第2話 モレル、もらしそう

 仲間たちと冒険をしてから数ヶ月が過ぎたモレル。

 この時には彼の仲間たちは全員気づいていた。

 彼がとても残念な人間であることに。


「なぁ、みんな、実は言っておかないといけないことがあるんだ」


 次の町へと向かう最中、ある街道で、モレルは急に重々しい顔でそう言って立ち止まった。

 戦士が辟易とした表情で彼を見て、


「なんだ?」

「トイレ行きてぇ」


 仲間たちの表情が怒りで歪む。


「また!? 五分前に行ったじゃない!」

「ふざけるな、何回トイレ休憩を挟ませるつもりだ!」


 魔法使いと吟遊詩人がモレルに向かって怒鳴る。

 普段は穏やかな性格の僧侶も険しい顔つきで、


「いい加減にしてください、今日、何回トイレへ行ってるんですか!」

「これで52回目だ」

「え、あんた、いちいちトイレに行った回数を数えているの?」


 目を見開く魔法使いに、モレルは胸を張って偉そうに言う。


「ああ、1日に110回はだいたいトイレに行くんだがな、たまに100回くらいしか行かない日があって、そういう日はとても幸せな気分になるんだ、だからきちんと数えるようにしてる」


 全員がひきつった顔でモレルを見ていた。


「あ、やばい、もう限界だ、もれるううううう!」


 モレルはそんな仲間たちをよそに、股間を抑えながら走ってどっかへ行く。

 彼の姿が見えなくなったところで、魔法使いが絶叫した。


「もういやああぁぁ、なんであんな奴が勇者なのよ!」

「私、勇者様のこと、好きだったのに、かっこよくて、素敵な人だと思ってたのにぃ、あの勇者様を返してぇぇぇ!」


 僧侶もしくしくと涙を流しながら叫ぶ。


「まぁでも、実力はすげぇからなぁ、顔もいいし、ほんとあのトイレの近さだけなければなぁ」


 戦士の発言に全員がうんうんと頷いた後、はあっとため息をついた。

 吟遊詩人はこの時のことをメモに書くか迷ったが、後に歌にするかもしれないため、いちおう羊皮紙に書いておくことにした。


 さて、トイレ休憩を終え、再び進み始めた勇者たちは、ある村にたどり着いた。

 その名もサイゴ村。

 魔王城へ行く前に、最後に滞在する予定の村だ。

 勇者たちが村に入った瞬間、村人たちが家から外に出て、騒いだ。


「勇者様だぁぁぁぁーーーッッ、勇者様が来たぞおおおお!」

「きゃあああああ、勇者様よぉぉぉぉぉ!」

「勇者様素敵いいいい!」

「イケメン過ぎるぅぅぅ!」

「私と付き合ってぇぇぇぇ!」


 特に女性たちはモレルのさわやかな風貌を見て、色めき立っていた。


「私たちも最初はあんな感じでしたね……」

「ええ……今ではもう、私は勇者のことがゴブリンとかオーク的なものにしか見えないわ」


 僧侶と魔法使いがそんな会話をしているとき、ある小さな女の子が勇者の前に来る。


「あ、あの、勇者様、お、大きくなったら、私と結婚してくださいますか?」

「え、やめときなさい、そいつだけはっ!」

「そうですよっ!」


 魔法使い、次に僧侶が、その小さな村娘に向かって必死な様子で叫ぶ。

 村娘はそんな二人にちょっと引いた表情をしていた。

 モレルはそんな彼女の頭に手をぽんと置く。


「それは約束できないな、でも、君が大人になって、その時も俺のことが好きだったら、考えてあげるよ」

「は、はい!」


 そう言って、ぽーっと村娘は頬を染めて、モレルを見つめだした。

 そんな村娘を心配そうに見つめる勇者の仲間たち。


「ああ、あの子が将来、勇者様の真実を知り、ショックを受けないか、不安です……」

「ほんと、あいつ、ぱっと見は完璧に見えるからね……」


 僧侶と魔法使いがずっと心配そうに村娘を見ていた。


 さて、その後、村人たちは勇者の歓迎パーティを開いた。

 村人たちが能天気に飲んだり食ったり騒いだりしている時、ある村人が血相を変えて、外から村にダッシュで入ってきた。


「みんなぁああああー、村の入り口近くに魔物が出たぞぉぉぉ!」

「俺たちの出番のようだな」


 それを聞いた瞬間、勇者がキメ顔でそう言い、ダッシュで入り口の方へ向かっていく。

 慌てて他の仲間たちも追いかける。

 敵はトロール10体で、既に村の中に入ってきていた。


「村の平和を脅かす存在、許せねぇ、みんな、行くぞ!」


 モレルはそう叫ぶが、しかし、いつまでたっても彼は動こうとしない。

 皆が訝しんでいると、モレルは突然こんなことを言いだした。


「悪い、もれそうだからちょっとトイレへ行ってくる!」


 全員がずっこけた。


「ふざけるな!」


 吟遊詩人が叫ぶ。他の皆もあきれた顔をしていた。


「ふざけてねぇよ、まじでもれそうなんだ、だから俺が帰ってくるまで皆なんとかもちこたえてくれ!」

「いやいや、前衛が俺一人になるじゃねぇか! てめぇ!」

「わりぃ、戦士、俺の分まで頑張ってくれ!」

「ざけんな!」


 怒る戦士を無視して、モレルは離れたところで様子を窺っていた村人たちに向かって叫ぶ。


「だれか、トイレ貸してください!」

「で、では私の家に」


 村長が遠慮がちに手を上げる。

 モレルは皆からの失望の視線を浴びながら、トイレへと走っていった。

 村長の家のトイレに入ると、モレルはすぐさまズボンとパンツを下ろし、放尿を開始する。


「くそ、こんな時に限って大量に出やがる!」


 一分くらいかけて用を足した後、すぐにモレルは仲間たちの元へ戻っていった。


「みんな無事か!?」

「無事だよ、ていうか勝ったよとっくに!」


 魔法使いが鋭く目を細めてモレルを睨む。

 彼はホッと一息ついた。


「そうか、よかった」

「いや、よくねぇよ」


 戦士がツッコミのチョップをモレルに食らわせた。

 その後、村人たちは勇者の仲間たちに一斉に感謝した。


「ありがとうございます、あなたたちは村の英雄です」

「いえ、それほどでも」


 照れくさそうに頬を掻く戦士。

 そんな中で、誰も勇者のことは見ていなかった。


「あれ、皆? なんで俺は無視するの?」

「だって、あなた、なにもしていないじゃない」


 魔法使いにそう言われ、ガーンと音が聞こえそうな表情になるモレル。

 そんなモレルに追い打ちをかけるように、彼の前まで来た小さな村娘が言う。


「勇者様、結婚の件、やっぱりいいです、私、あなたのこと、好きじゃなかったみたいです」


 蔑んだ表情で言う村娘を見て、モレルはがっくしとうなだれた。



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