第6話 その手の向こう側

 ──マズイな……。


 テリーの出血量は自分の想像を超えていた。

 着ていたシャツを脱いで、それで傷口を縛ってみた。出血は若干はマシになったようだが、すでに力が入らなくなっている足では立つことも出来ない。仕方なくテリーは救助が来るのをこの場で待つ覚悟を決めた。


 最初に比べて痛みはかなり薄らいだが、おそらくは痛みを感じる神経がおかしくなっているのだろう。

 それだけではなく身体全体の感覚が鈍い。腕も神経を手繰るようにしないと自分の意思で動かしている感じがしない。

 視界も見えてはいるのだが焦点がぼんやりとしていて定まらない。

 耳の奥でキーンという音が鳴り続けている。

 最悪の事態が脳裏に浮かぶが、精神すらも麻痺しているようで、恐怖も焦りもなかった。


 ただ思うのはマチルダの事だけ……。

 今ではなく過去──遠い遠い昔の思い出。

 彼がまだ幼く、彼女もまた等しく幼かった頃。


 隣に引越してきたマチルダは美しい少女だった。

 透き通るような白い肌。

 ブロンドの長い髪。

 すらりとした手足。


 テリーの初恋はマチルダと出会った瞬間だったが、それが初恋だったと意識したのはずっと後の事だった。


 無邪気に距離を詰めていく二人。

 それは最初から決まっていたかのように自然に。


 やがてアンソニーが加わり二人はお互いを異性として意識するようになる。

 しかし、テリーが自分の気持ちに気付いた時には、すでにこれ以上踏み込む余地の無い程に二人の距離は縮まっていた。


 そテリーは想いを伝えられないまま三人はハイスクールに上がる。


 二人が互いに惹かれ合っている事は周囲の目にも明らかだった。


 敬謙なクリスチャンであるマチルダは日曜の教会通いは欠かさない。

 特にここ最近はこれまで以上に足しげく通うようになった。

 しかし、その事で三人の関係が変わるような事はなかったし、むしろその姿勢は他の二人に良い刺激を与えていた。


 テリーは気付くとマチルダの事を考えている時間が多くなっていた。

 マチルダのテリーを見る視線も変化してきたように感じていた。


 意識が戻る。

 ぼやけた視界には白い壁の医務室。

 どれくらいの時間が経ったのか分からない。

 すでに首を動かす事も辛い状態だった。


──かたん。


 実際にテリーが気を失っていた時間は数秒。

 部屋に入ってきてから一分も経っていなかった。

 しかし、それを認識出来ない程にテリーの状況は深刻だった。

 

 だからこそ──


 目の前に突き付けられた銃口にすら鈍い反応しか出来なかった。


 ──あぁ……。


 頭では理解していた。

 自分はここで終わりなのだと。

 恐怖は感じなかった。

 諦めが先にあったのかもしれないし、血と一緒に流れ出てしまったのかもしれない。


 ──マチルダ。


 テリーの霞む視界の先にいつものように優しく微笑むマチルダが浮かぶ。


 力無く上げた左手をその向こう側へ懸命に届くようにと延ばす。


 ──マチルダ……。


 ──マチルダ……。


 ──愛してる………。



──パン!! 






 警察隊が医務室に到着した時、そこには変わり果てた姿となったテリーとマチルダが寄り添うように倒れていた。

 

 そして──二人を前に狂ったように泣き叫ぶアンソニーの姿があった。



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