第一章ー31
「では、略式ではありながら裁判を行いたいと思います。被告はドラスティア帝国駐在官モノッコ少佐。罪状は横領と禁制品及び禁止薬物の不法な取引、婦女暴行、そして昨日起こった海賊による
弁護士も裁判官もいない裁判。
被告人モノッコと検察代わりの美乃を除けば、この場にいるのは国家の最高権力者と巻き込まれた形でいる傍聴人のみ。
これでは何も知らない人間が傍から見れば裁判というよりは王による一方的な裁きの場に見えてしまうだろう。
ただし捌くのは王ではなく姫なのだが。
ふと、この国本来の裁判はどういったものか興味が湧いてくる。
略式と言っていた辺り、普段はもっとちゃんとした大掛かりな裁判が行われていると考えて良いだろう。
なんとなく裁判が行わる場は街並みや住人たちの服装からニュースなんかで見覚えのある裁判所よりお白洲の方がしっくりくる。
着物をはだけさせ桜吹雪の入れ墨を見せつける望家に打ち首獄門を宣告されるお白洲に座らされた僕とガイナを思い浮かべてしまう。
いつかこのつまらない妄想が現実にならないことを切に願うばかりだ。
「何一つ身に覚えがないですな。私はそこの裏切り者と違い誇り高き帝国軍人。つまらない犯罪などする筈無いだろうが」
「あら、白を切るのですか。素直に罪を認めれば情状酌量の余地もほんの少しはあったのですが仕方ありませんね。忍、トランクを」
忍は持っていた大きなトランクをモノッコの目の前で見せつける様に開ける。
僕の立っている所からは見えにくいが、どうやら中身にはびっしりと書類が詰まっているように見える。
「なんだねこれは」
「民たちからの被害届と供述調書です。この場には持ってきていませんが、物的証拠も大量に押さえてありますよ。貴方や貴方の部下たち、船を降りては相当羽目を外したようで、被害者、証人、証拠に事欠かなかったです。ちゃんとそちらの言葉に訳した物ですからご自由にお読みください」
怪訝な顔でトランクの中から適当にひったくった書類の束をモノッコは指を舐めてからペラペラと捲っていく。
自らや部下たちの違法行為についての書類を見ている筈なのに、モノッコは不遜な態度を崩さない。
普通は動揺しそうなものだが、寧ろモノッコは鼻で笑いながら読み終えた書類を美乃に投げつけた。
綺麗に纏められていた書類は白い花吹雪に変わり、美乃の頬を撫でる。
主への暴挙に僕でも分かる殺気を放ちモロッコへ飛び掛かろうとした忍を妖艶な笑みを浮かべる美乃は手で制す。
ここからが楽しいのだから余計なことはしないでとでも言いたげに。
「こんな物がなんだというのだ。全て貴様らの一方的な言い分に過ぎん。被害妄想や言い掛かりの類にしか私には思えんな。我々誇り高き帝国軍人がそれに書いてあるようなちんけな食い逃げなんぞするはずがなかろうが」
「そうは申されましても実際複数の飲食店からそちらの言葉で捲し立て代金を払わなかったという訴えが今見られた物以外にも多数あります」
「だが、それはあくまでそれは被害にあったと言っている店の自己申告でしかない。証拠はあるのかね、証拠は」
「もちろんあります。貴方の部下の方々はお酒に弱いのかうっかりさんが多いのかは存じませんが、帽子やコート等の忘れ物を私共で証拠品として保管しております」
「だからなんだね。服なんぞどこにでもある物。それを部下の忘れ物と断言するからには何か証拠はあるのかね」
「確かに、洋服程度ならば我が国でも流通しております。ですが、ドラスティア帝国軍の軍服は手に入りません。故に唯一軍服を持っているのは駐在艦におられる貴方方しかおられないのです」
「それはきっと帝国への悪評を立てようとした愚か者が盗んでわざと証拠に成る様現場に残したに違いない!」
「なるほど。ですが国民の大多数が帝国を嫌悪している我が国において、今更その様な小細工をする必要性が私には分からないのですが、モノッコ少佐はその点についてはどのようにお考えですか?」
「何を言うか小娘! 世界で最も進歩し、気高い帝国を隷属民如きが嫌悪しているだと! ありえんことだ。隷属民が帝国に対して抱いて良い感情は敬意のみと決まっている!」
それは自分たちの理想であって、そうだと決めつけるべきことではないと思うのだが、モノッコは当然のことを言ってやったとばかりに傲慢な笑みを浮かべる。
「貴方は文明を知らぬ獣の様に女を襲い、私腹を肥やす為に薬をばら撒き物を盗み、自らの感情のままに人々を傷つける野蛮な人間たちの出身国を敬えと言うのですね」
「な、なんだと! 部下たちがやったとかいう犯罪は食い逃げなのだろう! それにそう書いてあったではないか」
「ええ、貴方が読んだ物は無銭飲食についての被害届です」
「しかし、誰が言いましたか? 被害届が無銭飲食についてだけだと」
笑顔を崩さないながらも、美乃の声に地獄の業火を思わせる怒りの炎が渦巻いているのを感じ、思わず身震いする。
「これも、これも、これも、貴方の部下が我が民を傷つけた証です。これでもまだ貴方は帝国が敬われるべき存在だとでものたまう気ですか」
トランクから取り出した書類の束を美乃は次々と見せつけながら捲っていく。
「そ、そもそも隷属民如き下等な存在に何をしたところで問題ある訳がなかろう! 帝国臣民は隷属民に対して何を行っても問題無いと法律で決まっているのだ! そこの裏切り者とて帝国の素晴らしい考えがあってこそ生まれたのだぞ!」
「ふざけるな!」
怒声を超えた怒りの咆哮が耳を劈く。
咆哮を発したのはコモエンティス。
これまで従順で苦言を呈すことはあっても全く自分に牙を剥くことがなかったコモエンティスの怒りを受けたモノッコは怯み、黙る。
「確かに貴様ら帝国人の馬鹿げた考えのお陰で俺は生まれたさ。だがな、今まで一度も感謝なんぞしたことはない!」
握りしめた拳から血を流しながらモノッコに近づくコモエンティスを源二郎が遮る。
「陛下の御前で腰の物を抜けばどうなるか分からない程熱くなられているのならば一度外へ」
「……失礼しました。陛下、ご無礼をお許しください」
「お気に召されるな。美乃、続きを」
「モノッコ少佐の言われた帝国の法律については私もよく存じております」
「ならばこの裁判モドキが意味の無いことくらい分かるだろ。私は無罪なのだからさっさとこんな茶番は終わらせたまえ」
「そうですね、終わらせましょう。私も無駄は嫌いですから。確かに帝国の法律では貴方は無罪です。ですが、我が国の法律では有罪です」
「馬鹿を言うな。帝国の法は同盟国及び植民地においては当事国の物よりも優先されるのだぞ。条約にもそう書いてある筈だ」
「ええ、書かれていますね。ですがそれって条約が破棄された場合はどうなるのでしょうか?」
顔に手を当て、悪戯っぽく微笑む美乃発言の意味を理解するのに一拍の間を取ったモノッコの顔から血の気が失せていく。
「正気なのか? お前らは帝国を敵に回そうというのか?」
「失礼しますね、貴方方よりはまだ正気のつもりです。さて、帝国との戦い、その第一歩としてまずはこの国で散々やりたい放題してくれたクズの掃除から始めましょうか」
美乃から発せられた威圧感に恐れをなしたモノッコは、この場で最も取ってはいけない行動に走る。
腰にぶら下げた物に手を伸ばしたのだ。
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