第21話 I miss you.

 プツリと血が丸く滲む。

 表面張力に耐えられなくなった血が流れる。


 それを繰り返すと無数の傷が腕に広がった。


「そんなことをしたらダメだよ、歩」


 宝華ヒロが桐葉歩の手からカミソリを取りあげる。


「治療するから腕を出して?」

「嫌だ。必要ない。ね、抱いてよ、


 ヒロは傷ついた瞳で歩を抱き締め、キスをする。

 今日の歩はだいぶ不安定なようで、ヒロのことを命と呼び、抱いてとねだる。完全にヒロは命の代用品にされていた。


 傍にいられるなら代用品でもいい。

 求めてくれるならそれでもいい。

 ゆっくり気長に治していけばいい。


 空気に晒された歩の身体は傷だらけだった。切ったり、噛んだりと痛々しい。

 傷に触れないように気をつけながら、ヒロはキスを落としていく。


「ーー命、愛してる」


 言葉の刃がヒロに放たれる。


「私も愛しています、歩くん」


 命の真似をすると歩は嬉しそうに笑っていた


 ☆


 目が覚めると真っ暗な場所にいた。


(あれ?ここはどこだろう?)


 徐々に目が暗さに慣れてきて、どうやら狭い場所にいることがわかる。

 外に出ようとするが、身体が動かない。



 ーー勝手に外に出ちゃダメだよ。



 制止の声がした。頭の中で。



 ーー君は誰?

