70 だから、さよなら

 現時刻、6:45。

 

 新年は明けたけど俺の心の中はめでたくない。いくら話し合っても結論が出ない。みんな疲れた顔して目を擦り、眠たそうにしてる。

 各地に散らばった神継達も集まり始めて、同じようにうつらうつらしていた。


 やっぱ、予定通りの話にするしかないって事だな。重いため息を落として、伏見さんの顔を覗く。

伏見さんも疲れた顔してるな。

 でも、俺と目が合うとにっこり微笑んでくれた。伏見さんの笑顔見てるとホッとするよ。


 


「空が昼のままだから微妙だけど、朝練やるからみんなで休んでてくれる?伏見さん」

 

「芦屋さんの体調は大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だよ。ちょっと頭の中整理するから、待ってて」

「はい」



 

 天照達が降りてきてから、ずっと日が上り切ったままだが本来は日昇の時間だ。颯人と決めた毎朝の日課は、ちゃんとしておきたい。

 ここから先、俺が朝練をできるかどうかはわからない。……最後になるかもしれないな。


 日が昇る東の方角に頭を下げて、柏手を打つ。天照たかあきが俺の様子を見て、空に手を翳した。

天が昼間から朝焼けの風景にじわじわ戻って行く。本当に規格外の神様だなぁ。



 彼は誰時かはたれどきの暗い空は薄く溶けた雲を浮かばせて、だんだんと朱色に染め、白い光が山々を照らしていく。緩やかに風が吹いて俺の頬を撫でる。

 

 日差しにまっすぐ向き合いながら祝詞を始めた。

ひふみ祝詞から、大祓祝詞。最初に習った二つの祝詞を丁寧に謳う。

みんなの視線を背中に受けて、心の中が澄んでいくのがわかる。


 

 

 俺は、心の奥底にいろんなものが沈んでいる。母を、親父を、他人と世の中を、自分を憎んで怨んで……諦めて生きてきた。

 

 諦めていたものを全て取り戻し、ちゃんとした形で俺にくれたのは、救ってくれたのは相棒の颯人だった。

その颯人がいなくなって、死にたかったのは本当なんだよ。

 

 伏見さんの神鎮めは見事だった。

俺の魂は、鎮められてしまったんだ。



 

 裏公務員以外の仕事は、〝頑張ったフリ〟をしていただけだったのかも、と今では思う。

 

本当に真心を込めて働けば、俺なんかに応えてくれる人達が、助けてくれる人たちが、こんなに沢山いる。


 だから最後まで頑張るよ。

 どんな苦難も受け入れる。

 俺は弱いから、すごく怖いし……寂しいけどさ。ちゃんと、やらなきゃ。


 

 

 祝詞を終えて、深々と頭を下げる。

 先人達に誓って来た、国護結界は成すことができた。

 

後は、親父たちの後始末をするだけだ。


 

 陽光を背負い、振り返って腰を下ろす。俺の決意に感づいた天照も、月読も眷属達も静かにしてくれてる。


 晴明と親父は目を閉じてしっかり抱きしめあっていた。

二人とも穏やかな顔して幸せそうだ。

好きな人と再会できて、ちゃんと分かり合えて……本当に良かったな。


 


 

「考えがまとまった。親父がした事は、全て俺が責任を持つ。

 道満、晴明は輪廻に戻って貰う。おそらく地獄からの出発になるだろう。

晴明は神社があるから、分霊して神様の形は現世に残してやってくれ」

 

「国護結界はすでに為されている。

 各地の神職さんが頑張れば永きにわたってそれを保持できる。

伏見さんは組織を使って結界を守り、土着させてあげてほしい。……後の事、みんなの事、お願いします。」


 伏見さんがハッとして、是清さんと目を合わせた後に眉を顰めた。


 

 

「芦屋さんは、どうするんですか」

 

「俺が今回の事件を引き起こした犯人として名乗り出る」


「なっ……な、何を言っているんですか!?そんな事したら芦屋さんは生涯幽閉……下手すれば死刑ですよ!!」


「うん。そうなる前に颯人を取り戻したかったけど、猶予があるかはわかんない」

 

「やめてください!!何故?どうしてそんな事を言うんですか!?まだ死にたい気持ちがあるんですか?!」

 

「死にたくはないけど、安倍さんの心の傷を癒すには、たくさんの命の鎮魂の為にはこれしかない。

 誰かが背負わなければならないごうなんだ。そしたら俺を犯人にするのが一番わかりやすいだろ?

