139 人と神との契約
真幸side
「里見清音さん。あなたは里見八犬伝の伝承を宿しています。それをどこまでご存知ですか?」
「は、はい。生まれた時に守護神がついている、それが代々伝わる
「どの
「八種すべて、と聞いています」
清音さんに話しかけた綾子さんがコクリ、と頷く。八犬伝の名の通り、『仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌』を司るとされる、俺たちから見たら『英霊』にあたる魂が彼女に寄り添っているって事だ。
彼女の魂の原初が伏姫の生まれ変わりだから、そうだは思うけどさ。
それに何か問題があるんだろうか。
「失礼ながら、あなたがどのようなお血筋かは?」
「ほとんど知っています。その、どんな神様が混じっているのかも」
「そうですか、それならばお伝えしてもよいでしょう」
……えっ?!清音さん俺の血が混じってるって知ってるの?俺もみんなもびっくりしてるんだけど。
(颯人、俺が誰かも知ってるのかな)
(確信は得ていないが、情報を得ているのではないか?白石の顔を見てみよ)
(あー、なるほどなー。ヒトガミの話をキコエノオオカミとしたって言ってたもんなー)
(そういう事だ。我らもさっさと話してしまったほうが良いと思うが)
(うーん、うーん、うーん……)
颯人と念通話してると、月読がそろっと近くにやってくる。
白石と清音さんを前にして、シャーマンの綾子さんは道具を取り出して並べている。後ろに並んだ仲間たちと力を合わせて占いを始めたようだ。
(清音ちゃんは真幸くんがヒトガミだってわかってるよ。直人がキコエノオオカミにヒトガミが主人だって暗に言ってたからね)
(そうかぁ……仕方ないかな。全部話しちゃう?)
(その方がいいかもしれないけど、神官達の表情が気になる。あんまり良くない話になりそうだから、少し待ってくれる?)
(そうか……わかった)
月読は眉間に皺を寄せている。確かにそうだな……おばあちゃん達は尋常じゃないくらい霊力を使って占ってるし。何事なんだろうか。
「……なるほど、なるほど、やはりそうか。清音さん、あなたは早々に犬神を降ろし、神々との契約をなさるようにして下さい。
そして、芦屋さまの助力を得て自身の秘めたる力を解放せねばなりません」
「秘めたる?私に犬神をって、神様の依代になれと言うことですか?」
綾子さんは神妙に頷き、清音さんの手を取る。手のひらのしわ一つ一つをなぞって眺め、うん、うんと頷く。
綾乃さんにそっくりなやり方だな。穏やかで、優しい占い方なんだ。
「おばぁ、はっきり言った方がいいさー」
「綾香、おやめ」
「なんでさぁ?!この子のためにもならんでしょう?私は言うべきと思うよぉ。
このままだと『
「綾香!!」
綾子さんの叫びが響き渡る。みんながビシッと固まっているが、俺もだ。……好きな人と結ばれたら、死ぬ――だって?
「はぁ……言ってしまっては仕方ありません。あなたは、神と結ばれようとしている。それを殆ど自覚していますね」
「………………」
「芦屋様、あの……」
綾子さんに促されて、清音さんの手を握る。霊力が粉々に割れて、破片達が心に折り重なって……こんがらがっている状態なのがわかった。
言葉が出てこないほどのショックを受けて、心の乱れがそうしてしまってるんだ。
清音さんの横に座った白石は、目を見開いたまま完全に固まり切っている。
「清音さん、落ち着いて。今のは託宣の一部だし、綾子さんは最後まで話していない。予言というものは、確定ではないし、明確に言葉にしたのはそれを変えさせる目的なんだよ。
生きていく上で、いくらでもそれを覆せる。その心づもりで聞くんだ。そんな風に、絶望しなくていい。」
左手で清音さんの手を、右手で白石の手を握る。二人とも、手が冷たい。
「あしや、さん……」
「ごめんな、俺の判断ミスだ。最初から全部伝えるべきだった。
白石、しっかりしろ。お前が清音さんに神力を分けてやってくれ。俺じゃ奥底まで響かないんだ」
「……はっ……あ、す、すまん……」
清音さんの手を白石に渡す。白石は泣きそうな顔で俺を見た後、にぎった手に力を込めた。