 ーーみこと。これは僕の記憶だよ。



 突然、命は暗闇から引きずり出される。



「あんた、音を立てたわね!」



 命は顔を殴られ、吹っ飛んだ。暴力は止まらない。髪を掴まれ、ぶちぶちと何本か抜ける。口が切れたのか鉄の味がする。腹を蹴られて、痛みに身体を“く”の字に曲げる。


 怒っている母に口答えをしたらダメだ。声を出すのすらダメだ。もちろん抵抗なんかもってのほか。じっと耐えていればやがて終わる。



「なんか言いなさいよ!?」

「……ごめん、なさい」

「謝れば解決すると思ってるの!?」

「……ごめんなーー」



 首に手がかけられ、言葉が途切れる。苦しい。首を絞められている。

 あぁ、今日は一際機嫌が悪いようだ。

 今日こそ死ぬかもしれない。

 今日こそ死ねるかもしれない。

 早く死にたい。

 だって母さんは僕のことが嫌いだから。


 死ねたらいいな。

 そうしたら、母さんは幸せになれる。

 きっと、笑ってくれる。

 もうずっと見ていないけれど、母さんはとても美人で、笑顔は綺麗でとても優しいのを僕は知っている。



 命は意識を手放した。



 ☆



「……今のって……?」


 歩は目を覚ます。歩はヒロの腕の中にいた。


「虐待、だったよね……?そういえば言ってたっけ。普通の“愛情”を知らないって」


 歩は両親に愛されて育った。それが“普通”だとずっと思っていた。


「……あれは、辛いな。悲しいし、苦しいよ」


 それにしてもなぜ命の過去を見たのだろう。

 いや、ただの夢かもしれない。



「……歩?起きたの?」


 綺麗な顔が近づいてくる。

 ここにいるのはヒロであって命じゃない。

 命だったら良かったのに。

 きゅっと抱き締める顔はきっと切ない表情をしているに違いない。

 そうさせているのは他でもない歩自身だ。


「……少し、命の過去を見たんだ」

「どんな過去?」

「虐待されてた」

「実際に虐待されてたの?」

「されてたって言ってた」

「大丈夫?」


 つらそうにしている歩にヒロはキスをしようとする。


「やめて。今はそんな気分じゃない」

「ごめん、歩。なぜ“夢”じゃなくて、“過去”だと思ったの?」

「小さい命に“過去”だって言われたから」

「あれかな?記憶転移ってやつ」


 聞きなれない言葉に歩は首を傾げる。


「臓器移植に伴ってドナーの記憶の1部が受給者に移る現象だよ」

「そうかもしれない。気になるから高嶺先生の次の診察で聞いてみる」


 柔らかく笑いながら歩は左胸に手を当てる。


「嬉しいの?」

「嬉しい。だって、命のことを知れるんだよ」


 歩の命に対する愛情は、命が亡くなってからも薄まる気配はない。


「また、見れるといいね」


 言葉と想いは裏腹だ。ヒロは早く歩が命のことを忘れることを望んでいる。


 死んでもなお、歩を縛らないで欲しい。

 死んだ人の時間は止まるが、生きている人の時間は進んでいく。


「まだ早いから、もう一眠りしよう?」

「そうだね」


 歩はヒロと距離をとる。


 この距離感をヒロは悲しく思う。

 求められるときは触れられるのに、そうじゃないときは全く触れられない。

 やめるには触れられるときの幸福感が、ひとつになる満足感が忘れられない。



 好きだよ。

 大好きだよ。

 愛してるよ。

 ずっと傍にいるよ。


 でもね。

 ほんの少しでいいから、“僕”を見て。

 愛をちょうだい。

 ほんの少しでいいからーー。


 ☆ 


 目が覚めると真っ暗な場所にいた。



 ーーまた、きたんだね。

 ーー君は命なんだよね?

 ーーそうだよ。君と一緒に生きてる。

 ーーいつでもこうやって話せる?

 ーーいつでもは無理かな。



 その言葉に歩はしゅんとする。



 ーー何か書くものはある?

 ーー準備する!

