第12話 次の戦いは

 武器を全て奪われて馬車に乗せられる。

 そして、教会へと向かう馬。


「…ていうことは、普通は訓練所で訓練をするんだ…。さっきの人達も」

「彼らは元々軍人だから、どうかしらね」


 馬車に乗り込んだら、リリーの喋り方が最初の時に戻ってしまった。

 剣闘士用の馬車は逃げられないような構造になっていて、ここまで来れば安心ということなのだろう。


「俺…、なんの説明も無しにあそこに放り出されたんだけど」

「…教会の刺客なんでしょ。犯罪者が市民権を得る。流石に都合が悪いでしょう」

「でも」

「そして貴方はちゃんとアイツを殺してくれた。約束はしておくものね…。それより、本当にそれでいいの?私はもっと違うものを要求されると思ってたけど」


 教会はもうすぐ。だから、グレイは急いで彼女にして欲しいことを告げていた。

 年頃の娘、今はボロボロだけど、それでも品のあるキレイな人。

 いつ死ぬかも分からない剣闘士なら、もっと快楽的なことを要求しただろう。

 メメントモリの考え的にはそっちの方が正解な気もするけど、そのスキルを持つ少年は違うものを欲した。


「教養が欲しい…。もっと知りたい、文字が読みたい。世界を知りたい」


 置かれている状況を知りたい。

 人間とは分かりやすいもので、悪魔イスルローダにステータスを数値化してもらったことで、足りないものを知ることが出来た。


 っていうか、お前は世間知らずの馬鹿だ、と言われたようなもの。しかもレベルが上がっても教養は上がらないらしい。

 人を殺したことで上がったんたから、当然かも知れないけれど。


 と、それはさておき、少年の言葉にリリーは軽く目を剥いた。


「私は構わないし、…その方が助かるけど。剣闘士に学問が必要だとは思えないけど。それに私たちは自由に移動できないのよ」

「それはそれ。目の前を生きる為、経験を積むため。それにリリーの補正値はちょっとズルいと思ったし」

「補正値って…?」

「イスルローダ…。じゃなくて、運の要素以外の…なんて言えばいいんだろ」

「さっきの説得のこと?あれはアナタが説得を…。いえ、私が説得してたわね。…それについては神官様と挨拶をしてからにしましょう」


 そして、教会に牢屋付きの馬車が到着した。

 ただ、その教会は少し離れた場所、正確には敷地に降ろされた。

 そこで出迎えたのは、白髭の男。


 観察眼チェック


 【10】+知性補正値3 失敗。


 一見すると好々爺だが、そこが知れない男であった。

 鍛え抜かれたからだと、傷塗れの体が只者ではないことを教えてくれているが、それ以上はよく分からなかった。


「話は聞いておるよ。初戦、見事にオークの首を切ったらしいな。貴様は見所がある。で、お前たち三人は後で説教じゃな」

「っんでだよ‼俺は勝っただろうがよ‼それに…、俺はコイツとは違う。互いの実力を出し合って勝つ。それが俺の追撃闘士としての戦い方だ」

「追撃…?」

「戦いの型の一つよ。過去の伝統を蘇らせるなんて、ね」


 やはり。彼女は色んなことを知っている。それが補正値として現れているのかも、と浅い考えをしてみる。


「俺は…出番がなかっただけだし」

「ぼ、僕も…」

「その顔が気に入らん‼もっと野獣のようになれと言っておるだろう‼」

「す…すみません。でも…、俺があのオークと戦わなくて良かったって…、どうしても」


 帰りの牢屋馬車に相席した三人にもそれぞれの人生がある。

 当たり前だけれど、グレイはそれだけでそこはかとなく感動を覚えた。

 そんな表情も老爺には気に入る材料の一つとなった。


「小僧、グレイと言ったか。無邪気な魔物のような顔じゃな。成程、お前は見込みがある。ワシ、インディケンが責任を持って技を伝授してやろう」


 そして老爺の鋭い目線は赤髪の少女へ流れていく。

