第30話 国護結界を繋ぐ@三重県 その1


「う…うー…」

「私は平気やで!!!!!」

「…立てはしますね」

 

「が、がんばれー」

「少しはマシになったな」


 現時刻 11:30 。伏見家に別れを告げて、三重県伊賀市の大村神社に転移術でやって来た。鬼一さんも合流して今日は四人組でお仕事するみたい。

 星野さんは次からなのね…なかなか焦らすな…。

 

 妃菜はだいぶレベルが上がったみたいだ。転移術に当てられず、しゃっきり立ってピンピンしてる。

 伏見さんは顔色が悪いけど立ててるから問題なさそう。鬼一さんは膝を折ってるからもうちょいかな…。

 

 最初から何ともなかった俺は、その大変さが分からなくて…なんかごめんよ。

 颯人はまぁまぁ厳しい事言ってるけどちゃんとみんなを観察してくれてる。俺の師匠は優しいな、ふふん。


 麓の入り口にみんなで立ち並び、こんもりと広がる森を眺める。

 緩やかな坂道参道の石階段は人々の歩みを受け止めて角が丸くなり、両脇に石灯籠がずらっと立ち並んでいる。入り口に大きな鳥居。ここの鳥居は新しいのかな。ピカピカだ。

 

 


「まぁー、ロマンチックねぇ、ここにあかりをともしたらとっても素敵じゃなーい?」

「ホンマやな。あ、ネットで見たら灯りつけるお祭りあるんやて!わー、ええなー」

 

「キャッ!見て!!灯篭にハート!!」

「わー!かわいい!ええね、ええね!」


 

 妃菜がキャッキャしながら飛鳥大神とはしゃいでる。

 二人してチラッと俺に視線を寄越して、すいっと逸らされた。

 うーむーんー…まんじりともしないこの感じ…。気まずい。

俺たちの間を何度か鬼一さんの視線が行き来して『ぽむ』と肩に手を置かれる。…いつもの生暖かい眼差しだ。


  

「…真幸…何かあったんだな」

「鬼一さん!何っにも聞かないでくれ」

 

「そうか、そっちか。出張のたびに一悶着あるな…お祓い、してやろうか?」

「割と真面目にした方が良いかもしれませんね」

「う、うーん…うーん…」

 

 伏見さんと鬼一さんに言われて、ますます苦い気持ちになる。

 そ、そんな、忌み嫌うようなものじゃないし。

 妃菜はその…綺麗な気持ちでそう言う…アレだったし。気持ちは嬉しかったんだぞ。



 

「もー、何してんの?さっさと行くで」

「男共!置いてくわよッ!」


「「「はーい…」」」

 

 サクサク石段を登っていく妃菜を追って神社に向かう。

 参道の途中で鬼一さんと伏見さんは本格的な防音結界を張り、話し始めた。

 妃菜には伝えなかった秘密結社の話を含め、全て伝えるようだ。

  

 鬼一さんは俺の巫女舞の話で真っ青になり、勾玉を渡そうとした伏見さんのやり方を聞いて真っ赤になったり、妃菜にはまだ秘密結社の話をしていないと告げて最終的にはしょんぼりしてる。



 

「俺は鈴村にも話すべきだと思います」

「俺もそう思うけど、伏見さん逆になんで話さないの?」


 伏見さんが深いため息の後、飛鳥と参道の先ではしゃぐ妃菜達を見つめる。


  

「…彼女自身の問題ではないんですよ。親類縁者に神社庁所属者がいます。星野もです。

 我々裏公務員はどこかで神社庁と繋がっている者が多い。今回星野を留守居にさせた理由もそれです。もう少し探らなければ」

「親類縁者…身内って、どこまで関与してるの?」

「鈴村の遠縁には一派の末端、星野は中務本体に兄がいるんです…」


 えっ、えー…マジかぁ…。

 妃菜は微妙なところだが、星野さんの…お兄さんがいるのか。しかも中枢に。


 

「それなら逆に利用すりゃいいんじゃないのか?星野は…うーん。正直俺もそこまで仲がいいわけじゃねぇしな…」

 

「星野さんは最初から悪い印象はなかったけどなぁ。どうなのかなぁ…」

 

