第7話。冬真と悪意
学校が終わった後、久しぶりに
慎也と別れてからは一人になる。後は家に帰るだけだが、既に日が暮れて辺りが薄暗くなっていた。
「そろそろバイトするか……」
慎也はバイトよりも、恋愛をした方がいいと言っているが。結局、恋人を作るとしても、金は必要になるだろう。
恋愛。それで思い出した。胸の辺りに手を伸ばしたが、違和感があった。
「……っ」
御守りが無くなっていることに気づいた。よく思い出せば、体育の授業があった時に急いでいて、机の中に突っ込んで、入れたままだった。
「まあ、明日でいいか」
今から学校に戻るなんて、めんどくさい。
長い階段を降りている途中。ケータイが鳴った。
「もしもし、母さん?」
なんの電話かと思えば、帰りにアイスを買ってきて欲しいという話だ。おそらく、
「はいはい。わかっ──」
突然、背中に衝撃を味わった。
衝撃は抗えるものではなく、そのまま前に向かって体が倒れる。体勢を崩し、階段を転がり落ちた。
「痛っ……」
硬い地面で動きを止めた時。体を起こせない程の痛みに襲われた。何が起きたのか理解出来ずに痛みに悶えていた。
そんな状態で手にケータイが握られていることに気づいた。目を開け、画面を確認するがヒビが入っていた。それでもまだ、通話が切れていなかった。
「母さん……救急車呼んでくれ……」
ケータイを離し、自分の顔に触れると手が真っ赤になった。もうどこから失血しているかもわからず助かる希望すら持てなかった。
次第に意識は無くなり、最後に誰かの姿を見た。
次に意識を取り戻したのは病院のベッドの上だった。目を覚ました時、近くに居た母親と話をして、自分の身に起きたことを伝えることにした。
後から来た警察に階段の上から突き落とされたことは話したが、犯人が見つかるとは思えない。自分も犯人の顔を見たわけでもなく、むしろ嘘をついていることを疑われている気すらした。
「
今日は慎也が見舞いに来てくれていた。
「本当は一人で足滑らせただけじゃないの?」
「
若葉はずっとケータイをいじっている。さすがに病室でイチャイチャする二人の姿を見せられたりしたら、怪我が悪化しそうだ。
「冬真。本当に犯人を見なかったのか?」
「後ろから押されたから何も見てない」
「そうか……」
持っていた鞄が荒らされていたが、財布の中身は残っていた。他に取られた物も無く強盗というわけでもなさそうだ。
「まさか、
「嫉妬で殺されたら、たまったもんじゃない」
「だろうな。それに、これはやり過ぎだ」
打ちどころが悪ければ、死んでいた可能性もある。だが、その死を実感するほど、自分に向けられた理不尽な行いが、腹正しく思えるようになった。
「もし、同じ学校の奴がやったのなら、探し出せるかもしれない。出来るかぎりのことはやるから、冬真は怪我を治すことに専念してくれ」
「慎也、無理はしなくていいぞ」
「いや。大事な友達を傷つけられて、黙ってる訳にはいかない」
危険な相手の可能性もある。それは慎也も十分承知のはずだ。それでも慎也がやると言うなら、引き止めることは難しいだろう。
「それじゃあ、俺達は帰るからな」
慎也と若葉が病院から出て行くと一人になる。
どうせ、やることもないし寝ることにした。
「
病室に現れたのは結寧だった。
「お見舞いに来たの」
「どうして、ここが……」
「警察の人が、学校の子達に聞き込みしてて。キミが入院したことも噂になってた」
一応、警察も犯人を探してくれているのか。
「それと、ごめんなさい」
「どうして、結寧さんが謝るんですか?」
「もしかしたら、私に原因があるんじゃないかって言ってる子がいて。本当にそうだったら、私は……」
まだ結寧に原因があると決まったわけじゃない。
ただ、一番ありえそうなのが、結寧に好意を持って相手から恨まれている可能性だった。自分の行動で他人に恨まれるようなことをした覚えはない。
「一つだけ、聞いてもいいですか?」
「なに?」
「結寧さんが……俺を突き落とした。なんてことありませんか?」
結寧が犯人だと疑う理由はなかった。もし、無理やり理由を考えるなら、余計な噂が流れてしまい困っているから。その原因を消そうとしている。
「そうだと言ったら?」
呆れたように言葉を返された。
「すみません……やっぱり、結寧さんが俺を突き落とす理由はないと思います……」
「キミを突き落とす理由ならあるよ」
結寧が真剣な表情で顔を近づけてくる。
「でも、私ならもっと確実な方法を選ぶかな」
結寧は犯人じゃない。もし、目撃者がいたとしたら、確実に捕まるような方法を結寧が選ぶわけがなかった。
「俺……結寧さんに何かしましたか?」
結寧が胸の辺りを指さしてくる。
「自分の心に聞くといいよ」
いくら考えても、心当たりはなかった。
「でも、そうだね」
結寧が顔を逸らした。
「キミ。私と付き合う気はない?」
突然の告白。
「どうして、いきなり……」
喜びよりも戸惑いの方が強く出てしまう。
「キミに興味があるから」
結寧に気に入られる理由がわからなかった。
「なんかの冗談ですか?」
「……実は、キミと廊下でぶつかったの偶然じゃなかった」
「偶然じゃない……?」
今、結寧との会話の中で病室の扉が開くような音が聞こえた。しかし、誰かが入ってくる様子はなくて、気のせいだったのか。
「キミは覚えてないかもしれないけど、一年前くらいに私が学校で困っていた時にキミに助けてもらったの」
それは、もしかして。
自分が初めて結寧の存在を認識した日ではないのか。
「それからずっと話しかけるタイミングを考えていた。でも、急に先輩から声をかけて怖がらせるのもどうかと思って……あんな強引な手段に……」
「じゃあ、あの時から俺のこと知ってたんですか」
「うん。本当はもう少しお互いのことを知ってから言うつもりだったんだけど、このままキミが誰かに傷つけられるのを黙って見てられないから」
好意とは少し違う気もする。結寧から感じるのは偽善的な感情だ。ただ、どこまでが偽物なのか見分けることは難しい。
「余計に悪化するとは考えないんですか?」
「悪化したら。私が原因だとわかるよ」
結寧に好意を持つ人間が犯人なら、自分と結寧が恋人同士になった話を聞けば。確実に同じことを繰り返してくるだろう。
ただの通り魔の可能性もあったが、その場合は二度目は無いはずだ。だったら、結寧からの告白に他の意味を持たせられるだろうか。
「……西谷先輩は俺のこと。どう思ってますか?」
「いい人かな」
「それで付き合うって、おかしいですよ」
結寧が不機嫌そうな顔をする。
「キミ。その気があるから、ちゃんと断らないんだよね?」
「……っ」
否定はするが、断らないのは結寧との繋がりを断ち切りたくないと考えている自分がいるから。結寧と付き合うチャンスを見逃すなんて、馬鹿のやることだと思っていた。
「でも、俺が西谷先輩と付き合うなんて……」
未来の想像出来ない。一日でも長く続くのが奇跡だ。だから、簡単に答えが出せない。答えを出したら、その瞬間から何かが始まってしまう。
「答えを決めて」
これ以上、曖昧な態度を続けるわけにはいかない。
「じゃあ……」
不幸な目にあったのだから、少しくらい幸せになってもいいだろう。
「よろしくお願いします」
俺は西谷結寧と付き合うことになった。
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