 足先から頭髪まで、正に舐めるような視線に、リリーは顔を僅かに顰めた。


「わ、私は…」


 ここで。遠くの方から車いすを押す、優しきクレリックが現れる。

 彼女の隣には片腕を失った男の子が歩いている。


「お帰りなさい、グレイ。約束通り、この子たちを連れてきたわよ」

「お帰りなさい、お兄ちゃん」

「お帰り、お兄ちゃん。無事で…良かったです」


 前にも言ったが血縁はない。けれど同じメリアル人だからか、最初から家族だったように思えて、グレイは二人に駆け寄った。


「大丈夫?妙な事されなかった?」


 大人しく首を縦に振る二人。とは言え、聞く場所を間違えたかもしれない。


「ショックですー。私はそんな惨いことはしません。神に仕える身ですよー。それにしても…」


 相変わらず、ダイスが回らない。もしくは回す気さえ起こせていないのか。

 それくらいの差を感じてしまう。 

 本当に丁寧に扱われているのかもしれないし、そうではないかもしれない。

 ただ、あんな彼女の前で本音など言える筈はないのだ。


 それでも今のところは大丈夫そう。傷は綺麗に塞がっているし、感染している様子もない。

 闘技場で癒しの魔法を受けた後から、左腕が動くようになった。

 その力は本物。


 そんな彼女が視線を赤毛の少女に泳がせる。


「…結局私を頼りに来たのですね?クシャラン大公国のリーリアお嬢様・・・は…」

「へ…?お嬢様…って…」

「チッ…。頼りに来たんじゃないわよ。私はグレイを頼って来たの。あの地獄から解放してくれたから。ここに来たのはアンタに文句を言う為だし」


 柔らかな笑みの神官と、三白眼の赤毛の少女。

 確かに彼女は神官アリアのことを知っていると言ったが…


「文句を言われるようなことはしておりませんよ。女剣闘士も歴史上存在しています。それとも他の貴族令嬢のように従軍慰安婦になった方が良かったと、わざわざ言いに来られたのですか?」


 グレイの目が大きく剥かれる。リリーの目は更に白い部分が増す。瞳が僅かにしか見えないほどにクレリックの女を睨んでいる。


 【9】+知性補正値2、+ハバド地区育ち1…成功。

 流石に世間知らずのグレイでも、二人の会話の意味が理解できた。

 加えて、車いすに座るロコの表情。


「まさか…。俺たちは剣闘士で、女たちは…」

「従軍慰安婦も大切な神様がお与えになった役目です。ですが、私も女ですので。それに耐えきれず、彼女に女剣闘士の道をお教えしたのです…」


 優しい顔はいつの間にか辛そうな顔へと変わっていた。

 だけど、今の話は看過できない。


「待ってくれ。まさかロコにも同じことを言ってないよな…?」

「…勿論、話しています。他国の捕虜の道は奴隷と決まっていますので」


 正気度チェック


 【13】+精神力補正により、平常心を保ち続ける。


「確かにそうかもしれない。だけど、奴隷は奴隷なりの使い道がある筈だ。」

「ところがそうでもないのです…」

「なんで‼これだけの人間を食べさせるには膨大な労働力がいる。だったら…」

「得られる筈の領地を魔の地に変えているのは、…あなた方です」


 盗人猛々しい発言。だが、上が決めたことだから、彼女も従っているだけなのか。

 それとも悪意を以て言っているのか、やはり分からない。

 正気度は問題ないし、平静でいるのにダイスが回らない。


「そんなのお前たちの勝手だ。ロコもモコも好きにはさせない」

「ですね。その為にも私たちの剣闘士であり続けてください。アナタが生きて戦い続けている限り、この子たちの処遇は保留とさせていただきます。ですが、もしも死んでしまわれたら…、同じ道を歩むことになるでしょう。ロコちゃんは慰安婦に、モコくんは剣闘士に…。障害持ちの戦士もそれなりに人気がありますから…ね」


