法規制の最中であり、色々とグレーな部分が多い。

 異世界での返済が失敗した時点で、文字通り借金取りの奴隷となる場合もある。

 しかも人権の何の保証もされていない異世界で、だ。

 お察しのこととは思うが、そういった者の成れの果てというのは恐ろしいものである。

 どんな恐ろしい人生が待っているかわかったものではない。もちろん、借金返済プランは自殺も不可能な契約などで縛られている。

 文字通り、生き地獄を味わうことになるだろう。


「んー、死んだら終わりのプランか。複数回可能にすべきか……」


 値段は100万近く高くなるが、複数回行けるのは魅力的だ。

 万が一、異世界で大成功を納めたにも関わらず、不運にも途中で死亡してしまった際、もう一回同じ世界に行けるというのは、色々と捗る。体験記にもあったように、あちらの世界で嫁や子供が出来たりしたら、それこそ、悔やんでも悔みきれない。

 何が起きても、一度経験できれば良い。異世界はこちらとは違う、一種の儚い夢、と割り切るならば格安プランでもいいだろう。

 あちらの世界に夢を見て、こちらとは違う、もう一つの人生として成功を収めたい。そんな野望があれば一般的なプランを選ぶべきだ。

 行き来ができるプラン? 私は借金してまで、5000万円用意する度胸は無い。

 ほら、みてごらん。異世界で奴隷になって、4800万返済したこの男性の体験記を。あちらの世界からこちらに戻ってきた瞬間、髪の毛が真っ白になり、抜け落ちてしまったみたいだ。そんな嘘みたいな話しあるわけない、と思いたいのだが、同じような話が複数個あるので、馬鹿にできない。


「ま、行くならば一回こっきりかな。異世界は色々あるし。もし、二回目行くなら、また別の世界に行くのもありだな。というか、私は異世界に話のネタを探しに行くのだから、色々なところに……特に、誰も行ったことの無いようなところがいいか。旅行というより、冒険をしに行くのが良いかな。となると、この辺りのサポートがしっかりした行き先よりは……」


 ペラペラと雑誌をめくり、冒険者募集中という広告見出しが付いたページを開く。

 まるで、風俗の広告のような、けばけばしくて、そして安っぽいチープな広告だ。

 蛍光色でゴテゴテとした装飾が施され、異世界冒険3万円から、などと格安なプランが沢山ある。この辺りの世界は、先ほどの190万などという世界とは違い、向こうへ行った後のサポートも無いし、未だにあちらの言葉が翻訳されていないために、自動翻訳装置も機能しない。つまり、完全な荒野へ、ぽいっ、と放り出されるようなものだ。

 それがいい! と物好きはこういった格安異世界ツアーに行くのだが、大抵、碌な目に合わず、帰還装置を使うか、自殺するか、殺されて帰ってくるかのどちらかだ。

 だからこそのこの価格。

 需要が無いから、当然価格は下がるわけだ。


「でも、この格安ツアー系の体験記は面白いんだよなぁ。ウェブ小説で高評価貰っているいくつかは格安ツアーの参加者っぽいし」


 そうなのだ。

 私が求めているのは小説のネタであり、決して安全で快適な異世界の旅ではない。

 ぶっ殺されようが、野郎に尻の穴を掘られようが、それはそれで良い話のネタになるのであって、決して悪いことではない。

 どうせ、本物の体はこの世界にあるのだ。

 異世界の自分の体がどうなろうと、あまり関係はない。死ねば戻って来られるというのもある。

 

「行くなら格安ツアーだな。ただ、言語関係だけはなんとかしたい」


 海外旅行などしたことの無い私は、当然ながら日本語以外話せない。

 最近は完全自動翻訳装置により、自力で自国語以外を習得するのは趣味人くらいのものだ。だから、ジェスチャーだけで自分の言いたいことを伝えたり、サムズアップだけで和気あいあいと意思疎通するような、ワイルドな事は自分には到底真似できそうにない。

 だから多少高くても、言語関係だけは大凡翻訳が出来ている世界が良いと考えている。

 当然ながら、旅行代金はぽん、と跳ね上がるが、これは仕方がない。

 異世界行きました。しかし、言葉が通じません。結果、どうしようもありませんでしたでは困る。


「いや、待てよ……。今までのどの小説も、基本的にすべての世界で言葉は通じるものばかりだ。ならば、ネタ的に、全く通じない異世界に行き、わちゃわちゃと、普通の生活すら出来ないヘタレ転生者プレイを……うーん。面白いが、開始早々に奴隷落ちか、殺されるか……だが、30万くらい払っても、死ぬ時は死ぬし、それなら3万円異世界を10世界体験したほうが……」