 ーーなら、何か毎日何かを書くよ。交換日記みたいに、さ。あ、来た。ごめんね、辛い記憶ばかり見せて。



 その言葉が終わるか終わらないかで戸が開き、外に出される。この日の母さんは前回とは違い笑顔だったのが、恐ろしかった。


「今日は“お仕事”の日よ。綺麗にしなきゃね」


“お仕事”とは何だろう?その言葉に身体が自然とびくりと震えた。

 風呂に入れられ、綺麗な服を着せられ、外に出る。太陽が眩しすぎて、くらりと目眩がした。


「ーーほぅ。なかなか、いや、かなり綺麗な子じゃないか」


 連れていかれたのはホテルの一室だった。

 そこには男がいて、僕のことを上から下まで舐めるように見つめていた。


「気に入った。50万上乗せしよう」


 男は母さんに札束を手渡す。母さんは嬉しそうに笑っていた。


「いい子にするのよ?ちゃんと言うことを聞くのよ?」


“優しい”母さんに僕はしっかりと頷く。母さんは僕を置き去りに部屋を去っていく。


「君、お名前は?」

「……みこと」

「みことくんだね」


 すっと男は顔に触れてくる。拒絶しそうになるのを、ぐっと堪える。


「大丈夫。怖くないよ。おじさんはみことくんを殴ったりしないよ。キモチイイコトをするだけさ」


 服に手が侵入する。

 肌に触れられる。

 気持ち悪い。吐き気がする。

 でも。

 我慢しなくちゃ。

 だって、久しぶりに母さんが笑ってくれたんだから。


 ☆


「それ、本気で言ってんの?」


 口を開いたのは優人ではなく麗央だった。


「あんたさ、自分がどういう立場かわかってんの?」


 バンと机が叩かれ、歩はびくりと飛び上がる。麗央は確実に怒っていた。


「わかってます!それを言うなら、僕の事情だって知っているじゃありませんか!麗央さんだって、優人さんが殺されたら復讐するでしょう!?」


 麗央は歩の言葉に口をつぐむ。


「麗央は心配してるだけだよ。あの命が愛し、命がけで救った命を危険に晒したくないんだよ」

「なんで危険ってわかるんですか!?仇を知っているんですか!?」

「命はね、ああ見えて物理的にも強かったんだよ。並みの相手に殺されるレベルじゃない。相手が悪すぎる。僕らでさえ、手を出すのを躊躇うよ」

「リベルテが躊躇うレベルなんですか?」


 驚く歩に優人は頷く。


「ーー相手はマイト。僕らより格上だ。リベルテにたどり着いたのなら、歩くんも名前くらいは知ってるんじゃないかな?」


 確かに歩も知っていた。マイトは裏社会の支配者だ。


「悪いことは言わない。復讐は諦めるんだ。命も復讐なんて望んでいないよ」


 優人の言葉に歩はぎゅっと唇を噛む。


「ーー君は表の世界に帰りなさい」


 まだ言い募ろうとした歩を麗央が摘まみ出す。



「俺は優人がマイトに殺られたら殺りかえすよ」

「僕もだよ。でも、あの子にはその道を選ばせてあげられない。あれだけ大切にしていた命のことを思うと、ね」


 ふたりの視線は限りなく優しい。

 ぎゅっと麗央が優人を抱き締める。


 歩の気持ちは痛いほど理解できる。


「……俺ら、矛盾してるな。俺らに同じ事があったら復讐するのに」

「でも、これが彼の最期の依頼だからね」



 ーー私が死んでしまったら、歩くんをよろしくお願いします。



「思うんだけどさ、マイトに殺られなくても命は死ぬつもりじゃなかったのかな?命は優しいから友達を犠牲にはできない気がする」

「僕もそう思うよ」


 ふたりは命に思いを馳せる。


「ーー頼むよ、ハナ。あの子を救えるのは君しかいないんだ」


 きっと僕たちの距離では歩の心まで届かない。

 ふたりの唇が重なり、視線が絡み合う。


「いい?」

「いいよ」


 優人は麗央を受け入れる。


「愛してる、ユウ」

「僕も愛してる」


 愛の言葉を惜しんではいけない。

 人間はいつ死ぬかわからないのだからーー。


 ☆


「ーー記憶転移、か。聞いたことはあったけど、本当にあったんだな。いや、歩くんが寝てる間は動けるみたいだから、記憶転移とはまた違う現象みたいだね」


 不思議な感覚に命は身体を動かす。

 ピリピリと肌が痛い。触れると少しだけ出血していた。


「これって……」


 裸の上半身を見て、絶句する。

 歩の身体は傷だらけになっていた。


「……ごめん、歩くん。私の、せいだね」


 ろくに“さよなら”も言えなかった突然の別れが歩の心はズタズタに傷つけていた。


「どうしたの、歩。服なんか脱いで」

「久しぶり、ハナ。今の歩くんは歩くんじゃないよ。“心”が宿るから“心臓”って、よく考えたものだよね」

「もしかして命さん、ですか?」


 信じられないという表情をするヒロに命は大きく頷いた。


「書くものはある?たぶん、用意してくれてると思うんだけど」

「ありますよ。歩が言ってたのはこのためだったんですね」

「不満そうだね。ま、それもそうだよね。死んだ人間がこうやって話をしてるんだもんね」

「あなたはいつまで歩を“縛る”んですか?」

「縛るつもりはないよ。ただ、うまくできなかった“さよなら”をするだけさ。君の邪魔をするつもりはないよ」


 すっと命はノートを書いていく。


「どうしたらあなたを越えられますか……?」

「いっぱい愛してあげればいい。私の真似をするんじゃなくて、ありのままの君で愛すればいい」


 その言葉にふるふるとヒロは首を横に振る。


「歩はあなたしか求めていません。僕はその代用品でしかありません」

「今はそうかもしれない。辛い思いをさせてすまない。でも、君の言葉や気持ちは少しずつだけど歩くんに届いているよ」

「本当ですか……?」

「本当だよ。だって私は歩の心の一部だからね」

「……っ!」


 思わず涙を流すヒロの背中を命が優しく撫でる。


 生きていて羨ましいな。

 歩の傍にいられて。

 歩を愛することができて。

 まだ死にたくなかったよ。


 歩と一緒に幸せになりたかったよ。

 それはもう叶わない願いだけれど。



「ーー歩くんの傍にいてくれてありがとう」



 ☆


 目が覚めると真っ暗な場所にいた。



 ーーからだは大丈夫?

 ーー命はこんなことをされていたの……?

 ーーそうだよ。あ、でも今回はかなりマシな方だよ。きもちわるいにはきもちわるかったけど、そこまでひどいことはされなかった。


 歩はその言葉に頷けずにいた。

 犯されている時点で酷いことは十分されているとしか思えなかった。確実に命の精神は麻痺してしまっている。



 ーーどうしてこんな狭いところにいるの?

 ーーぼくの顔をみたくないんだって。

 ーーどうして?

