アンチボディズ
水道水
一章…SOSとファイアスクリュー
第1話 デブ猫とやばい女
新学期の朝、涼馬は両親と共に朝食を摂っていた。
3人分の目玉焼きにウィンナーというよくあるシンプルなメニューなのだが、つい先日までの空木家にとってこの日常は当たり前ではなかった。
去年の夏休みの終わり頃、涼馬はある事故に巻き込まれて半年間も意識不明なまま昏睡していた。
担当医師はもう一生このまま眠り続けるかもしれないと両親に告げたが、今年に入ってすぐ涼馬は呆気なく目覚めた。
「本当に大丈夫? 学校は無理に行かなくていいんだよ」
「あぁ、たった1日しかリハビリしてないんだ。もう少しうちで療養したほうがいいんじゃ……」
両親が心配そうに見つめるなか、涼馬は残りのウィンナーを大袈裟に完食してみせた。
「ぜっんぜん! ほら、オレめちゃ元気だから!」
「そ、そうか……でも、大丈夫? また1年生からやり直すんでしょ?」
学校の配慮で2年生から復学しても良いと言われたが、勉強が追いつかないという涼馬の希望に合わせて1年生から再スタートすることになった。
涼馬は笑顔で立ち上がって食器を台所に運びながら続けた。
「心配すんなって。半年分の青春を取り戻さねぇと……それじゃ、オレ行ってくるから!」
これ以上心配させまいと涼馬は素早く自宅から出た。
外に出てマンション自宅の扉を閉めると、涼馬はそのまま4階から飛び降りて下の駐輪場に着地した。
「……やっば……出来ちゃった」
これこそが涼馬の秘密、目覚めてから身体能力が超人になってしまった。
耐久性、持久力、瞬発力のどれをとっても常人離れしているが、心は普通の高校生のままなのでまだ誰にも打ち明けられずにいた。
「どうしよう……やっぱバスでいくか」
本気で走ればバスなんかよりもスピードを出せるがそれでは目立ってしまう。自己顕示欲としばらく格闘した結果無難な選択肢に落ち着いた。
バス停へ向かおうと一歩踏み出したその瞬間、涼馬の背後にいた女の子がダルそうに話しかける。
「あのさ」
「ん?……お、オレ?」
振り向くとそこには涼馬と同じ学校の制服を着ている女子高生がデブ猫を抱えて立っていた。トラ柄のデブ猫は首輪をつけられているので恐らく彼女の飼い猫なのだろう。
「……な、何ですか?」
「は?」
「え、何でキレてんの……てか誰?」
涼馬の態度に女子高生はますます不機嫌になった。
「ッチ、記憶喪失ごっこクソダルいんだけど。
怒りを鎮めようとしてるのか、火憐は猫のビビちゃんの頭に鼻をくっつけて匂いを嗅ぎ始めた。ビビちゃんは一切抵抗せずただ呆れた目で涼馬を見つめている。
「スーハースーハー」
「にゃっ」
「…………うん、やばい人だ」
女子高生の意味不明な言動に恐怖を感じた涼馬はくるりと回って、バス停に向かって走って逃げた。
猫吸いを止めても火憐は追いかけなかったが、何故か彼女も困惑した表情を浮かべた。
「何、アイツ……人を呼んといて何あの態度……」
「にゃぁ〜 にゃっ」
「ねぇ〜 なんかアンチボディのこと全然覚えてない様子だけど……もしかして本当に記憶喪失?」
「にゃにゃっ! にゃーー!」
「面白そう、アイツの学校行っちゃおっか」
彼の後を追うように火憐はゆっくりと歩き出した。
飼い猫との会話が楽しかったのか、ビビちゃんのにゃっにゃっの鳴き声に合わせて小声で歌った。
30分後。
涼馬は無事ソウリョウ高校の1年D組教室に着くことが出来た。
ショートホームルーム終えて1時限目を迎えると、4月の新学期ということでクラス全員の自己紹介が始まった。
涼馬の順番が来て立ち上がって話そうとしたその時、教室の後方の扉が勢いよく開いた。びっくりして扉のほうを見ると、そこに立っているのは朝会った火憐とその頭に乗っているビビちゃん。
「え……朝の……」
「うっさい、いくよ」
「うるさいのはアンタだろ!」
火憐は躊躇いなく教室に踏み入れ、涼馬の腕を掴んで無理矢理教室から連れ出した。しかしクラスメイトと担任の誰もがこの一連の騒ぎに気づかず、何もなかったかのように自己紹介を進めた。
「な、何なんだよ! 離せって……力強すぎっ、ゴリラかよ」
「は? ミンチにするよ」
「すんません」
超人的な腕力を持つはずの涼馬でも火憐の手を振り解けない、どうやら彼女は涼馬以上のパワーを持ち合わせる超人らしい。
つまり、彼女はやろうと思えば本当に涼馬を文字通りのミンチにすることができるということ。
涼馬は全く抵抗できないまま連行されていく。
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