第一章ー29

 いつもの作り笑顔に戻った美乃はワザとらしいまでに喜びを表しながら、私にはとても素晴らしいアイデアがありますと言わんばかりに手を叩く。


「よろしいのですか父上。それならばコモエンティス中尉と部下の方々は当面の間は私が雇った傭兵、いえ、この際ですから翔琉様やガイナ様と共に私が外国から招いた私兵ということにして私設軍隊を結成していただきましょう」


 話の飛躍っぷりに場の空気がカチンコチンに凍り付き、氷河期が訪れる。


 どんなにくだらないギャグでもここまで場が凍り付くことはありえないだろう。


 学校の自己紹介でこれだけ凍り付けば一生のトラウマものだ。


 竜を爬虫類と仮定した場合、変温動物の可能性があるガイナはこの凍り付いた空気の中で大丈夫だろうかと様子を伺うと、イマイチ状況を理解できていないのかぼけっとした顔で大欠伸をしていた。


 数秒の沈黙の後、氷解した各々がリアクションを取り始め場は一気に温暖化を始めた。


 望家は顎が外れんばかりに口をあんぐり開け、コモエンティスとその部下は素っ頓狂な声を出す。


 大の大人が取るオーバーなリアクションは、ことの当事者でなければ腹筋を崩壊させるのに十分なおかしさのコント同然の光景だ。


 そして青い顔で頭を抱えた源二郎がヒステリックに喚き始めた。


「姫様、お待ちください! 流石に姫様の身分を超えた越権行為かと! 貴族や市民、王国軍所属の魔狩士たちの反感を買う可能性が大いにあります。国が荒れている今の状況でそんな大きい刺激を与えてしまえば取り返しのつかないことになるやもしれません! それこそ帝国と戦争どうこうと言ってられぬ事態に発展しかねません! どうか、どうかご再考を!」


 外れかけた顎を強引に戻し、腕を組んで深く考え込んでいた望家が大きく息を吐きながら膝を叩く。


 自らが蒔いた種がとんでもない成長を遂げたとはいえ、娘の飛躍し過ぎな発案への答えを決めたらしい。


 それに気付いた源二郎は望家へと向き直る。


「慌てるな源二郎。美乃のことだ、その辺りはわしらに言われずとも分かっておるし世を乱さぬよう上手くやるだろう。……どうせ軍を作るのならば私設と言わず、正式な国の軍とするのはどうだ? 例えば現行の王国軍を王国陸軍、お前が作ろうとしている私設軍隊を王国海軍という風に分ければ良いのではないか? 陸と海で済み分ければ両者の間で生まれる摩擦も一先ず多少は少なかろう」


 一瞬、再び美乃顔があの欲しい物を手に入れた子供の顔になる。


 きっとこの展開になると分かっていたのだろう。


 だから私設軍隊の話を望家の前で出したのだ。


 自らの考えを自分から要求するのではなく、望家から言わせることで物事を迅速に、そして誰からも年若い姫の暴走による越権行為で自分の軍を持ったと言わせない為に。


「それにだ。元来魔狩士たちで結成されている我が軍は地べたの上ではこの世界の如何なる軍にも負けることはないだろうが、海の上ではそうはいかん。今後起こるであろう帝国との戦いで本領を発揮出来ない戦場に魔狩士たちを送り出すよりも、コモエンティス中尉たち海兵として訓練を積んだ者と場所を問わず戦えるガイナ殿と七海殿を中心に新たな軍を創設し、海上での戦いを任せた方がわしは合理的だと考える」


 苦言を呈したそうにしていた渋い顔の源二郎は黙りこくって考え込むが、どう頭を捻っても対案が出なかったらしく諦めたように望家の考えを支持した。


「しかし陛下の口から合理的などという言葉が出るとは、明日は空から槍か金塊でも降るかもしれませんね」


「はっはっはっは、お前にしては珍しく不敬なことを言うではないか。後で道場に行くぞ。久しぶりにしごいてやろう」


 ゴキゴキと首を鳴らす望家に笑顔で睨まれ、源二郎は心の底から嫌そうな顔で一歩下がる。


「遠慮しておきます。この後兄弟たちと話し合わなけれならない案件が山積み出来ましたから」


「……すまん、お前たちには苦労ばかりを掛けるな」


「いつものことですからお気に為さらず」


 一切目が笑っていない引きつった笑みを浮かべる源二郎にいたたまれず、彼から目を逸らす。


 すると今度は互いに会話内の中心人物であるはずなのにほったらかしにされている僕とコモエンティス中尉の目がばっちりと合ってしまう。


 目が合った以上、何か話した方が良いのだろうか。


 話の流れ的に彼とは同じ職場で——十中八九あちらが上司、こちらが部下として——働くことになるのだから出来れば友好的な関係を築きたい。


 しかし、亡命して祖国を捨てたばかりの軍人と何を話せばいいものやら皆目見当がつかない。


 こんなシチュエーションで気さくに話しかけるなんて如何なる陽キャでも無理だろう。


 もし出来る人間がいるとすればそいつは間違いなく人との距離感がバグっているに違いない。


 向こうも向こうで話しかけるきっかけが掴めないのか気不味そうな顔をしている。


 明らかにこの場にいるのが不釣り合いな僕と目が合えばそうなるのも当然だろう。


 きっと、この少年は何故光導王国の未来を決めかねない政治的重要な事項を話し合う場にいるのかと思われているに違いない。


 少年と思われていると発想してしまい、勝手に不快感を覚えるあまりに自己中心的で被害妄想が過ぎる自分に少しイラつく。


 それだけ、これまでの人生で言われることが多かった故の反動かもしれないが、そのうち直さなければいけない悪癖でもあると反省する。


 気持ちを切り替える為にもどうにかコモエンティス中尉と会話をしたいところだが、やはり話題が出てこない。


 どうしたものかと考え込んでいると、ドタドタと聞き覚えのある大きな足音が思考を邪魔してきた。

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