魔獣艦隊出撃せよ【異世界に転生したので何故か女の子になるモンスターたちと最強の艦隊を作ることにします‼】

武海 進

第一章ー1

 満点の星空の下で、目覚めた僕は何がなんだか分からずに周囲をキョロキョロと見渡す。


 四方八方、全て空と同じく夜空に星が輝いている様な景色だ。


 四方八方と言った通り足元にも広がる星空を見て、ぼんやりとしていた意識が覚醒したと同時に思わず腰を抜かしてしまう。


 だが、僕の体は落ちることなくその場でドンと大きな音を立てながら尻もちをついた。


 どうやら透明なアクリル板か何かで出来た足場に立っていたらしい。


 以前旅行で見に行った渦潮もこんな感じで橋の上から見た記憶がある。


 あの時は渦が巻いているのか巻いていないのか、判断に困るものを見てなんとも言えない気持ちになったものだ。


 近くで食べた焼き立てのちくわが美味しかったのが唯一救いだったが、どうしても交通費と入場料を思い浮かべてしまう自分のみみっちさが嫌になる。


 何故僕は、こんなとんでもないクオリティのプラネタリウムの様な場所にいるのだろうか。


 確か、今朝はオンライン会議全盛期の今では珍しくなり始めた直接会ってでの打ち合わせが入っていて、一週間ぶりに外に出たはずだ。


 それで久しぶりに真面に浴びた直射日光の眩しさにくらくらして、帽子でも被れば良かったと思いながら最寄りのバス停に向かおうと心臓破りの急坂を下っていて——


「お目覚めですか、七海翔琉ななみかけるさん」


 記憶の糸を手繰る作業が、背後から掛けられた声で強制中断される。


 振り返ると、この幻想的な風景に似つかわしくない事務机と、黒縁の眼鏡を掛けて腕に黒いアームカバーを付けたショートカットのザ・事務員と言った風体の若い女が椅子に座って何やら書類の山と格闘していた。


「七海さん、こちらへどうぞ」


 呼ばれたからには行かなくては失礼だしと、一切書類から目を離さずに進められた女の対面に置かれた椅子に座る。


「この度はこちらの不手際によって貴方は死亡してしまいました。大変申し訳ありません。つきましてはお詫びとしてお望みの能力を付与した状態で他の世界へと転生させますのでどうかご了承ください」


「はい? 僕が、死んだ……」


 訳が分からない。


「僕が死んだってどういうことなんですか。確かに少し不摂生だったけど、持病も無かったし体調だって悪くなかったんですよ」


 思わず椅子から立ち上がり、傍から見ればさぞかし面白く見えるであろう程に狼狽える僕に面倒くさそうな顔をしながら女性がタブレットを突きつけて来る。


 画面を見るとドローンで空中から撮影した様に見える映像が映っていた。


「これって、僕じゃないか。それにここってアパートの近くの坂じゃ」


 坂を下っていく僕は、久しぶりに外に出て歩いたせいか足が縺れてしまったらしく派手にずっこけた。


 誰かに見られたら恥ずかしいな、と思っていたら映像はそこからまさかの展開を見せる。


 ずっこけた僕は、勢いそのままに猛スピードでボールよろしく坂道を転がり始めたのだ。


 昔話に出て来るおにぎりもかくやと言う転がり方で転がっていった僕は坂の下の道にまで転がると、タイミングが良いのか悪いのか、通りかかったトラックにぶつかりピンボールよろしく弾き飛ばされた。


 そして不幸は続き、そのままガードレール下の海へと真っ逆さまに落ちて行ったのだ。


「これは……確かに死んだな」


 そう言うしか無い。


 無論、まだ夢でも見ているのではと思いはしたが、段々と蘇って来た記憶がそれを否定する。


 映像に映っていたこと全てフラッシュバックしたからだ。


「ご理解いただけましたか。貴方の本来の死期にはまだ60年程あったのですが、こちらの手違いで亡くなられたのです。そこでお詫びとして先程の条件を提示致したのですが、どのような能力がお望みでしょうか」


「あの、手違いって言うのはどういうことなんですか! そもそもここって何なんですか」


 理解したくなくとも自分の死んだことについては理解出来た。


 だが、手違いで死んだという意味と今いる場所については何一つ分からないのだからはいそうですか、ではこんな能力でお願いしますとはすんなりと言える訳が無い。


「ここは世界の狭間。私は無限の世界に存在する知的生命体の輪廻転生を管理する者の部下であり、上司のミスのフォローを押し付けられただけですので、どういった原因で貴方が命を落とす結果となったのかまでは聞いておりません」