安倍さんは神喰いしている。神様を沢山食べたら中毒になるんだよ。

『神様を食べたくて仕方ない』そう言う衝動があるよね、安倍さん」


「……はい」



 

 安倍さんが正座して、真っ直ぐに見つめてくる。目にいっぱい涙を溜めて、歯を食いしばっている。

 

 今もずっと神様を食べたい衝動に駆られてると思う。颯人の血を口にしてから、俺は甘いもの依存になってたからな。ほんの僅かな摂取で依存性があるなら、安倍さんの苦悩は相当のものだろう。

 

 魚彦の作ったタバコも、常用は厳しい。

一本くらいなら吸った人の浄化や、心を落ち着ける作用がある。でも連続して何本も吸うとヤバいんだよなぁ。京都の後から結構ヘビースモーカーになってたんだけど、絶えず摂取していても、どんどん足りなくなる。本当に怖かった。


 

 

「安倍さんは安倍晴明の子孫であるだけで、晴明がやったことのツケを払い続けてる。それなら、道満の子である俺もまたそうするのが道理だろ」

 

「ふぅん、自己犠牲の精神か?」


 

 天照があぐらを描いて、不機嫌そうに扇で膝を叩く。月読も嫌そうな顔してる。そう言うところ、颯人にそっくりだな。



  

「当然のことを言ってるまでだ。

 国護結界は今のところ俺が要である以上、死刑にはできないだろう。土着させるには時間がかかる。

幽閉されてもいいが、今まで通り働けばいいかなと思うよ」

 

「真神陰陽寮から離れて、犯人として顔写真を公開して。道ゆく人に石を投げられでもしながら仕事をすればいいんじゃないか?

呪いの浄化は背負う人の苦難が必要だから、時間がかかる。俺が仕事を続けていくうちに神継が育つだろう。

 俺の眷属になった神様も、天照たかあきも、月読も代わりに依代になれる人が出てくる。そこまでは、俺も頑張れると思うんだ」


 

 

「そのような事、ワシが許すと思うてか!!」


 魚彦が怒りを露わにして立ち上がる。そんな顔してるの初めて見たな。

 

「許さぬぞ。人に憎まれるじゃと?そんな事あってはならん!

 ワシは真幸以外に依代など要らぬ。第一眷属として申し上げるが、他に継がせるなどお断りじゃよ」

 

「魚彦、俺の頼みでもダメか」

 

「駄目じゃ。真幸は颯人を取り戻し、ひーるの蘆屋道満を地獄に送った聖人として君臨せねばならぬ。

 偉くなるのが嫌なら常人つねびとに触れねば良い。神として高天原に登り、天上から世を守れば義理は果たせよう」


 

「っ……魚彦殿、それは駄目です。

僕たちは芦屋さんからは離れません。

どうしてもと言うなら決闘を申し込ませていただきます」

 

「ワシは腐っても少彦名命スクナビコナノミコトじゃ。神の序列はかなり上じゃぞ。伏見など相手にならぬ」

 

「やってみなければわかりません」



 

 魚彦と伏見さんが睨み合い、痛いほどの沈黙が広がる。ピリピリした空気の中で、鬼一さんと星野さんが双方を抑えた。


「伏見さん、我々人間の欲望を押し付けるのは良くないのではありませんか?」

 

「星野、違う。伏見が言ってるのは真幸が本当は現世に居たいからだ。真意を知っているからこそだろ」

 

