第13話初恋と婚約5
「この度は第二王子殿下の婚約者候補に選ばれ、誠におめでとうございます。ミネルヴァ様」
ちっともお目出度くありません。
社交辞令として挨拶に来た寄り子貴族達もこの件に関して「めでたくない」と顔に書いてありました。
そうでしょうね。
私だって嫌です。
なので、「貴方達の気持ちは解りますが……」と、そっと目を逸らすして「不服です」のアピールをします。これで「私も王子の婚約者は嫌なんです」と分かって貰えたでしょう。口では喜ぶ言葉を吐かなければなりませんが、表情と動作で「嫌がっている」が伝われば御の字です。こういうアピールは大事です。後々、役に立つかもしれませんから。
「第二王子殿下の婚約者候補、誠におめでとうございます」
そして、飽きることなく同じ台詞が続きます。
ええ、私も解っていますよ。
これが一番角が立ちませんもの。
「ありがとうございます」
なので私も同じようにお礼を言って少し困ったように微笑むのです。
こういった小さな努力の積み重ねがいずれ役に立つと信じて。
王宮からの知らせを受けて我が家にやって来た寄り子貴族達。
私の態度を知って是非とも社交界に広めてください。
ウォーカー侯爵令嬢はこの婚約に困っていると――――
「ふぅ……」
溜息をついて椅子に深く腰掛けます。
「お疲れ様でございます。お嬢様」
侍女のメイが紅茶を淹れてくれました。
「ありがとう、メイ」
お茶の香りを楽しんでから口をつけます。
疲れている時にはお茶でも飲んで落ち着くのが一番です。
今頃、親族一同がこの婚約話に頭を悩ましている事でしょう。
降って湧いたおめでたい話、と何も知らない者は思うでしょう。ですが、第二王子殿下の場合は少々話が違ってきますものね。
どういう形であれ、この婚約話はご破算になると私と両親は考えています。
ですが、それを親族達に話す訳にはいきません。
王家が第二王子殿下を手放すのが早いか、殿下が王家を離脱するのが早いかの違いでしょう。それでも決着が付くのは年単位の時間は要すると考えられます。それまでラシードお義兄様は待っていてくださるでしょうか。それだけが気掛かりでした。
「え?本当ですか?」
「ラシードは構わないと。バルティール伯爵家も同意した」
「本当に宜しいのですか?」
「ラシードには何度も確認したし、伯爵家も理解を示していたから大丈夫だ」
私の杞憂は徒労に終わったのです。
双方の話し合いの結果は、婚約候補としての互いをキープし合うもの。ただし、表向き、私は第二王子殿下の婚約者候補。悪い噂が立たないように立ち振る舞いは気を付けなければなりません。ですが、私とラシードお義兄様は義兄妹の間柄でもあります。行動を共にして咎められる謂れはありません。早い話、肩書が少々変わるだけで他は変化なしだったのです。
いいえ、寧ろ、「何年でも私を待つ」と宣言してくださったラシードお義兄様の献身的行動は賞賛されました。
あれ程、お義兄様を毛嫌いしていた寄り子貴族に至っては、「流石は先代侯爵が選んだ婿殿だ」と褒め称える始末。
今回の騒動で、ラシードお義兄様の株は大いに上がったのです。
まさに「怪我の功名」でした。
この時、私はいずれ殿下の婚約者候補を辞退してラシードお義兄様と結婚して侯爵家を継ぐものと考えていたのに対して、肝心のお義兄様は全く別の考えをしていた事に気が付きませんでした。ええ、お義兄様は本気で私と殿下が結婚すると思っていたのです。
意志疎通の齟齬は後々になって大きな溝となるのですが、それを知ったのはずっと後の事でした。
第二王子殿下の婚約者候補になり、早3年。
あと少しでこのバカげた茶番といえる婚約に終止符が付きそうだという時に、お義兄様の口から別の女性の愛を聞くことになろうとは夢にも思っていませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます