追放された竜人はハズレ魔法で復讐する

むね肉

第1話 追放

 竜人、バリー・ゾッドの眼前で、父王の口から紅蓮の火球が吐き出される。

 それは開放された王城の屋根を越えると、空中を跳躍する腐った巨竜に着弾し、その身を焼き尽くす。


 バリーがどう抗っても勝てない存在は、いとも容易く滅ぼされた。


「何を呆けておる、バリー」


 口角に灼熱の残滓を散らす父王を前にし、バリーは慌てて姿勢を正す。


「ふう……。バリーよ、貴様はつくづく使えん奴だな。この程度のことも出来んのだから」


 バリーの父であるルドルフ・ゾッド。

 その正体は、世界でたった一体の本物の竜だ。

 全身を沈め、玉座にとぐろを巻いたルドルフは、遥かな高みからバリーを見下ろす。


「そこにいる貴様の弟達は我が子に相応しく、【限界突破】や【空間術】の天稟魔法を発現させておる。しかし、兄である貴様はどうだ?」


 豪奢な玉座が据えられた高台の階段下で控える、二人の弟達を示しながらのルドルフの詰問に対し、バリーは奥歯を噛み締める。



 天稟魔法とは、血統や環境に応じて、ある日突然に発現する魔法のことだ。

 それは自分だけが持つ唯一無二の魔法であり、いずれも比類ない強さを誇る。バリーの弟達が発現させた【限界突破】や【空間術】もそうだ。普通の魔法では不可能なことを可能にしてしまう。