「真幸はどうしたいんや?わからん、ほんまにわからん……なんも視えん」

「妃菜……」


 みんなが俺に視線を送って来る中で、それに応えず……ただ、真っ直ぐに天照を見つめる。


 

  

「……はっ、あっはっはっ!!なるほど、なるほど、吾の依代は予想以上だ!」

 

「兄君、そのように振る舞われては真幸君に嫌われますよ。僕たちを頼りにしてくれたのに」


 天照が笑い泣きしてる。そんなにおかしかったかな。月読は完全に理解してる感じだ。さて、狙い通りに話してくれるかな。


 


「真幸、お主は本当に面白い。嘘にならない嘘をつき、酷い仕打ちを掲げもして。場を混乱させ、最上神である吾にものを言わせるつもりだろう。

 さすれば皆が納得せざるを得ぬ。策士よな」

 

「分かってんなら言うな。クソ、台無しにしやがって」

 

「はぁ……いいぞ、背筋が凍りそうだ。

颯人を取り戻すために呪力まで使い、天界を統べる吾に向かって言霊を植え付けるとは、たまらぬ。その昏きまなこに惚れ惚れするな」


 みんながぽかんとしてる。あー、もうこのまま行くしかない。

天照、役目を果たしてくれ。日本国の最高神として、な。



 

「応。では天神あまがみ裁きと行こう。紙にでもしたためるか。月読、筆を持て」

「はい」


 天照が胸元から大きな巻物を取り出して、月読から筆を受け取りサラサラと紙に筆を走らせた。


 


 ──日本転覆を謀った蘆屋道満は天照大神、月読命、安倍晴明を呼び寄せた芦屋真幸が打ち倒し地獄へ送った。

 国護結界を張り、日本に安寧をもたらしたが、芦屋真幸は自らの親である蘆屋道満の罪を償うために、以下の事項を誓約する。


 

 1 颯人を取り戻し蘇らせ、三貴子みはしらのうずのみこを現世に顕現し、命ある限り日本国の安寧をたすける。


 2 颯人を取り戻すため、そして道満の行いにより失われた命、穢された者の浄化のために以下の善行を課す。


・出羽三山神社への御百度参り

 残された呪いをその身に宿し、此度の戦で失われた魂の鎮魂、呪いの解呪のため蘇りの山へ百度登る。輪廻の輪に正しく魂を戻し、安倍在清の神喰い中毒を治癒する。

 

・御百度参り終了まで、女子として姿を成し、現世の者とは目と心と言葉を交わしてはならない

 

・颯人を取り戻した後は世の平穏の為隠居し、独立する事。本人は決して社会評価されてはならない

 

・人としての生を捨て、正式に神となり、高天原に籍を置く

 

 以上の項目が一つでも破られれば颯人は取り戻せずとする。

 



 

「こんなものか?」

「異議あり。なんで女子にならなきゃなんだよ。真犯人にしないのは何でだ」

 

「真幸は巫女として吾を降ろした。その姿形を暫し固定せねば、吾と月読が移ろうのだ」

 

「真幸くん、人に嘘の罪で負の感情を持たせるのは駄目だよ。

君自身の荒御魂が刺激されるし、神に悪意や石を投げればその人の業になる」

 

「……わかった。御百度参りが終われば男に戻っていいんだよな」

「そこは好きにするがよい」

 

「んじゃこれでいいよ」

 

「ま、待ってください!何言ってるんですか!?ツッコミどころが多すぎる!!」



 

 伏見さんに振り返り、出来るだけ悪い顔して嗤う。親父のを散々見てたからな。上手くできてるだろ?

  

「伏見さん、俺は颯人を取り戻して、偉くなりたくない。仕事もしたくない。それだけなんだ。自分勝手で、傲慢で、嫌なやつだろ?