 ーー父さんににてるからって。だから、ここにいるんだ。あ、母さんが来たよ。



 今日の母さんは泣いていた。

 命、おいでと久しぶりに名前を呼ばれ、ぎゅっと抱き締められる。



「ごめんね、ごめんね……」



 ポロポロと涙が落ちてくる。



「泣かないで。ぼくなら平気だから」



 歩は戸惑いを隠せないでいた。



 ーーたまにこうなるんだよ。すぐもとにもどっちゃうけどね。



 胸が痛い。

 理解が出来ない。

 謝るくらいなら、普段から優しくすればいいのに。

 殴られるよりも余程、胸が痛かった。


 ☆


「凄い依頼件数だな、シノ。やっぱりリベルテの命を殺った影響だな」

「弱かったよ?もっと苦労するかと思ったんだけどなーつまんなかった」

「そこは楽に越したことはないと思うんだけどさ。やっぱり変わってるな、シノは」

「で、あたしに何か用事?」

「楽な依頼譲ってくれない?」

「いいけど、リュンも相変わらずだなぁ」


 シノとリュンはわりと仲が良い。

 よくこうして話している。


「じゃ、今夜もサクッと殺りますか」


 シノはそう言って出ていった。


 ☆


 7月14日 歩へ


 遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう。ちゃんと祝ってあげられなくてごめんね。

 プレゼント、ノートの上に置いておくね。

 渡していいか悩んだんだ。だって、私はもういないから。

 でも、渡されないプレゼントは可哀想だから受け取ってあげて。

 喜んでくれたら嬉しいな。


 ☆


 ノートと小箱を抱えて、歩は静かに泣いていた。

 こんなカタチでまた命に会えるとは思わなかった。


「歩、大丈夫?」

「……大丈夫だよ」


 だって泣いているのは“悲しい”からではなく“嬉しい”からだ。


「……指輪だ」


 迷うことなく、歩は左手の薬指にはめる。

 サイズはぴったりだった。


「……命、僕との未来を考えてくれてたの……?」


 胸に手を当てて、問う。


「……あんまり口出しはしたくないけど、指輪を受け取ってどうするの?もう相手はいないのに」

「命はいるよ。ちゃんとここに」


 歩は胸をさす。


「そんな屁理屈は要らない」


 ヒロは歩を部屋の壁に追いつめ、無理矢理キスをする。


「……やめてよ。命が見てる」

「なら尚更やめない」


 そのままヒロは歩に触れていく。嫌だと言うたびにその言葉をキスでかき消していく。


「僕は歩が好きだよ。命さんに譲る気はない。今までは遠慮してたけど、もう遠慮はしないかーー」


 突然の痛みにヒロは黙る。


「嫌だって言ってる。邪魔をするなら、ヒロも要らない。代用品は別にヒロじゃなくていい。適当な後腐れのない人を見繕うから」


 ヒロの足にはカッターが刺さっていた。


「……ごめん。もう邪魔しないし、嫌なこともしないから、お願いだから他の人のところには行かないで」


 ヒロは歩に許しを請い、すがりつく。

 カッターは刺さったままで、じわりと血が服を汚していく。


「あ、ごめん。つい刺しちゃったね」

「無理矢理キスをしたのは僕だから、歩は悪くないよ」

「抜くね。治療してあげる」


 歩はヒロの服を脱がせ、治療していく。


「……ねぇ、ヒロはマイトと接点はある?」

「マイトってあのマイト?」

「そうだよ。リベルテには入れて貰えなかったからマイトに行こうと思って。命の仇もマイトにいるらしいから、ちょうどいいし」


 歩の言葉にヒロは青ざめる。


「マイトは危ない。でも、止めても行くんでしょ?」


 迷いなく歩は頷く。


「僕も行く。マイトに入るよ。そして、歩を守る」

「どうやって殺そうかなぁ。僕から命を奪ったんだから、楽には殺せないよね。苦しめて苦しめて、クルシメテクルシメテ殺さなきゃ」


 無邪気に笑う歩をヒロはただ抱き締める。


「……帰ってきてよ、命……会いたいよ……愛してるんだ……」


 ヒロはただ抱き締めることしかできない。

 刺された足よりもずっと胸のほうが痛かった。


 ☆


 ーーいらっしゃい。

 ーー来たよ、命。

 ーーノートはみてくれた?

