第10話。冬真と恋人
よく
「おい、ちょっと待て」
放課後になり、一人で下校している時に見覚えのある人物から声をかけられた。今朝、教室に乗り込んできた
「何か用ですか?」
校内から外には出たが、ここから全力で走れば校舎までは遠くはない。しかし、それが視線の動きとして出てしまっていたのか、高根に逃げ道を塞がれた。
「バスケ部相手に逃げ切れると思うか?」
ろくに運動もしていない人間がバスケをやっている人間相手に逃げるなんて無謀だ。ここで助けを呼んだところで、人が助けが来る頃にはすべて終わった後だろう。
「俺は馬鹿なので。何かあれば教師に言いますよ」
「お前、男らしくないな。それで
この男は馬鹿だと思ったが、実際は冷静に物事を判断出来ているようだ。先程もいきなり殴られたわけでもなく、こうして挑発するような態度も先に手を出させる為だろう。
「西谷先輩を取られて、ムカついてるんですか?」
「くだらないことを言うなよ。西谷とは昔から付き合いだ。何かあれば気になるのが普通だろ」
普通か。こんな有能な人間が幼馴染みだとしたら普通はそっちを選ぶだろう。
「だったら、本人に直接聞けばいいじゃないですか。俺に聞かれても答えられませんよ」
「西谷はお前と付き合っていると答えた。それ自体に文句を言うつもりはない。だが、お前の態度が気に触るんだよ」
「俺の何が……」
言葉を返す前に隣に誰かが来た。
「高根くん」
高根の背後から姿を現したのは結寧だった。
「西谷、お前帰ったんじゃ……」
「帰ってないから、いるんだよ」
結寧が俺の腕に抱きついてくる。まるで高根に自分達の関係を見せつけるかのようだが、高根の表情は戸惑っているように見えた。
「私、言ったよね?」
「いや、しかし……」
「今後は絶対に
高根は困ったような顔をする。牙をおられた犬のように今の高根には迫力も何も無い。
「高根先輩。さっきの気に触るって、どういう意味ですか?」
「あ?いや、それは……」
結寧が居るから言いにくいのか。だが、結寧が居なければ高根の本音を聞き出すのは難しいと思っていた。
「お前、一年の女子と仲がいいだろ」
「彼女がいるのに他の女と仲良くするのはどうなんだ」
まさか、それが高根が怒っていた原因なのか。
「なにバカなこと言ってるの?」
高根の言葉に反応したのは結寧だった。
「幼馴染みだからって、そんなことにまで口出しするのは……少し気持ち悪いと思う……」
「西谷……俺は……」
「私達はただの幼馴染み。ちゃんと理解して」
結寧の強い拒絶に高根の心が折れたのか、そのまま歩いて行ってしまった。思わず、高根に同情してしまいそうになったが、先程までの暴言のせいでそれも難しくなった。
ただ、高根の態度は人間的な誠実さからくるものだと考えれば。結寧の高根に対する拒絶は過剰に思えてしまう。
「小鳩から、何か聞いたんですか?」
この状況を作り出したのは小鳩だと思った。
「冬真くんが高根くんに絡まれたって聞いた」
「それで助けてくれたんですか?」
「私のせいで、冬真くんが責められるのはおかしいと思ったから。助けたと言うよりも、高根くんのことは私の責任だったから」
また小鳩に助けられたのか。いや、実際に助けに来たのは結寧の方だが、小鳩にもそれなりに心の中で感謝することにした。
「とりあえず、行こうか」
学校の前で言い合いをしていたせいか悪目立ちをしてしまった。人の目から逃げるように結寧は俺の手を握って歩き始めた。
「それで、西谷先輩……」
「先輩呼びはしなくていいよ」
さっきは高根が居たから結寧を西谷先輩と呼んでしまった。ここまで周りに認知されたのなら、わざわざ使い分ける必要があるとは思えないが、やっぱり今でも慣れない。
「高根先輩とは幼馴染みなんですよね?」
「そうだよ」
高根のことを聞いても仕方ないとわかってる。
「……好きじゃないんですか?」
それでも、答えを聞いて。
安心したい自分がいた。
「高根くんのことは好きじゃないよ」
「でも、よくお似合いと言うか……」
「じゃあ、冬真くんはお似合いなら、好きでもない相手と付き合うべきだと思う?」
そっちの方が世界は正しく見えるだろう。
でも、実際は本人の意思を無視して、周りが勝手に決めたことだ。そんな仕組みが世界に存在していたら、自分は結寧と話すことすら出来なかった。
「私は冬真くんが納得してくれるなら、何度だって高根くんのことを否定する。冬真くんが不安に思うなら、私は何度だって言葉をアナタに伝える」
自分の中で結寧の存在を大きくなる気がした。
小鳩の言っていた、結寧が神様という言葉。結寧が自分の望むような世界を与えてくれる。自分の心に触れてくれる。人の優しさを思い出させてくれる。
「それでも、まだ足りないなら」
結寧が顔を近づけてきた。
「初めてのキス。冬真くんとしてもいいよ」
まだ恋人らしいことは何も出来ていない。
だから、自分は結寧が恋人である実感がわいてこなかった。それは結寧もわかっていたのか。二人の関係が間違いではないことを証明しようとしていた。
意識をすれば、結寧の唇に目を向けてしまう。
今なら結寧に対して、許される行動。だが、周りの目が気になって、その先のことは考えられなかった。
高根のように直接的な行動を起こす人間なら、対応のしようもある。しかし、噂が広まれば結寧に一方的な好意を抱いた人間が行動に移す可能性があった。
今は人間の悪意に敏感になっている。
「冬真くん。怯える必要なんてないよ」
結寧が両手で顔に触れてきた。
「これからはずっと、私が隣にいるから」
さらに結寧の顔が近づいてくる。あと少しで唇が触れそうな距離。結寧の目が閉ざされ、自分も覚悟を決めた。
このまま怯えて暮らすなんて、人生を無駄に過ごすことになる。だったら、すべてを諦めて、現状を受け入れてしまえばよかった。
結寧に唇に自分の唇が触れた瞬間、緊張のせいかその感覚を確かめられなかった。すぐに離れてしまったのは、結寧の体に当たってしまったからだ。
「よく、わからなかったね」
初めてのキスは失敗だった。
結寧は笑顔で誤魔化しているが、納得している顔ではなかった。だからこそ、今度は自分から行動をすることにした。
手を動かして、結寧の体に触れた。
「結寧さん。もう一度いいですか?」
「うん。いいよ」
二度目のキスは確かに結寧の存在を認識出来たような気がした。腕を動かして、結寧の体を抱きしめようとしたが、途中で動きを止めてしまった。
「どうかした?」
「周りの人が見てます……」
場所を考えずにキスなんてすれば、道行く人の視線が向けられるのは当然だった。知らない人だけなら、問題も少ないが同じ学校の制服を着た人間も見かけた。
そんな状況で結寧とイチャつくのは恥ずかしいと思えてしまった。結寧も気づいたのか、顔を赤くして目を逸らしていた。
「次は二人きりの時にね」
やっと、確信した。自分は結寧のことが本当に好きなんだと。結寧の照れた顔を見て、自分が幸せを感じることが出来たのだから。
この感情に間違いなんてない。
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