黒薔薇を手向けに

彩歌

第1話 綺麗な死体

「ーー花束をひとつお願いできますか?」


 ここは街にある小さい花屋。人の良さそうな青年がひとりで営んでいる。


「あ、不死原ふじわらさん。こんにちは。何用の花束ですか?」

「デートなんで、プレゼント用に」

「いつもの方ですか?なら、香りの強くない花ですね」

「はい。お願いします」


 花屋ーー小花衣柊こばないしゅうは切り花から花束を作っていく。


「……花屋は厳しくなりましたか?」

「そうですね。ひと昔前はお見舞いには花束と決まっていましたが、今は禁止の病院が増えましたからね。けれど、結婚式だったり、卒業式だったり、いろいろな節目があるので、俺ひとりで暮らす分には困らないです」

「なら、良かったです。私はこの店が好きですから」

「ありがとうございます」


 もう少しお待ちくださいと小花衣に言われ、みことはふらりと店内を見て回る。

 そこに見慣れないものを見つけ、足を止める。


「あぁ。黒薔薇ですね。黒といっても真っ黒ではないんですよ。深い赤色の綺麗な大人びた薔薇ですね」

「これを一本いただけますか?」

「喜んで。ただ、ひとつご注意を。これは花言葉の縁起が悪いのでプレゼントには向きません」

「どんな花言葉なんですか?」

「“美しい死”です」

「……なるほど。それは贈れませんね」


 そう言いながらも命の目は釘付けだった。

 出来上がった花束を手に命は花屋を後にする。


「……なかなかいいね、これ」


 命は黒薔薇を嬉しそうに見つめていた。



 ☆


「もう、何回やめてくださいって言ったらわかってくれるんですか」


 あゆむが命にもう何度目かわからない文句を言っていた。一体何をしたかと言うと、歩の通う大学に高級車で乗り付け、歩が出てくるのを待っているのである。その行動だけでも充分目立つのに、命の容姿が飛び抜けて優れているときたもので、気づけばそこには人だかりができている。


「これをどうぞ」


 膝をついて花束を差し出す人間は一体どれくらいいるだろう。花は好きだ。好きだとは言ったが、こういう状況は想定外だ。

 それでも拒み切れないのは、自分が彼に惹かれているからだ。


「ありがと」

「さ、デートに出掛けようか」


 挨拶、謝罪、お礼はきちんとしなければならないときちんと躾られている歩はなんだかんだで花束を受け取り、礼を言う。


「デートじゃない。だって僕たちの関係はそんなんじゃないだろ」

「その割には私の車に乗ってくれますが?」

「乗らないと、今度は家まで来るだろ?」


 ふふと笑い、命が歩の唇を奪う。


「嫌なら抵抗しなくてはね」

「……僕なんかやめとけばいいのに。どうせあと半年の命なんだから。好きになっても辛いだけじゃん」

「優しいですね、歩は」

「優しくないよ。臆病なだけ」


 命が嫌いなわけじゃない。むしろ心の天秤は傾いている。


「好きになったら、生きたくなる。それが嫌なんだよ」



 命とはとある人物を通して知り合った。

 命は“安楽死”をしてくれる医者だ。だから会ったのに。



 ーー私は誰でも殺すわけではないよ、歩くん。私は君のことを死なせたくない。なぜなら私は君のことを愛してしまったから。



 恋は突然で盲目だ。



「ねぇ、医者って暇なの?」

「暇ではありませんね。むしろ忙しいくらいです」

「無理して会いに来なくていいよ。ぶっちゃけ、“安楽死”してくれない命さんに興味はないし」

「心配ありがとうございます」

「心配なんかじゃない」


 そっぽを向く歩を愛しそうに命は見つめていた。


 ☆

「ーー残念ですが、治療は不可能です。唯一可能性があるのは臓器移植です。ドナーが現れれば良いのですが、現れない場合余命半年というのところでしょうか」


 もうこの言葉を何回聞いただろう。両親はまた涙を流していた。歩は自分のことにも関わらず、動揺もせず、あと半年かとぼーっと考えていた。


「父さん、母さん、もういいよ。治らないものは仕方ないし。どの病院に行っても変わらない。治らないのなら入院もしない。残された半年を僕は楽しんで生きるから。それでさ、いくつかわがままがあるんだ」

「なんでもいいよ。言ってごらん?」

「卒業できないけど、大学に行きたい。あと、一人暮らしをしてみたいんだ」

「大学はいいだろう。だが、一人暮らしはちょっと、な。身体を考えるといいよと言ってやれない」

「週末は実家に帰るようにしても、ダメ?」

「それプラス毎日連絡を入れてくれるか?」

「毎日連絡するよ、絶対に」


 ならかまわないよと父が寂しそうに笑う。母は一緒にいたいのにとぼろぼろと泣いていた。


「ごめんね、母さん。できるだけひとりでいたいんだ。家が嫌いってわけじゃないよ。一緒にいたら、死にたくないって思っちゃうから、ひとりでいたいだけなんだ」


 歩の言葉に母は更に涙を流した。

 こうして、歩は一人暮らしを始めていた。


 ☆


「ーー身体、大丈夫?苦しくない?」


 命が歩を後ろから更にぎゅっと抱き締める。

 曖昧な関係のまま、命と歩は身体を重ねていた。


「好きだよ、歩くん」

「僕は別に命さんのこと、好きじゃない」


 人と関わりたくないから一人暮らしを始めたのに、命と出会ってから家にいないことが増えた。


「抱いてるときはあんなに素直なのに」

「それは……っ!」

「それは?」

「……気持ちいい、から」


 真っ赤になる歩がかわいくて、歩の頭をくしゃくしゃと命が撫でる。


「恥ずかしがる必要はないよ。性欲は大事だからね。人間の三大欲求だ」


 命はこれでもかという風に歩を甘やかす。


「ーー命さん。安楽死させてください」

「歩君の願いはなんでも叶えてあげたいけど、それはダメだよ。君は私が助ける。だから、病名を教えてくれないかい?」

「病名は言いません。医者なら当ててみてください」


 歩は挑戦的に笑う。


「これは当てるしかないね」


 命は笑って歩を抱き寄せる。


「ーー絶対、助けてみせるから」


 ☆


高嶺たかね先生は、余命半年の病気と言えば何を思い浮かべますか?」


 突然の話題に高嶺は少し驚いていた。普段お互いに雑談をする仲ではなかったのだ。


「そうですね。やはりガンでしょうか。どんな症状があるのですか?」

「それがヒントはないんですよ」

「それで病名を当てるのは至難の技では?」

「それって、うちの患者?」

「いえ、うちじゃないです」


 会話に入ってきたのは柚木信長ゆずきのぶながだった。


「まー、うちなら命はカルテ見れるもんな」


 信長はうんうんと頷いている。


「誰の病気を知りたいんだ?」

「恋人の病気を調べたくて。余命半年という情報しかないんです」

「なら、うちに連れてきて調べたら良いさ。本人は嫌がるかもしれないが、助けたいんだろ?」


 信長の言葉に命はそうですねと頷いた。

 歩が押しに弱くてお人好しなことは知っている。

 デートに見せかけて病院に連れてくるかと命はひとりで決意していた。



 ☆



「ーーまた“黒薔薇”かいな。まぁぐちゃぐちゃの死体よりはええけど、血とよう似た色の薔薇もなかなか不気味やで」


 関西弁の男は“綺麗な死体”を目に呟く。


「また、不死原さんに診てもらわなあかんわ」

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