……俺が、バカだった。白石のことを伝えなくたって、彼女自身の力を育ててあげていればよかったんだ。その人の人生なんだから手出しをしてはいけないなんて、どうしてそんな風に思ってしまったんだろう。
清音さんの霊力が育つには、この事態を受け止めるには……それが必要だったのに。
大切な白石が、俺の血族の清音さんがどうなるか……未来視さえせずに怖がっていたのは、俺だったんだ。
二人が手を繋ぎ、不安そうな表情で清音さんは白石を見つめる。
強く手を握った白石は笑顔になりきれないまま、彼女が首から下げたネックレスに口付けた。
「大丈夫だ。清音は守るって言ったろ?」
「白石さん……」
たくさんのあひる草文字が周囲に浮かび上がり、白く光るそれは輝きながら舞い落ちていく。
とっくの昔に清音さんは色々気付いてた。記憶がなくても白石のことがずっと好きだった。だから、こんな風にショックを受けてしまったんだ。
少しだけ落ち着いた二人を見つめ、綾子さんに続きを促す。綾子さんに拳骨をもらった孫の綾香さんは、頭を押さえて涙目になってる。
「孫には後でしっかり仕置きします。ご容赦を。
芦屋様が言う通り、未来は自分で作るもの。切り拓き、都合の悪い出来事は足の裏で叩きのめして退治してやりなさい。ここに居るお歴々の方々は皆、そうされて来ましたよ。
あなたに出来ぬはずがありません。解決策が必ずあります。私にはまだ、この話の先が視えないし、明言したのはその未来を変えるためです」
「……は、はい」
颯人が俺の手をそっと握ってくる。切ない気持ちになって、そのまま颯人の胸に顔を埋めた。
大きな手が俺を包んで、すっぽり覆って抱きしめてくれる。
「では、お伝えします。今の体で白石大神様と結ばれれば、あなたに眠る
清音さんが今持っている霊力は、口さがない言い方をすると貧弱です。能力の開花には発熱を伴い、それをコントロールして自分の体に定着するために霊力を消費します。……意味がわかりますか?」
「わ、私が、結ばれるという段階がよくわかりませんが……白石さんと付き合ったら死ぬ危険があると言う事ですよね?
自分の発現する能力で霊力を消費してしまうから、でしょうか」
「そうです。あなたの背負っているものはあまりにも大きく数が多い。白石様の結界も最後までは保ちません。守護神を顕現して、守ってもらってください。
そして、霊力を増やして開花する能力を少しずつにできるよう……思い人からは距離を取るんです」
「……はい」
「ばあちゃん、俺が降りるのではダメなのか?」
「白石さ……」
「ごめんな、清音に今まで何も伝えないでいて。……俺たちは300余年の時を知っている。
芦屋は伝説のヒトガミ、俺達杉風事務所のメンバーは五稜の騎士。国護結界を成した芦屋と共に、永く生きて来た神だ。
真神陰陽寮を立ち上げたのは伏見家と芦屋。全ての始まりだった裏公務員は、ここにいるみんながやっていた仕事だ」
「…………は、い」
「俺は今、俺自身が神として清音と依代の契約をできないか、と言っている。……ばあちゃん、どうなんだ?」
「……なりません。それはすでに思い人同士として結ばれていると同じ事。魂に憑いている犬神を降ろしていただくのが良い。
かわいそうだとは思いますが、あなたたちはしばらく距離を置かねばなりません」
「……そう、か」
「お、おばあちゃん、『結ばれる』というのはどういう条件ですか?具体的にお願いします」
綾子さんにガシッと掴み掛かった清音さんは真剣な顔だ。……なんか、颯人が笑ってるんだが。何でだよ。
「は、あ、はい?ええと、そうですね。言霊による契約が主になるでしょう」
「言霊を本人がこめていなくてもですね?言葉の意味により成り立つ契約、宣告……例えば『好き』『愛してる』『ゾッコンラブ』『アタシ好きかも』『あの人のこと気になるの』はどこまで適用ですか?また、誰に伝えた言霊がそれを成しますか?胸の中や頭の中に思い浮かべるのは?」
清音さんのあまりの剣幕に綾子さんが口を開けたままポカーンとしている。
さっき気色ばんでいた綾香さんも同じ顔、白石は真っ赤になっていた。
「記憶は?記憶操作された場合は?その言霊を吐いた後記憶を失い、その思いに蓋をされていたら?
