第26話 帝の私兵

 3軍合同演習を成功させたい!

 それが参加した第2戦団の共通した意識だと御堂は思っていた。しかし、そうではなかったのは少しショックだった。特に、パートナーである入鹿と気持ちを共有できていないのは寂しい気分になる。


「あのさ。戦争の危険性を回避できるのって、それだけでも帝国民には利益なのよ・・・『帝国の悪夢』を繰り返さないために。今回は、あなたの方がしてると思う」


「僕は近衛軍の軍人です。帝国民に責任は負いません」


「はあ?」


 これは不意打ちだった。御堂の脳は、思考回路を銃弾で打ち抜かれたような感覚を覚えた。


「帝国最強の戦力を保持してる近衛軍が、帝国民のために働くのは当然じゃない?」


「近衛軍はです。帝国民の兵ではありません」


「帝の私兵だから、帝の民を守るんじゃない!帝が民を守らないでどうするの?」


「かつて『赤椿の変』で、帝を誅殺したのは帝国民です。帝に帝国民を護る理由はありません」


「何よ、それ。じゃあ、帝が帝国民を攻撃しろって命令したら、無抵抗の人間でも攻撃しちゃうわけ?」


「それが近衛軍です」


「・・・」


 躊躇なく答えた入鹿に、御堂の背筋で冷たいものを感じた。

(玲なら、本当に非武装の民間人でも攻撃するかも?)

 所属不明機戦での白兵戦が、御堂の脳裏に甦る。あの時の入鹿は、殺し合いすらしていない。あれこそ真に「駆除」だ。


「玲もさ。『帝国の悪夢』で犠牲になった身内とかいるの?」


「僕が生まれる前のことですけどね。祖父母はと聞いてます」


「イルドラ公国に?」


「いえ。帝国内の反帝派に、です」


「そうなんだ」


 帝国の首都・不死鳥きょうは、反帝派による粛正が凄惨を極めた。入鹿の祖父母は、首都・不死鳥京の擁帝派だったのかも知れない。

(そう言う人達からは「帝国の悪夢」を終わらせた水蛭鹿ひるか帝って、崇拝する英雄なのかな)

 御堂なりに、言い方を変えてみる。


「今回は、帝が合同演習に参加するのを認めたんだしさ。合同演習を成功させるのは帝の意思だよ」


 御堂を一瞥した入鹿の双眸には、侮蔑の色が浮かんでいた。他人の感情に鈍感な御堂でも、それには気付く。


「貴女の都合で、を捏造するのは卑劣ですね」


 内心の悪意を見透かされた御堂の声が、思わず上擦ってしまう。


「じゃ・・・じゃあ!帝の意思って何よ?」


「人間は、愛する者を安易に裏切りますが、怖れる者を裏切るには躊躇するものです」


「帝国民を怖れさせろって言うの?」


「それが近衛軍の存在する意味です」

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