第15話父親side
それがまさかこんな事になろうとは……。
浮気相手の女を白状させるつもりでいたが、その必要はなかった。あろうことか、ラシードは相手の女と連れ立ってきた。
何故、女を連れてくる?!
ふざけているのか?!
「義父上達の許可をいただきに参りました」
どうやらラシードは親に結婚相手を紹介し、結婚の許可を願い出るつもりで連れてきたようだ。……アホなのか?私達はお前の実の両親ではない。そもそも私達夫婦の実子はミネルヴァ一人だ。そのミネルヴァと将来結婚するからこそお前を養子にしたに過ぎない。まあ、良い。本当は良くないが、浮かれ切っている二人に現実を直ぐに解らせる必要はない。知りたいことを聞いた後からでも十分だ。
ラシードが連れて来た女は思った通り貴族であり王立学園で出会っていた。
男爵家の長女、エリカ・ダフネス。
ダフネス男爵の先妻の娘で、家族の中では浮いた存在……らしい。後妻が弟と妹を産んでいることから察するに家族間でギクシャクしている可能性は高そうだ。
「彼女の継母はエリカを蔑ろにしているのです。父親の男爵も後妻に頭が上がらないみたいで……」
聞けば、後妻は金貸しの娘――つまり平民出身だそうだ。男爵家は領地経営が上手くいかず多額の借金を幾つも抱える羽目になり、偶々、金を借りていた先の娘に惚れられ借金を帳消しにする代わりに金貸しの娘を嫁にしたそうだ。
更に質問を重ねると、彼女の実母は実家と折り合いが悪く結婚と同時に実家と縁を切っているそうだ。
最初は彼女の実母も平民出身かと思ったが「違う」と答えられた。どうやら貴族出身のようで、父親との結婚を反対されそれを押し切ったためだと言う。
これは面倒な事になった。
憶測の域を出ないが、ラシードが連れて来た女の実母は伯爵位かそれ以上の家柄で、彼女の父親との結婚を反対されたに違いない。
その後も聞いてもいないのに、ラシードは彼女に関することをペラペラと話していた。
こいつ、恋愛事になるとアホになるタイプだったのか。
養子に迎えて以来、侯爵家の子弟として、また未来の婿としてガチガチに固めていたからな。社交界の裏の裏を知らずにいられるのもミネルヴァが何かとラシードをフォローしているからだ。だから言ったのだ。程々にしろと。
ミネルヴァ曰く「夫婦は互いに補い合うものです。お義兄様は人の裏を読み取るのが得意ではないので、それを私が補っているだけです。夫婦は支えあうものですから。ソレを指摘するなどお父様も無粋なことをしますね」と。
要するに、
ハニートラップにあっさり引っ掛かるタイプだ。
まあ、連れて来た女は何処かのスパイとかではないが。ラシードと縁を切るので私達にはもう関係ない。それにしても幸せいっぱいに笑いあっているのはいいが、ラシードは今後について何か考えているのか?
男爵家には後妻の産んだ男子がいる。
婿入りは無理だろう。
「ラシード、今後どうするつもりだ?」
「はい?今後とは……」
「お前が男爵令嬢と結婚するのは構わん。伯爵家の許可が出ればな。だが、お前はもう婿候補ではなくなった。そうなった以上はここから出て行ってもらう必要がある」
「え?」
「何を驚いている。当然だろう」
ラシードは目を大きく見開き狼狽え始めた。
「義父上、僕は侯爵家に残るつもりです!」
「何のためにだ」
「ぼ、僕は貴男の義息子で……ミネルヴァの義兄です……」
「ああ、前提条件付きのな。その前提条件を放棄した者を当家に置いておくことはできない。出て行け」
「そんなっ……!!」
狼狽えるラシードと泣き出すエリカ嬢。
我が侯爵家も随分見くびられたものだ。娘を裏切っておいて図々しくもそのままでいられると思っているのだからな。
ミネルヴァは随分悲しんでいた。ラシードを慕っていたからなおさらだろう。娘を悲しませる男を義息子として屋敷に置くなどありえん。
「つまみ出せ!」
護衛を呼び、二人をつまみ出すように命じた。
「酷いです!義父上!!」
煩い。
何が酷いだ!それはこちらのセリフだろう!!
男爵令嬢を選んだんだ。
潔くここから出て行け!不愉快だ!!
「義父上!話を聞いてください!!」
聞くことは何もない!
護衛に両手を拘束されたラシードは煩く喚き散らす中、男爵令嬢はこちらを振り向くと涙を流しながら深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでした……」
ラシードよりは賢いらしい。どうやら自分達の置かれた状況を理解しているようだ。もしかするとラシードから何か言われていたのかもしれんな。誑かされたのは彼女の方か?
まあ、どちらでもいいか。
「二度と我が侯爵家に足を踏み入れてほしくないものだ」
彼女はもう一度深く頭を下げると連行されるラシードを追いかけて行った。
ようやく去ったか……。
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