……綾子さん、教えてください!」
「清音……お前、覚えてるのか?」
清音さんは綾子さんの肩を掴んだまま、自分の肩を震わせる。白石の差し伸べた手を振り払って、キッと睨みつけた。
「私が記憶操作されていることはわかっていました。おそらく、複数回かけられていることも。
私は生まれてからずっと自分に対して『害をなす』術、モノ、人に対する耐性・察知能力が異常に高い。
でも、記憶操作については力が強い方が施していますから、私の力が及ばず有効化していました。
色んな物が私の中に燻って熾火のように煙を出し続け、それでも身を焦がしてしまいそうな気持ちを感じていたんです」
「…………」
ポロポロと涙をこぼし、清音さんは綾子さんに抱きしめられる。しわしわの手に撫でられて、しゃくりあげながら泣き出した。
「それ……から、わたし。小さな頃から誕生日の日に嫌な夢を必ず見ていました。
大好きだった人に悪い事をして、騙して、殺そうとする夢です。
相手の男性は『いいよ、お前がそうしたいなら俺は受け入れる』って優しく言って、彼が目を瞑る」
「私は親に結ばれた婚約を果たし、お金に踊らされて、罪を犯し続けていましたがそこで我に帰る。……白石さん、私の前世であるあの人は、あなたの事が好きだったんです」
「寂しさを分け合い、冷えた心を温め合ったあなたを害した自分に恐怖して、絶望して。
目の前で首を掻き切って死にました。お金に執着して罪を犯し、自殺した私は今世ではお金を持てない。その業を背負ったからでしょう」
今度こそ、周囲で顛末を聞いてしまった人たちが完全に凍りつく。
「あれは、夢じゃなかったんですね。白石さんにそっくりな顔の人だと思ってた。だって、夢の中では何百年も前のカレンダーがかかっていたんです。あなたが人なら生きてないはず、白石さんじゃないはず、私が酷い事をしたのはあなたじゃない……とずっと言い聞かせていた。
白石さんの部屋にあった同じ模様の現代のカレンダーと、写真立てを見て悪夢を見ているようだった」
「き、清音……」
「喉を掻き切った後、あなたは私の前世の魂にこう言いました。『愛してる。生まれ変わったら迎えに行くよ、お前はあの人たちの墓には入れない。空が近くて、春には桜が咲き、夏には緑に満ちて、秋には紅葉があって、冬には雪が降る高い山に墓を立ててやる。お前、好きだろ?そう言うの』と。」
「………………」
清音さんの言葉は、俺たちが知っている先の言葉まで完全補完された。白石の真っ青な顔を見ると、その通りなんだろう。
沈黙が場を支配して、吐息まで重く感じる。
「おばあちゃん。一度だけ、抱きしめたら能力は発現してしまいますか?」
「……清音さん」
「…………おばあちゃん、教えて」
「おばあには、わからないさぁ。あんたみたいなかわいい子をおばあが救ってあげたかった。
でも、そんな事できるのは……わかるのは、この世で一柱の神様だけなんだよぉ」
清音さんのすがるような声と、綾子さんの切ない声が胸に突き刺さる。
綾子さんは俺に視線を送って来た。
……そうだね、時間稼ぎは俺ならできるだろう。
「清音さんに俺が能力封印の呪いを施せば、一時凌ぎにはなる。
自身の霊力が上がって依代となり神様にまでなれば、結ばれても問題なくなるんじゃないかと思うよ」
「八柱だとしたら、一気に降ろしたらそれこそ死んじゃうから時間が必要だ。
……何年かかるかわからないし、記憶・能力を強く閉じ込めてしまうのは〝術〟じゃなく〝呪い〟なんだ。
その作用は、清音さんの前世の記憶や今世の記憶にも効果を及ぼすだろう。全てを失うかもしれない。ご家族の記憶もだよ」
「かまいません」
俺が言い切ると同時に清音さんが立ち上がる。キッパリと言い切ったその顔は、どこか晴れやかだ。
「未来に希望をつなぐ、と言う事ですよね?」
「あ……そう、そうだよ。清音さん、その通りだ」
颯人が笑みを深め、俺をぎゅうっと抱きしめてくる。清音さんは絶望なんかしてない。事実を受け止めて、もう前を見てる。
それが、たまらなく嬉しい。
「本当に、其方にそっくりだ。魂の色も、心根も。愛おしい」
「うん……颯人がそう言うなら、そうかな。愛おしいのは異議なしだ」
「では、正式な礼をとりましょう」
「ほぇ?」
清音さんがワンピースの裾を翻し、背筋を伸ばして俺を拝する。正式な契約で俺が
神社の参拝と同じ、二拝・二拍手・一拝をし、手を合わせた。
――
──
正式な神との契約手順は古語でなされる。人と神との決まり事だ。俺が勝手に記憶を閉じ込める作用を弱くしないため、清音さんはこうして手順を踏んでいる。
清音さんと、俺の足元に白い輪が現れる。ほのかに光を宿したそれは清音さんの霊力によって契約が神に持ちかけられた証だ。
辺りが真っ暗になり、俺と颯人、清音さんだけが隔離された空間に閉じ込められた。
──
「…………ぷっ」
「ま、真幸。堪えるのだ、気が散じる」
「んふ……ふっ、ん゙ん。」
だめだ。吹き出してしまった。清音さんは得意げな顔で笑ってるんだけどさ。
『白石さんのデレデレな顔、見たくないですか?』と暗に言われているんだ。
面白すぎる。
しばらく腹筋と戦ってると、颯人が俺の背を撫でてくれる。……ふぅ。やっと落ち着いた。
──
俺にそっくりな顔して、そっくりな性格の清音さんとお互い笑みを交わし、手を携えた。
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