1-02助け合い
「まだ助けは来ないのか、シャイン大丈夫か?」
「デクス様、私は大丈夫です。デクス様こそ、お疲れではございませんか」
「いや助けを待っているだけだからな、でも少しだけ体を動かしておこう」
「はい、私にも肩を貸していただけますでしょうか?」
「もちろんだ、シャイン」
「ありがとうございます、デクス様」
私たちは馬車の残骸で一夜を明かしたが、まだ助けは来ていなかった。私はデクス様の肩を借りて、私たちが落ちてきた大きな崖を見た、こんな崖から馬車ごと落とされたのなら、私たちはもう死んでいると思われている可能性もあった。でも私はそんな可能性があることを顔には出さずに、少しだけデクス様の肩を借りて歩いてまわった。
「食べ物や飲み水はなさそうですね、デクス様」
「ああ、川はあるが生水は危険だ。シャイン、君は『
「いいえ、私が使える魔法は『
「俺は魔法学を後回しにしていた、だから俺は何の魔法も覚えていない」
「デクス様には政治の勉強が必要だったのです、それに私も他の魔法は使えませんから一緒です」
「それでも俺は生きてここから帰れたら魔法の勉強をする、魔法にはそれだけの価値があることが身に染みてよく分かった」
残念ながらこの崖の下に食べ物や飲み物になりそうな物はなかった、川が海に向かって流れていたが生水を飲むのは危険だった。私たちには水を入れる器がなかったし、それに『
「俺たちを見つけて貰えないからといって、むやみに動き回るのはかえって危険だ」
「はい、デクス様。私もそう思います、私たちが一番最後にいた場所から、おそらく捜索は始まっているはずです」
「ここで大人しく助けを待つしかないな、それが最善の行動だとしか思えない」
「ええ、ここにいて見つけて貰えないのなら、動きまわっても余計に見つけて貰えないでしょう」
「シャイン、君は落ち着いていて賢いな」
「いいえ、私はただ本で覚えた知識を活用しているだけです」
私たちがむやみやたらと歩き回って居場所を変えるのは危険だった、私たちを捜索しているとしたら馬車が落ちたこの場所にいるのが一番良いはずだった。私たちが下手に動き回ったら見つけて貰えるものも、余計なことをしたために見つけて貰えなくなるかもしれなかった。私はデクス様が聡明なお方であることに感謝した、私とデクス様の意見は一致していた、それだけでも私は十分に有難かった。
「シャイン、今更だが俺を助けてくれてありがとう」
「ふふっ、デクス様。私は臣下として当然のこと、それをしただけです」
「いいや、君は自分よりも俺を優先して魔法を使った。命がけでこの俺を助けてくれた、それは誰にでもできることじゃない」
「臣下である私がデクス様を守るのは当然です、だからそんなに褒められても困ってしまいます」
「そうか、シャインはとても可愛くて賢い女の子だな。俺は今まで女というものは碌に勉強もせず、ただ自分のことだけを考えている愚か者だとばかり思っていた」
「デクス様、世界は広いのです。デクス様は私以上に美しくて優しく素晴らしい、そんな女性にもきっといつか出会えますよ」
私は命がかかっている状況だったが、デクス様からお礼を言われて嬉しかった。私としては臣下として当然のことをしたつもりだったが、デクス様は最初に私に向けた冷たい目が嘘のように、私に優しく笑いかけお礼を言ってくれた。私はそのことが嬉しくて胸が熱くなるのが分かった。ああ、これを歓喜というのだと私は、まだ知らなかった自分の感情に気がついて笑った。デクス様は私の顔を見て頬を赤くして、そして私に向かって笑ってくださった。
「デクス様、お体を冷やさないように私を抱きしめてください」
「ああ、シャイン。君も体を冷やさないようにするんだ、特に折れている右足を摩って温めておこう」
「まぁ、デクスさま。私が自分で致します、お手が汚れてしまいます」
「俺を庇ってできた傷だぞ、だから俺がその傷が悪くならないようにするのは当然だ」
「それでは恥ずかしいですが、お願い致します。デクス様の手は温かいです、とても気持ちが良いです」
「そうか、それなら良かった。早く助けが来るといいな、そうしたら君の右足をまず治して貰おう」