 ーー見たよ。プレゼントありがとう。

 ーーあれは“そういうつもり”で準備したものだからね。


 その言葉に歩は笑顔になる。


 ーーなんで命は過去を見せてくれるの?

 ーー君が知りたがっているからだよ。

 ーー僕が?

 ーーうん。あ、来たよ。またね、歩。



「ーーあんたさえ、いなければよかったのに」


 母さんは赤い顔をし、包丁を手にしていた。お酒の匂いがしていた。


 包丁が腹を刺す。

 灼熱の痛みが広がっていく。


 今日はいつもと違っていた。

 今日は明確な殺意があった。



「あんたなんか、あんたなんか、あんたなんか、アンタナンカアンタナンカ……!」



 何度も何度も母さんは僕を刺した。

 さすがにこの痛みには耐えられず、僕は悲鳴をあげていた。



「ーー警察です。悲鳴がすると通報がありました。中に入れてもらえますか?」



 母は返事をせず、刺すことを止めなかった。



 誰かに声をかけられるが、僕は朦朧としていて、何も言えないまま、意識を手放していた。


 ☆


 ーーあの傷はこのときのものだったんだね。


 命に抱かれていたときを思い出す。


“命の身体は綺麗だね”

“傷痕だらけで綺麗じゃないよ?”

“綺麗だよ。だってその傷は命が頑張って生きた証じゃないか”


 ーーよく死ななかったなと自分でも思うよ。

 ーーそれで虐待から解放されたの?

 ーー続きをみて。……それでわかるから。


 歩の意識は浮上していった。


 ☆


「う……」


 目が覚めたら、そこは知らない天井で、光が目に眩しかった。


「あ、起きたかい?」


 そこにいたのは優しく笑うひとりの男だった。


「私は日比谷導。君はね、ずっとお母さんに虐待を受けていたんだよ。いや、虐待より酷いか。殺人未遂だな、これは」

「ぎゃくたい……?さつじんみすい……?」


 聞き慣れない言葉に命は首を傾げる。


「わかりやすく言えば“普通”じゃなかったってこと、かな?」

「お母さんは?」

「捕まえたよ。お母さんはこれから君を傷つけた罪を償うんだ」

「……もう、あえないの?」

「そう、だね。会うのは難しいかもしれないね。命くんはまだ五歳なのにしっかりしているね」


 頭を優しく撫でられる。


「……お母さん、やさしいよ?こわいときもあるけど、ほんとうはやさしいんだよ?」


 涙がぼろぼろと溢れ出す。

 今まで痛くても泣かなかったのに涙はとまらなかった。


 ☆


 7月15日 命へ


 プレゼントありがとう。嬉しかった。

 言いたいことがいっぱいあったはずなんだけど、いざ書くとなるとなかなかうまく書けないものだね。

 命に会いたいよ。

 愛してる。


 ☆


「ーーそうか。歩くんはマイトに行くつもりなんだね」

「ま、予想はしてたけどな」


 ヒロの言葉に優人と麗央はそう話していた。


「で、歩くんについていくつもりだから、ハナは僕らに報告してくれたんだね」

「なら、ちょうどいいから俺らも動く?」

「……それもアリかな」

「何かマイトに因縁でもあるんですか?」

「あるよ。マイトは僕たちの大事な人を殺したんだ」


 ふたりの瞳に静かな怒りが灯る。


「ハナ。リベルテをやめて、マイトに入ってくれるかな?スパイなんて中途半端なことをしたら、すぐに気づかれる。“嘘”を“真実”に変えてしまおう」


 優人はナイフを構えて、歩に刺された場所を刺す。


「ーーこれで君は裏切り者だ」


 ☆


「ーー俺の専門は薬なんだけどな」


 そう文句を言いながらも、織部はヒロの治療をしていく。


「お前もバカだな。そこまで歩が好きなのか?」

「あなたには言われたくないですよ。命さんの仇をとるためにリベルテに入ったんでしょう?」

「仇をとるのは歩の仕事じゃない。命が命をかけて助けたんだ。簡単に死なれちゃ困るんだよ。俺はもうすぐ死ぬ。どうせ死ぬなら道連れにして、命を殺したことを後悔させてやるよ」

「歩は死なせません」

「頼む」


 眩しそうに織部はヒロの背を見つめる。

 彼の恋が成就することを願っていた。

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