「二人共もう少し時間が必要ですよ、どちらにしても。」

 

 段の途中でこちらを振り返り、汗をハンカチで拭いてる妃菜。

 俺は、妃菜を信じてるけどな。

 伏見さんがそう言うなら少し時を置こう。


 

 


「大村神社到着やで!苔むして立派な鳥居やなぁ」

「ほんとだ。綺麗だな…」


 石造りの鳥居は苔むして緑色に彩られ、額束がくつかには立派な金文字で『大村神社』と記してある。しっかりした結界もあるし、参道も綺麗に清められてるし、大切にされてるいい神社だなぁ…。


 鳥居の前で一拝してくぐり、手水舎で手と口を清めて本殿に参拝する。


 初めまして、大村の神様。今日は要石に国護結界を繋ぎに来ました。社もきれいにしますからね。

 お騒がせしますが、よろしくお願いします。


 

 

 よし。さて、どーするんだっ!?

 神主さんはいずこに??


「神主が今お茶菓子を買ってくださっているそうで…メッセージが来ました。そこいらを散策し来ましょうか」

「おん…もう連絡してくれたのね」

「はい」


 お茶菓子買ってくれる神主さんか。なんか親しみやすそうでよかったな。

 秘密結社はもう動かしてるみたいだ…確かに伏見さんは仕事が早い。


 

 サクサク砂利の上を歩いて周りを見てみる。観光気分になってしまうぞ。

 虫食いのつりがね…えっ、怨霊に齧られたって書いてあるけど…怨霊って齧るの??貴重な文化財の鐘を誰でも衝ける!?大丈夫なのか!?

 重要文化財の建物もあるのかぁ…歴史が古いんだなここは…。

 はっ!ナマズの置物が沢山!!

 ゆるキャラっぽいナマズ達がいろんなところに置いてある。きゃわいい!!!



 

「なまずー!かわいいな!これ売ってるのかな…欲しい…」

「願掛けナマズとして販売されていますよ。小さなお守りもあるようです」


 伏見さんがスマホの画面を見せてくる。

 何これ!!欲しい!!!

 黒いナマズがニュルンとした感じで形作られ、たらこ唇が赤くて目玉がきゅるんとしてる。お守り!お守り見て!!めっちゃ可愛い!!絶対欲しい!

 

 ここはとても素晴らしいな。灯篭のハート模様はまぁうん、アレだけど。女子ウケ狙いなのか、神主さんの趣味なのか分からんけどとにかく可愛いがいっぱいの神社だ。


 


「かわいい…かわいい…はぁぁ」

「真幸はやたら可愛いもんが好きやな」

「もふもふしてるのも好きですよね」

「小さい生き物も好きだよな」


「だって可愛いだろ?見てくれよこのつぶらな瞳…はーかわいい」

「ナマズなら奥にもいるようだ」

「ほう、どこですか颯人さん」

「要石の社の脇にいる」


 スタスタ歩いて要石の社へ。

 ああー、ここにもナマズちゃんがいる。

 お賽銭箱の上にたくさんのナマズたち。

 社の手前にナマズの大きな石像が鎮座している。両側にいるのかこれは。狛犬ならぬ狛ナマズ????

 …水かけ鯰…あ、願掛けなのねこれも。


「杉の葉で水を清めてるんだ…こう言う使い方もあるのかぁ」

「奥に杉の霊木もあるな」

「へぇー…」


 

 とりあえず願掛けはやめておこう。

 参拝客の分まで幸を吸い取りそうな気がしてしまう。…俺がテンション高い時は気をつけようって颯人と話したんだ。

 チラッと颯人を見上げると、うむ、と頷かれる。ふー、セーーーフ。


 

「おっ、ここにおったんですな」

「あっ!もしかして神主さん?」


 わっはっはー!と快活な笑いを浮かべながらやってきた紫袴姿の男性。

 おぉ…暉人あきとみたいなヒゲとわさっとボリュームのある髪の毛。

 なんと真っ黒な眼帯をしてる。宮本武蔵みたいだ!カッコイイ!!!



 

「やあやぁ、出迎えが遅れてしまいましたな!まずはお茶でも飲みましょう。ちと相談があるんですわ。

 道は渋滞せんかったですか?えらそうや。さあさあ奥の社務所へどうぞ!」


 俺の背中をグイグイ押しながら社務所へ向かう神主さん。車じゃなかったから渋滞はないんだ、うん。

 えらそう、って…颯人か? 