 異世界旅行へ行くには、旅行会社へ連絡し、説明と口頭での同意証明をして、指定日時に指定された場所に移動するだけ。すると、そこに異世界へ誘う光のゲートが現れ、それをくぐることで異世界へと旅立てる。

 滞在期間は死ぬまで。途中で持たされた帰還装置を使うか、自殺もしくは殺害されれば戻ってこられる。うまく天寿を全うし、あちらの世界で老衰で死んでも戻ってこられる。

 こちらの世界ではおよそ一日、長くて一週間ほど時間が経過する。

 つまり上手にやれば、一生分の経験をして帰ってくることが出来る。


 これが、異世界転生で、人生感が変わると言われる所以だ。

 なにせ異世界旅行解禁年齢である18歳で異世界へ行き、あちらの世界で60歳まで生き抜けられれば、戻ってきたその18歳は、すでに40年以上の人生経験を持っていることになる。

 当然ながら、それは就職活動にさえ影響してくる。

 40年の人生経験を持った新卒生だ。

 ……その経験が良い結果となるか、悪い結果となるかは、会社の判断に委ねられるところである。

 

 さてさて。どうしたものか、と再び雑誌に目を通す。

 新しくあちらの世界に繋がったばかりのゲートは、どれもこれも新しい情報を求めている。帰還時に行ってきた世界の情報提供を条件に、格安でゲートを解放しているのだ。

 完全新規のゲートはほぼ無料だ。


 なぜならば、繋がった世界が人種の生存できる世界とは限らないからだ。

 基本、ゲートをくぐると、こちらの身体情報及び魂の情報がそのまま異世界側に生成される。地球と似た環境の世界で無ければ、あちらの世界に降り立った瞬間、窒息死、凍死、圧死、焼死等々、即死することになる。

 そんな恐ろしい世界へと最初の一歩を踏み出す者達を総称し、”アドベンチャー”と呼ぶ。

 私はそんな、ギャンブルはしたくないので、基本的な惑星情報や、人種の生存状況の情報が把握されている世界にした。

 目星を付けたらインターネットで検索し、おおよその状況を覚えておく。


 ……お、これは。……ふむ。悪くない。

 温暖惑星。地球と似た環境。行先は少し赤道に近いかな? 暑そうだが、日本のように蒸し暑くはないという。寒がりな私にはそのくらいの方が良い。

 人類と亜人種が存在。魔族は存在しない? このあたりは未確認か。魔法の存在はあるようだが、詳細は不明。ふむふむ。

 時代は工業化の初期段階。蒸気機関はあるようだ。船や鉄道などが徐々に普及し始めたころ? 本当に、曖昧な事しか書いてないな。

 だが、なかなか良さそうだ。


 私はあちらの世界からの帰還者が書いた、風景画のスケッチを数枚見て、この世界への渡航を決めた。写真を持ち帰れない異世界において、こうして絵が描ける旅行者は希少だ。金を払って、自分が所有する異世界に絵描きを送る業者もいるくらいなのだから。

 早速旅行会社に連絡し、個人コードを口頭で伝えて口座から旅行代金を引き落としてもらう。

 異世界旅行に関するお決まりの説明を受けて、明日のゲート出現場所を指定してもらい、私は通話を切った。

 一階の居間にいる両親に明日から少し旅行に行ってくると伝えて、私は遠足前のような気分で眠りに付いた。


 そして、翌日。

 私は指定された場所に出現したゲートに潜り込み、異世界へと旅立った。


 ……男が異世界へと旅だった翌日。ここはとある旅行会社の事務室。

 一人の部下が上司から酷く叱責されていた。


「お前なぁ! ネットの情報はすぐ更新しろと言っているだろう! 今日、あちらさんに行っちまった客に説明したのか? してないだろ! 帰ってきた時に苦情があったら、お前の給料から天引きだからな!」

「申し訳ありません!」


 上司は帰還者からの報告文書を机に叩きつけ、営業へと出かけていった。

 残された部下はその書類を大切そうに抱えて、自分の机へと戻り、大きくため息をつく。


「あぁ……しまったなぁ。他の世界と完璧に混同しちまってた……。でも、確率的にそんなには……うー、でも10分の1くらいになるのか? まだ数人しか帰って来てないしなぁ」


 部下の机の上に置かれた帰還者からの報告資料にはこう記載されていた。


『あちらの世界に降り立ったら、女になっていた。転生時に性別が逆転する可能性あり』

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