そうして二晩目も私たちは身を寄せ合って眠りについた、デクス様はやっぱり悪夢に魘された。だから私は昨日と同じように、眠っているデクス様に優しく声をかけて彼の体を抱きしめた。それで悪夢はデクス様から去っていった、私は徐々に体力が無くなっているのが分かっていて本当は不安で堪らなかったが、そんな私を無意識にデクス様が抱きしめてくれてようやく眠りに落ちた。
「シャイン、今朝も少し運動をしておこう。右足が痛むだろうが、ずっと同じ姿勢でいるのは体にとって良くない」
「はい、デクス様。それでは申し訳ありませんが、肩をお借りして少しだけ歩いてみます」
「今日で三日目だ、もう水なしではそろそろ体がもたない。どうしても渇きに耐えられなくなったら、危険を承知で川の水を飲むしかない」
「デクス様、できるだけ我慢しましょう。生水を飲んでお腹をこわすと、余計に体内の水を失います」
「ああ、分かっている。シャイン、君もできるだけ我慢してくれ。きっと助けが来る、そう信じて待とう」
「はい、デクス様。このボタンを口にお入れください、唾液で少しは喉の渇きが誤魔化せます。それに疲れない程度にお喋りでもしましょう、そうやって気を紛らわせておくと楽です」
私たちはそろそろ限界だった、食事の度に飴玉を食べてはいたが空腹でお腹が鳴った。それに喉の渇きも酷かったからそれを紛らわせるために、私の服についていたボタンを引き千切って二人とも口に入れていた、こうしていると唾液が出て少しだけ喉の渇きが和らいだ。そうして私たちは身を寄せ合って、お互いに囁くような声で会話をした。
「俺はこの国を努力する者が報われる良い国にしたいんだ、地位に関係なく力のある者は報われる国にしていきたい」
「努力するものが報われる、それは素晴らしい国です。でも、実現するには貴族たちが反対するでしょうね」
「貴族というだけで努力もせず、あまつさえ守るべき民を踏みにじり、そうして暮らしている者がどんなに多いか」
「確かにそんな貴族が多いことも事実です、一方で貴族としての責務を忘れず誇り高く生きる者もいます」
「俺の母上は怠け者の貴族を叫弾したばかりに毒を盛られた、父上はそんな母上を決して忘れずに立派に国王を務めている」
「デクス様の母上が亡くなられたことは悲しいことですが、国王陛下に今でも想われているとは羨ましいことです」
私はデクス様のお母さまが政敵に毒で殺されたことを知っていた、でも国王陛下に未だに忘れられずに愛しく想われているのは羨ましかった。私もそんなふうに誰かを想ってみたかった、誰かに想われてみたかった。デクス様は私のそんな話しを真剣に聞いていた、デクス様がその時にどんなことを考えていたのかは分からない、でもデクス様は私を大切そうにずっと抱きしめていてくれた。
「私も夫になる方を愛したいです、デクス様」
「俺のようなこんな無力な男でもか、シャイン?」
「デクス様はまだ子どもだからです、そのうちに立派な男性になれます」
「シャイン、君にとって立派な男性とはどういう男なんだ?」
「えっと、そうですね、私のことを本当に心から愛してくれて、私もその方を心から愛せる方でしょうか」
「そうかシャイン、君の希望は分かった。だったら、俺は……」
私はデクス様とお話をしながら、空腹と疲労でもう頭がはっきりしていなかった。だから私が結婚したいと思う理想の男性の話を、婚約者であるデクス様に喋ってしまっていた。それではまるで今のデクス様は私の婚約者として向いていない、そう言っているも同然だったがデクス様は真剣に私の話を聞いていた。そうして私のことを大切そうに抱きしめた、私もデクス様の体温が心地良くて抱きしめ返した。それからしばらくした時のことだった、もう夕方になりかけていたが人の気配が近づいてきた。
「デクス様、誰か来ます」
「そうか、シャイン」
「えっ、デクス様どこへ行かれるのですか?」
「少し遠いがあの岩の影だ、隠れて様子を見てみよう」
「味方ではなく敵の可能性もあるのですね、デクス様」
「ああ、そうだ。わざわざ俺の生死を確かめに、その為に来たのかもしれない」