 何となく理解できるのは、この女も悪魔を使役している、ということだ。

 加えて、レベルもかなり高い。ステータス値も恐らく…


「いや…。私も剣闘士になる。モコと一緒に…」


 女児でも何をされるのか理解しているらしい。

 間違いなく教えられている。絶望の表情を拭ってやりたいが、ここで…


「アンタ、騙されているわよ。女の剣闘士は碌なことにならない。この女は嘘をついている。そのせいで私は…」

「あらあら。歴史上存在するのは本当のことですよ。確かに、認めていない方も多くいらっしゃいます。そして大観衆の皆さまはアナタのことを認めてくださいませんでした。でも、私は反対したんですよ。」


 連続19人殺したという話だった。

 だけど、リリーはミツイと戦って死んでいない。それは彼女が剣闘士と認められていなかったからだったと、クレリックは言う。

 そして。


「本来なら生かせか、殺せ。でも、あの時は犯せ、犯せと…。私だって大観衆の前で貴女がオークに犯される姿など見たくありませんでしたよ」

「この…アマ‼」

「止めなさい。神の御前ですぞ」


 リリーがクレリックに殴りかかるも、インディケンがいとも容易く抑え込み、そのまま地面に転がしてしまった。

 だが、うつぶせの状態で赤毛の少女は尚も睨みつける。


「男に凌辱されるくらいなら戦って死んだ方がマシ、そう思ったから剣闘士になったのよ。約束が違うじゃない…。あんな目に遭わされるなら…」

「死ぬ機会はいくらでもあったのでは…?それでも死ねなかった。でも、良かったじゃないですか。私が送り込んだ刺客によって、性奴隷から解放されたわけですから。しかもあんなに怯えて死んだのです。」


 だから、あんなクエストを出したのだ。

 そして。


 ここで洞察力チェック


 【11】+知性補正値2…成功。


「…あの剣に呪いをかけたのはリリー?」

「…そうよ。少しでも傷ついたら、アイツの精力も衰えるんじゃないかってね。でも、確かに…。胸がすく思いだったわ。殺してくれてありがとう。それで…、悔しいけどお願いがあるの」


 インディケンは空気を読んだのか、いつの間にか三人を連れて遠くに行っていた。 

 グレイとしても、モコとロコを遠くに連れて行ってやりたいくらい。

 それくらい口の中が苦い。

 この感情を野獣のソレに昇華させたい。

 だが、武器は奪われているし、目の前の神官の力も読めない。


「あらあら。また、お願いですか?」


 そんな中、アリアとリリーのやりとりが続く。


「私の所属をここにして。グレイと一緒にして欲しいの」

「何事ですか?憎い男を殺してくれて、惚れてしまったのですか?ですが、グレイは私のものですよ」

「そんなんじゃない。基本的に同じ所属だと殺し合うまでの興行はないでしょ。そして私は次の戦いでも同じ目に遭わされるでしょうね。…その相手を彼なら殺してくれる。だから」

「私にあなたを買い取れと?残念ですが、そういう趣味をお持ちの方も多いので、貴女を安々と手放すとは思えません」


 あくまで優しい笑み、だが悪魔のような神官。

 そして絶望の色に染まった赤毛の女は肩をがっくりと落とした。


「お願い。…クシャラン大公国への抜け道を教える…から。その情報なら価値があるでしょ」

「どうでしょう。グレイ、アナタはどう思います?」

「俺?俺は何も持っていない…けど」


 どうして話を振られるかも分かっていない。

 だけど、彼にやれることはたった一つしかなかった。


「来月、テルミルス帝国の北部にある帝都マールスでは収穫祭が行われます。そこでもコロシアムの興行があるのです。そこで帝国一と謳われる剣闘士を殺してください。それで手を打ちましょう」

 

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