 やる事はやるから、見逃してくれ。

 馬車馬はもう懲り懲りなんだ。組織の駒にはなれない」

 

「芦屋さん」

 

「本当だよ。俺は颯人を殺されて呪力を得たし、生まれた時から呪われていた。

 元々こう言う汚い人間なんだ。隠居したら遊んで暮らそうと思ってるよ。

温泉とか行ってみたい。沖縄で海を見るのもいいなぁ。あちこちをフラフラして、神様たちに全部任せちゃおうかな」


「芦屋さん!!」


 伏見さんの叫びが胸に刺さる。

 誤魔化せないか……。

 ダメだよ、口に出しちゃ。



 

「と言うことで、親父と晴明は大人しく成仏して」

 

「待て。オレにもわかるぞ、真幸の意図が。ずっと傍にいたのだ、お前はそんな人となりではない。心のうちの憧憬は本物だったし、術を教えろとしつこく言って必死で幾つもの術を身につけたのだ。どうしてそう全てを一人で背負おうとする」


 

 晴明まで眉を顰めてる。この先は聞かせないほうがいいな。三文芝居は誤魔化しようがない。中途半端だけど仕方ないか。 

 伏見さん一家、神継のみんなに眠りの術をかける。パタパタと倒れ込む音が続き、沈黙が訪れた。

 

 本当に散々な新年だ。俺はこれからずっと寂しい思いをするんだぞ。やだな。大村さんになまずちゃん貰いたかった。



 

「晴明、香取神宮で言ってただろ。お前自身の足で立てって。

 これはその始まりなんだ。俺は、愛されてる自覚がちゃんとある。伏見さんにも、鬼一さんにも、妃菜にも、星野さんにも大切にして貰ってる。

 神様や妖怪にもたくさん勾玉をもらってるしな。でもそれじゃ、俺が大好きな人たちが自分の足で立てないんだ」


 道満倒して、大円団の後飲み会してさ。どうも組織のエースです、俺がヒーローですって言うのもちょっとだけ憧れては居たよ。でも、それじゃみんなの未来がダメになってしまう。



 

「某が穢したアリスの浄化はそれで為せるのか?」

 

「うん、大丈夫。俺の血で血清を作って投与すれば体も落ち着くし、沢山の人の怨念や悲しみを背負った俺が御百度参りをする事で浄化になる。迷える魂たちを輪廻に戻す目的だから、行き先が出羽三山神社になったんだと思う。

 俺の苦労する姿を見て、安倍さんはちゃんと心の整理をしてくれる。

俺に命をくれた親父にも、これで報いれるだろ?」

 


 

 晴明も親父も苦しそうな顔になってしまった。そんな顔、しなくていいよ。

 俺は大丈夫。大切な人たちを立ち上がらせてこの国を守っていく。縁の下の力持ちとして。

元々そうしようとしてたし、予定通りだ。何もおかしい事はない。


 表舞台に立たないのは、俺に頼り切った人たちが……暉人が助けようとしたおばあちゃんのように、助けてばかりでは歩く力を無くしてしまうからだ。

俺、神様になっちゃったから、出来ちゃうんだよそれが。


 みんなに大好きだって言ってもらえて嬉しかった。小さな頃に受けた傷はみんなに癒やしてもらったんだ。それなら、それを正しく恩として返したい。


 


「真幸……すまん、某のせいだ」

 

「否定はしないよ。でも、俺はもう恨んでない。みんなと離れる決心がついたのは、親父のおかげだから。二人で仲良く地獄巡りしてきなね。後でイザナミにも良く言っておくからさ。ようやく好きな人と一緒になれたんだから、幸せになって欲しいんだ」

 

「うっ、く…真幸……すまん、すまん……」


 

 青年姿のままでふらふらと立ち上がり、親父が両手を掲げてやってくる。

お互いしっかり抱きしめあって、背中を叩いた。

 泣き虫なのもそっくりか?しょうがない人だな。

大丈夫、親父のヒール役はやりすぎだったけど、俺は誰も傷つけないでそれを引き継ぐからさ。うまくやるよ。



 