 自分にはなんの落ち度も無いはずなのに苛立たし気に言われてたじろいで何も言えなくなってしまう。


 そんな僕を放置して女は次々に書類を捌いて行く。


 数枚に一度は舌打ちをする辺り、もしかしたら僕の様なミスを上司から押し付けられるのは日常茶飯事なのだろうか。


 よく見れば目の下にとんでもなく濃い隈が出来ているし、少し芳しい——人に合わないからと納期に追われているのもあって数日程着替えと風呂をサボった時と同じ——匂いが彼女から漂ってきているのがその証に思えて仕方がない。


「あの、元の世界で生き返らせてもらうのって——」


「無理です。以前それをした際に世界規模での新たな宗教が生まれてしまい、越権行為だと他部署と揉めましたので」


 人の生き死に対してここまでお役所仕事をするとは、この人たちは一体何様なのだろうか。


「申し訳ございません、早く能力を決めていただけませんか。後が閊えていますので」


 この人のせいでは無いとはいえ、少しぞんざいな扱われ方に怒りを感じる。


 昔から伸びない身長と変わらない声、そして童顔のせいで相手から舐められることが多かったことで生まれたトラウマを刺激されたからだ。


「あの、そのミスをしたっていう上司の方とお話させて下さい。直接謝罪していただかないと納得できないです」


 破れかぶれで僕にしては珍しく強気に出る。


 至極真っ当なことを言ったつもりだが、女性は舌打ちをした後に分厚いカタログのような物を渡してきた。


 表紙には「能力一覧」と書かれている。


「申し訳ございませんが上の者にお取次ぎは出来ません。ご納得いただけないのは重々承知しておりますが、どうか早急にそのカタログの中から能力をお選びください」


「いや、ですから——」


「お選びください」


 僕の言葉を遮りぴしゃりと言い放った女の圧に負けた僕は、仕方なくカタログのページを捲り始める。


 巨人への変身能力、昆虫の力を体に宿す能力、ビームを出せる剣を創造する能力、どんな傷でも瞬時に再生出来る能力、などなど、アニメや漫画なんかで鉄板な能力が大量に乗っていた。


 カタログに記載されている能力はどれこれも魅力的ではあるのだが、ピンとくるものが中々ない。


 そもそも未知の世界で生き抜く為に使うであろう能力なのだから、そう簡単には決められない。


 あーでもない、こーでもないと悩んでいるとコツコツという音が聞こえて来た。


 なんの音だろうと音の出所を探すと、女の貧乏ゆすりで靴のヒールが透明な床を叩く音だった。


 決断が遅い僕に相当苛立っているらしい。


 僕が被害者側なのにこの扱いは幾らなんでも酷すぎると思うのだが、ここで強く出たところでまた負けるのオチだ。


 それが僕の幼い頃からの常なのだから。


 色々と諦めがついて来たので、ページをめくる速度を上げる。


 とりあえず選ぶ能力の方向性の指針は決めた。


 ある程度金銭を稼ぐことに繋がりそうで、生存能力が高そうなものを選べばとりあえずは、食いっぱぐれることはないだろうし転生早々二度目の死を迎えることはないと考えて次から次へと能力の内容をチェックしていく。


 だが、やはり中々ピンとくるものが無く悩んでいると、ふとあるページで手が止まる。


 能力名、魔獣帝国(モンスターエンパイア)


 仰々しい名前からすると少し拍子抜けだが、モンスターを自らの配下として従えるというシンプルな能力だ。


 能力的にモンスターと出会わなければ全くもって意味を成さず、指針からは大きくズレた能力であるが、どうにも次のページ捲る気になれない。


「そちらの能力でよろしいですか? ……よろしいですね。それでは直ぐに転生を開始します。体は亡くなられる直前の状態で再現、現地の言語については転生後の体にインストールしておきますのでご心配なく」


 まだ決めたわけではないと言うのに、有無を言わさぬ勢いで話が進められ、突然足元に扉が現れた。


「能力とは別で心ばかりのお詫びの品としていくつかの出会いをご用意しておきましたのでご活用いただければ幸いです。それでは第二の人生をお楽しみください」


 理屈は分からないが、薄っすらと光を放つ書類に女性が判を押した瞬間、足元の扉が開いて僕は浮遊感に襲われた。

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