 

「芦屋さん、三重県の言い方です。えらい、は疲れたとかしんどいとか言う意味もあります」

「なるほど??」


  伏見さんは相変わらず俺の頭の中が見えるんだな、もうそう言うことにしておこう。

 社務所にお邪魔してみんな椅子を出されて座る。テーブルに沢山お菓子を並べて、神主さんがお茶を淹れはじめた。優しい…。

 

「お手伝いしますねー」


 

 あっ!先に妃菜がお茶のお盆を持って手伝い始めた。くっ、ゆるキャラについて仲良く話したいから手伝いたかった…むむ。

 

「おおきに。なんや若い娘さんがいるなんてやらしいなぁ」


 神主さんの言葉にびっくりしてしまうが、伏見さんと妃菜はニコニコしたままだから口をつぐむ。なるほどこれも三重言葉だな。


 

 

「ふふ、三重の言葉は私もよう知ってます。照れんでもええのに」

「あっ、ごめんな。つい言うてしまったわ。あんたも陰陽師なんか?」

「そうです。ここにおるのはみんなそうなんよ」

「ほぉー?」


「はい、偉い人からね。颯人様と真幸」

「いやいや、俺は偉くないだろ。ありがとう」

「実力順やろ?はい次伏見さん〜」

「ぬぅ」

「次は鬼一さん〜」

「くっ…」


 妃菜が絶好調だ。今日はツンデレを極めている。飛鳥とお茶で乾杯してるんだが、大分テンションが高めだな。



 

「さて!私が神主の大村です!では国護結界をつなぐと言う話でしたな?真幸さん言うんか?あんたがするんやな」

 

「ヒェッ?!は、はい!芦屋真幸と言います。あの、大村さんは伏見さんからお話を?」

 

 大きな瞳でじっと見た後大村さんがニッカリ微笑む。なんだろう、俺は大村さんにときめいている。いちいちカッコいいんだ。 


「はい、お聞きしました。今日はよろしくお願いします。あとは…」 

 

 大村さんはお茶をずずっと啜りながら俺たちの顔を見渡し、伏見さんを見て目を細める。


  

「あんたが伏見の坊か、ええ顔しとる」

「は、恐縮です」


「伏見のお父ちゃんからも久々に連絡貰てな、嬉しいことや…うちの要石に繋いで『繋』にしてくれるなんて…生きてきてよかったです。嬉しいて嬉しいて…はぁ…」

「あわわ…大村さん…」


 厳ついお顔から涙がぽとぽと落ちて、頬と額が真っ赤に染まる。

 ハンカチを差し出すと、ゴツゴツした大きな手で両手を握られて「ありがとう」と繰り返しつぶやかれてしまって、胸がキューンとしてくる。

 何だよぉ…俺まで泣きそうになるだろ…。なんて良い人なんだ。


 

 

「真幸さんみたいな尊い人が産まれたんは、神さんの巡り合わせや。本当にありがとう…」

「そんなに喜んでくれるなんて…それであの、相談の話を先にお聞きしてもいいですか?」


「あっ、そうでした。あんな、皆さんが来ると電話もらった日にこれがポツーンと置いてあったんよ」


 大村さんが涙を拭って胸元から袱紗を取り出す。

 

 待ってーすっごく嫌な予感がする。

 受け取って、ちらっと覗くが…はい、うん。


「…どう見ても勾玉なんですよ」


「「「………」」」

「ならぬ」

「颯人!まだ何にも言ってないだろ?!フラグを立てるのヤメテ」

「ぬ…そうか」


 

 

「こりゃ神様の勾玉かと思うんです。しかし主祭神にお聞きしても、知らんの一言でして」  

「あー、はい、うん。間違いなく神様の勾玉だと思います。見覚えがあるので」

 

「ほ?真幸さんは勾玉をお持ちですか?」

「はい。ちなみに主祭神の大村神おおむらのかみでないなら、どなたのなんでしょうか?」

「うちは沢山お祀りしてましてな。分からんのですわ」


 

 ワーオ。誰のか分からない勾玉〜。

 誰だ適当にポツンと置いたのは!!