そうして私たちがこっそりと岩の影に隠れていたら、沢山の人たちがやってきていた。それは王家の旗を掲げる軍人たちだった、私はデクス様の様子を見ていた。デクス様はやってきた人間たちの中から誰かを探しているようだった、そしてやがてデクス様はその人物を見て私に肩を貸して歩き出した。デクス様が探していたのはデクス様たち王家に仕える近衛隊長だった、漆黒の髪に茶色い目をしたその人はデクス様と私を見て声を上げた。
「デクス殿下!! シャイン公爵令嬢!! よくぞご無事で!!」
「カルバルト、シャインは右足の骨を折っている。至急、彼女の手当を」
「分かりました、デクス殿下。ダイナ!! 上級の回復魔法が必要だ!!」
「もう大丈夫だぞ、シャイン」
「シャイン公爵令嬢、どうぞこちらへいらしてください、すぐに傷の手当させていただきます」
「すぐに傷が治るからな、シャイン」
そうして私は意識が朦朧とするなか、骨折していた右足の手当を受けた。ダイナという綺麗な白い髪と赤い瞳を持つ女性が、私に回復の上級魔法を使ってくれた。私の右足は元通りに綺麗に治った、私はきちんと右足が動かせるようになってホッとした。それから私とデクス様はまず水を貰って飲んだ、それから近衛兵士たちが作ってくれたパン粥を食べた。どちらも涙が出そうになるくらいに美味しかった、こうして私とデクス様は無事に味方に助け出されたのだ。
「デクス様、助かって良かったですね」
「ああ、シャイン。君のおかげで、俺の命は助かった」
「私は臣下として当然のことをしただけです、本当にデクス様が助かって良かったです」
「そうか、それでもいいんだ。俺はそう思う、そう思えるようになったんだ」
「何がそう思えるようになったんですか?」
「そのうちに君にもよく分かる、そう分かるようにしてみせる」
助け出されて最後に見たデクス様は私に優しく笑っていた、おそらく助け出されてホッとしていたのだろうと私は思った。私も同じようにホッとして気が緩んでいたからだ、そうして私は近衛兵に守られて今度こそ公爵邸に帰ることになった、まだ馬車に乗るのは少し怖かったが家に帰れるという嬉しさでいっぱいで我慢できた。
「シャイン!! よく戻ってきた!!」
「ただいま戻りました、お父さま」
「デクス殿下のお命をお助けしたお礼にと、国王陛下からお前宛てに手紙がきている」
「まぁ、私は臣下として当然のことをしただけですのに」
「いや、咄嗟に殿下の身を守る魔法を使えただけで凄いぞ。シャイン」
「ふふっ、お父さま。そうやって頬ずりされますとお髭が当たって、少し頬がくすぐったいですわ」
こうして私はようやく無事に公爵邸に戻ってきた、やっぱり自分の部屋のベッドで眠れるのは安心できた。それから国王陛下からのお礼のお手紙も読んだ、これからも息子の婚約者として息子をよろしく頼むとそこには書かれていた。私はデクス様のことをいろいろと考えてみた、私たちは愛し合えなくても友達にはなれそうだった、そんな私は無意識に治ったはずの右足を触っていた。
「右足は治ったのに、なんだか変な癖ができたみたい」
「そうですね、シャイン公爵令嬢」
「ダンスがこれじゃ上手く踊れないわ」
「いえ十分にダンスは上手くできています、でも大怪我をしたことで体の感覚が少しだけずれたのかもしれません」
「それじゃ、お医者さまに診て頂いた方がいいわね」
「ええ、そう致しましょう。今日のダンスの授業は、これで終わりにします」
私は少しだけ右足を庇って歩く変な癖ができた、お医者さまに診て貰うと足は綺麗に治っていた。だがおそらく右足を庇って歩いていた感覚が、まだ抜けていないのだとお医者さまには言われた。私は姿勢よく歩けるように何度も練習をした、すると周囲からは綺麗に歩けていると言われた、でも私にはどうも足を引きずっているような感覚が残った。
他の人には気づかれないのだからいいかと、私は右足の感覚のことは気にしないことにした。そうしてまたデクス様にお会いする時の為に私は政治学を勉強した、我が公爵家の政策で分からなかったところをお父さまに質問して答えを出した。そうして私は難しい勉強を続けていった、そしてあれから数日経ったらデクス様から私に手紙が届いた。
「まぁ、デクス様がこちらにお見えになるですって!?」
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