「真幸、お前の名前を考えたのは某だ。今度こそ心から真実の幸せを願おう。晴明と二人、地獄で罪を償う。……もしまた会えたら、お前にも恩を必ず返す」

 

「そんなの何千年先になるかわからんだろ。生きてるかわからんしなぁ」

 

「生きている。お前は死ぬことはない。ありがとな、息子殿。某もお前に救われた」

 

「そりゃ良かったよ。もう行きな。日が上りきるぞ?あの世とこの世の境があやふやなうちに行かないとだろ」


 

 晴明と道満二人が手を繋ぎ、微笑みあって清らかな朝日に向かう。風が吹き、ポニーテールに結んだお揃いの飾り紐が解けて髪が舞い上がる。

太陽が二人を白く染め、体が溶けて消えていく。


「真幸、ありがとう」

「地獄から見守ってる」


「あぁ、そうしてくれ。……またな」




 握り合った2人の手が、最後にぎゅっと力を込めたのが見えた。


 


「真幸くん、君は凄くいいね。悲しい宿命さだめを持ち、憎しみを持っても正しくあろうとする。

 全て解決して、全て綺麗にまとめてこの国を守ったのに……この後開かれるであろう祝賀会で誉めそやされもせず、神として孤独な旅を続けていく覚悟を持ったんだ」

 

「あぁ、とてもいい。犠牲ではなく真幸自身の欲求がそうさせるのだ、と思うとな。

眷属達に意思疎通をさせなかったのはその目的を達するためだ。元々そのつもりで居たのだろう」



 

 月読が飾り紐を拾い上げ、天照が俺の髪に結びつける。……派手だな、黄金色こがねいろだぞ?俺には勿体無い代物だ。


 

「なっ……そうなのか、真幸!?」

「うん。俺は、魚彦達まで手放すことなんかできないよ。酷いこと言って嫌な思いさせた。ごめんな、魚彦」


 

「……な、何故じゃ、何故幸せな道を選ばぬのか。伏見の顔を見ただろう、鬼一が泣いていた。星野も妃菜も、在清もお主の心を分かっている。

 あやつらは自分の意思で立ってくれるじゃろうに。そばに居る事を選ばないのはどうしてなのじゃ……」

 

「違うんだ、魚彦。俺がそうできないからなんだ。俺、凄く弱いからダメなんだよ」


 

 

 俺はきっと無為に助けてしまう。

 あの時の暉人みたいに走り出して、みんなが自分で立つ前に傷を癒して優しくしたくなってしまう。


 特別で、大好きで……伏見さんが言うように体の熱を分け合う距離から離れたくないから。

 

 みんなを守りたいあまりに人々の信仰を集めて、危険がない様に規則を作って、縛ってしまうかもしれない。俺は頑固で頭が硬いからさ。


  

 国護結界を張ったって、天変地異が収まるだけだ。経済も、政治も、国のみんなの生活もこれから立て直していかなきゃならない。全部俺が手を出したら、本当にダメになってしまう。

 

 それこそ国家侵略だろ?

 一神教はやめた方がいい。日本には八百万の神がいるんだからさ。

みんながみんな、神継と同じく自分の心に神様を宿してるんだ。


 

 ハロウィンも、クリスマスも、お正月も、イースターも楽しむ日本のままで居て欲しい。

宗教で侵略されたはずが、全部が混じって色んなものを楽しんでるのが良いんだよ。

 こういう所が日本人って面白いし、大好きだ。それを無くしたくない。



 

 だから、さよならするしかない。

 俺は社会から去って、人に評価されずに黙々と仕事をする。人間とも極力接触しない。本物の神様はみんなそうしてきているんだから、見習わなきゃ。

 

 誰が助けたかわからなければ、こっそりなら助けても良いだろ?俺が唯一の寄る辺になってはいけないんだ。

これを話したら魚彦はみんなに言っちゃうよ。俺のことが大好きだから。



 