「配祀神は武甕槌タケミカヅチ経津主神フツヌシノミコト天児屋根命アメノコヤネノミコトでした。合祀神は応神天皇など17神ほどいましたが」

 

「鬼一さん…珍しいな…」

「酷いこと言うなよ」

「ごめんて」


 

 こう言う発言するのは俺か伏見さんだったからさぁ、ちょっとびっくりした。

 勾玉の色は紅赤。こりゃ…火系の神様じゃないか?

 

「颯人、どう思う?」

火之迦具土神ヒノカグツチノカミの匂いがするが、よく見てみよ。混じっている」


 颯人に言われて勾玉をよーく見てみると、確かに濃い緑色がマーブル模様になって混じってるな…二柱分ってこと?そんな事ある?


 


「今日の星の巡りは鬼一だ。神降しすればわかるだろう」

「えっ!?」

「ほー、なるほど」

「だから珍しい発言したんやな」

「颯人様が仰るならそうでしょうね」


 俺たちが颯人を見てると、大村さんがハッとして立ち上がる。…そう言えば自己紹介する暇、なかったな。


 

「颯人様…?はっ!?もしや神様なんか!?」

「そうだ。名は伝えぬが真幸のばでぃであるぞ」

「はぁー!そうでしたか…ありがたや、ありがたや…」


 大村さんが立ち上がって颯人に頭を下げる。あっ、参拝する気だ!

 背筋を正して、颯人に向かう大村さんの脇に捌ける。


 パン、パンと柏手を打った瞬間、かなり強い振動がビリビリ伝わり、凄烈な圧力が広がった。

 す、すごいぞ!?大村さんめっちゃ強い!!



 

 シワの刻まれた手から音の余韻が生まれ、手を擦るたびにそれがわんわんと音を立てて波のように押し寄せる。

 


「ほう、なかなかだな。よい霊力だ」

「はぁっ!お褒めいただき恐悦至極!いやはや、では神降しですかな?」

「そうだ。鬼一、お前に神を降そう」

「えっ?!本当に俺ですか!?」

 

「そうそう、そう言う話してたんだ。ヤトノカミの使役は俺が引き受けるよ」

「ほう、ヤトノカミ…ならば剣客ですな」


 大村さんの目が鋭い光を帯びる。ハッとした鬼一さんが居住まいを正した。

 大村さん、もしや剣客なの?そして隻眼なの??かっこよすぎんか??やはり武蔵か。



 

「とりあえず神さんに聞かなあかん。もしかしたら真幸に降りたくて勾玉よこしたんかもしれんし。私の時みたいにな」

「そうねぇ。ま、私は妃菜と仲良くなったしいいけどぉ」

「せやろ?ガールズトーク楽しいもんな」

「そうね!」


 

「はー!こっちにも神さんが!?ちいこいな」

「せやけど偉い神さんなんよ。」

「はー、へー!都会の人は違うんやな…あっ、こうしてはいられん、準備しましょう!」


 バタバタ走り出して準備を始めた大村さん。さてな、何が出るやら。


 

「ヒノカグツチは確定だ」

「颯人、鬼一さんにプレッシャー与えないの」

「だだだだ大丈夫。俺は強くなりたいんだ!どんとこい!」


 ガタガタ震えて鬼一さんは汗だくだ。

 大丈夫かなぁ…。


 

 

「あっ、審神者は真幸さんですかね?」

「それはやめましょう」

「せやな、月読命ツクヨミノミコトの名前あったし」

「それはまずい。やめよう、うん」


「ほ?さいですか。ではとりあえずの神の杉あたりでいいですかな」

「それがよい。あそこは力場になっているだろう」


 

 颯人がくっついてきて、また顔をすりすりし始める。

 

「何してんだよっ?!人前だろ!」

「神避けだ。これ以上好かれては敵わん」

「ちょ、もう!首はやめろ!くすぐったい!魚彦呼ぶぞ!」

「今日はなるべく我だけにせよ、と伏見が言っていただろう。ならぬ」

「ぬうう…」


 

 されるがままにむにむにくっつかれる俺を、裏公務員たちが生暖かい眼差しで見つめていた。


 

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