「……わかった。そう決めたなら真幸に従う。もう、嘘にならぬ嘘はつかんでくれよ?わしらは家族なんじゃから」

 

「家族か……うん、そうだな……。

さて、まずは新しい庁舎を作って、お百度参りの準備だ。あと、研修の資料を作り上げて、国の造り直しが軌道に乗ったら……完全に関わりを断とう」


 


「真幸がさびしいのは、いや」

 

 胸元から累が声をかけてくる。

 鈴を転がすような可愛い声だ。


「喋れるのか?累」

 

「晴明から受け継いだおとうさんが消えたから、真幸が私の継承者になった。真幸が強いからしゃべれるの。

 あのね、超常達は真幸を嫌いになれない。人間は誤魔化せるかもしれないけど」


 

「そうか。累はずっと一緒にいてくれるのか?」

「いる。ずっと一緒にいる」

「そっか、なら……寂しくなんかないよ」



 嬉しくて、切なくて、涙がポタポタ溢れてくる。涙を拭いて、みんなの元に歩いて行く。


 

 

 目を瞑ったままの伏見さん、鬼一さん、妃菜、星野さんに安倍さん、是清さんと真子さんの手に触れる。

 

 もう、触れられないからさ。最後くらいいいだろ?

 

 伏見さんの懐に、いつかもらった黒いカードを差し込む。

これのおかげで大飯ぐらいの神様達と暮らしても平和だったんだ。

 これは俺だけが持ってる。伏見さんが苦労して、俺のためだけに作ってくれた物だった。


「今までありがとな、伏見さん。人間としての相棒は、伏見さんだけだよ」

 

 

 みんなとマンセル組んで、美味しいもの食べて、笑い合った日々は宝物だ。

俺はみんなに出会えて幸せだった。

永く時が経っても、絶対忘れない。

 


 

 

「行こう、みんな」

「真幸君かっこいいね」

「月読はちゃかさないの」

 

「家は引っ越しせねばならんな。一軒家を建てるのだ、そこで仕事をやればよい。吾らだけが暮らす神の棲家だ」

 

「いいね、古民家でもいいかな。結構貯金あるし、海のそばにでも住むか」

 

「わしはがす釜で炊いたご飯が好きなんじゃが。まんしょんは使えなかったしのう。すとーぶで焼く餅も好きじゃ」

 

「魚彦!!そりゃいいな、両方買おう」

 

「俺ぁ、なんも言えねぇ。天変地異が起こらんなら、もうずっとお前のとこに居るからな」

 

「ワイも!地震を抑えてやるし、お前さんの寂しさも抑えてやる」

 

「うん。暉人もふるりも傍にいてよ。俺、さびしんぼだからさ」


 

 

「オイラもいるからなァ。お百度参りとやらは交代でついてくぞォ」

 

「ごめんな、ラキ。全然遊べてないもんな……頼むよ。ヤトもよろしくな」

 

「ワフ!任せロ!布団で毎晩もふもふさせてやル」

 

「それはとってもイイ!楽しみだな」


「ぼく、あるじ様をずっとずっと支えてあげる。だから、どこにもやらないで」

 

「赤黒もずっと一緒だ。どこにもやらないよ」


 

「真幸は、大和心を宿しておるのじゃ」

「ククノチさん、大和魂じゃなく?」

 

「そうじゃよ。人のためを思い、苦難が訪れても穏やかで優しくある。大和魂は勇ましいが大和心はあたたかさじゃ。

 優美で儚く、そして柔軟性があり……打ち倒すのではなく受け止め、清い姿を持ち続ける。現世の今にも受け継がれる、日本の心じゃな」


 

「かっこいいな、それ。でも浮世草子で同じの見たことあるぞ」

 

「何じゃ、知っておったか。ほっほっほ」

 


 ククノチさんは本当にお茶目だな。

 みんなで手を繋ぎ、目を閉じる。



最後の雫をこぼして、俺たちは伏見さんちの大社を去った。

 


 




 

 

 

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