 そこに例外はない。たとえ発現させられない者はいても、発現出来たのなら、それは必ず強大な魔法である──。


 と、そう思われていた。これまでは。



 バリーは浮かび上がった感情を表に出さないよう苦心する。

 これは吊し上げだ。

 バリーの天稟魔法がどんなものかなど、ルドルフはとうの昔に承知している。

 にもかかわらず改めて聞いてくるのは、バリーの心を嬲りたいからだろう。どうあっても、バリーの口からそれを言わせたいのだ。


 本当は逆らいたい。

 しかし、それを出来るだけの力がない。

 バリーは憎悪を瞳の奥に隠す。それから懸命に自分を押し殺し、静かに片膝を折ると、ルドルフの問いかけに答える。


「【カギ創造】です……。陛下」


 不意に、バリーを嘲笑う声が前方から響いた。


「おいおい聞いたか、弟よ! カ、カギ! わざわざ魔法を使ってカギを作るんだと、さ!」

「兄上、言い過ぎですよ。彼はただハズレ魔法を引いてしまっただけではないですか。我々とは違って才能に劣るだけなんです」


 腹違いの弟達──第二王子と第三王子がバリーを口汚く罵る。

 床に膝をつく自分と、ルドルフの側に控える彼ら。その距離が、両者の力の差を如実に示しているようだった。



 バリーが第一王子として生を受けるより前から、この世界は廃竜という、全身が腐った巨大な化け物に支配されていた。

 先ほどルドルフが火球を吐き出して滅ぼした腐った竜。あれが廃竜である。

 廃竜は知性を持たない。しかし、野蛮な力だけは恐ろしく強大であり、バリーたち竜人ではとても歯が立たない。


 そこで出てくるのが天稟魔法だ。


 強大な天稟魔法持ちが十人揃えば、その半数の死者を出しつつも、一体くらいなら何とか廃竜を撃退出来る。

 こう聞くと悲惨に思えるかもしれないが、それがか弱い竜人達に出来る唯一の足掻きなのだ。


 だからこそ、民の上に立つ王族は強くあることを義務付けられている。

 そして弟達はその責務を立派に果たしていると言えるだろう。過去に二度、軍を率いて廃竜を撃退した経緯があるのだから。


 ではバリーはどうか。

 バリーの天稟魔法である【カギ創造】は。


 言うまでもない。

 弱いを通り越して使い物にならない。

 というのも、【カギ創造】の能力は、魔力を消費して用途不明のカギを創るだけだからだ。


 本当にそれ以外に何の力もない。完璧に使いこなせるようになる為、今でも鍛練だけは続けているが、その力を発揮出来たことはない。

 虐げられるだけで済んでいる事に感謝しろ、とはバリーが六歳の頃にルドルフに吐き捨てられた言葉だ。



 苦い記憶が浮かび、黙して語らないバリーに対して、ルドルフが虫けらを見るような目を向ける。


「バリーよ、前回貴様を呼び出してから二ヶ月の時が経過した。少しは成長したのか? 見せてみよ」

「……はい」


 バリーは重い声で返答すると、立ち上がって右の掌を上に向ける。

 やることは単純だ。

 掌に魔力を集中させて、魔法を構築する。

 ぱっと小さな光が生じた。何かが造り出される感覚がし、やがて輝きは収まっていく。


 ──成功だ。


 先ほどまでは何もなかったバリーの掌の上に、鉄製のカギが乗っている。


「前回は木製のカギを創るので精一杯でした。しかし、今では鉄のカギを創造することが可能に……なり、ました……」


 徐々に声が小さくなっていくバリーに、悪意ある視線が突き刺さる。

 第二王子のものだ。

 口元をニヤニヤと歪めており、暴力を行使する前触れのようにバリーには感じられた。


「カカッ。鉄のカギ、ねぇ……。おい、弟よ。第一王子様の発言が真実なのか確認してくれやしねぇか」

「私がですか? ……仕方ありませんね」


 第三王子が呆れるように溜め息を漏らす。


 ──次の瞬間、バリーは掌に衝撃を受けた。


 一瞬、何が起きたか分からなかったが、前方を見てすぐに事態を把握する。


 第三王子がカギをプラプラと揺らして見せつけている。

 おそらくは彼の天稟魔法である【空間術】によるものだろう。瞬間移動を駆使して、バリーの掌からカギを掠め取ったのだ。


 バリーの【カギ創造】では及びもつかない魔法だ。


 どちらが上で、どちらが下かをまざまざと見せつけられ、放心したように立ち尽くしていると、第三王子が竜王へカギを恭しく捧げた。


「──ふむ、やはり単なるカギか。せめて黄金ならば貴様にも利用価値はあったのだが……くだらん」


 出ていけ、そう言われて話は終わる筈だった。

 これまでであればそうだ。

 一方的に呼び出され、カギを創ってルドルフへ献上する。そして背中に罵声を浴びながら、玉座の間から追い出される。


 いつもと同じ流れだ、バリーはそう思った。

 しかし、今日は違った。


「バリー・ゾッド。貴様の王位継承権を剥奪する」

「そんな!!」


 突き放すような宣告に、バリーは堪らず叫ぶ。


「陛下が退位されるのはもっと先のことではありませんか! 私はまだ成長の余地を残しております! カギだって何らかの用途が──」

「黙れ!!!」


 竜の口から咆哮が轟いた。

 バリーの全身が雷に打ち据えられたように震える。


「そも、長子が王位を継承するという法が間違っていたのだ。──強き者が君臨する。これが国家として正しい姿であろう。ゆえに、弱者である貴様はもはや用済みだ。即刻出て行け」


 ルドルフはそれだけ言うと、興味を失ったようにバリーから視線を外す。

 微塵も納得いかない。しかし、これ以上の抗弁は命に関わるだろう。

 バリーは頭を下げて礼の姿勢を取る。


「……はっ。御前、失礼いたします」


 深々と下げた頭を持ち上げるには、少しの時間が必要だった。

 ルドルフ達から隠したバリーの顔は、憤怒に染まっていた。


 バリーの怒りは決して燃え尽きない。

 かつて去来していた悲しみなどとうに消えている。親兄弟に対する情も同様に失われた。

 そして最後に残った王族として備えるべき礼儀さえ、たった今奪われた。


 ここまで尊厳を陵辱されてへりくだれるほど、バリーは出来た竜人ではないのだ。


 あまりに理不尽。

 悔しくて仕方ない。


 そう思うが、桁外れの力を好き勝手に振るうことが出来る相手に逆らえる筈もない。

 バリーはゆっくりと頭を上げると、身を翻して歩き出す。


 ──しかし、一歩進んだところで止められる。


「待て、バリー。貴様……なんだその目は」


 瞬間、空気が張り詰める。

 バリーの背中に一筋の汗が流れた。


 表情は戻していたつもりだった。

 だが、自分でも気付かない内に、反抗的な目つきが顔に残っていたのか。

 焦燥に駆られたバリーは目まぐるしく頭を回転させ、何らかの言い訳を口にしようとする。しかし、その前に第二王子が声を大きくして言った。


「陛下! これは反逆の兆候だと思われます! 私がしつけてご覧に入れましょう!」


 言うが早いか、ルドルフの返事を待つことなく、第二王子は嬉々として飛び出してきた。

 先ほどの第三王子の瞬間移動に近いような速度でこちらへ迫ると、即座にバリーの眼前まで到達する。


「手加減はしてやるよ。──この場ではな」


 耳元で囁かれた直後、腹に拳が突き刺さった。


「がはっ……!」


 バリーは口から大量の血を吐く。

 体が内側から破裂するような激痛が走った。


「痛いか? 苦しいか? なら、カギを創って振り回してみろよ。そんなちんけなもんで戦えるんならなぁ!!」


 再び拳が繰り出される。

 対してバリーは魔力を腹に集めて防御しようとするが、【限界突破】によって強化された膂力にはとても太刀打ち出来ない。

 あえなく守りを突破され、バリーは苦痛に呻くと床に倒れる。


 それでも第二王子の暴虐は止まない。

 幾度も蹴られ、踏まれる。

 ──痛い。

 体のあちこちから鈍痛が響く。


 抵抗したいが、バリーはその術を持っていない。

 激情に身を焼かれる。

 炎のように吹き上がったそれは、やがてどす黒く塗り潰される。


 憎い。

 許せない。

 なぜ俺だけが。

 俺が何か間違ったか。

 ここまでされなくてはならない過ちを犯したとでも?


 違う。

 弱かっただけだ。

 それだけで突然悪意を向けられたのだ。


 ──殺意が湧く。



 だが、弱者であるバリーは惨めに身を丸めることしか出来ない。



 第二王子の手加減するという発言は嘘で、本当はバリーが死ぬまで続ける気ではないかと思われたその時、ルドルフが制止を呼びかけた。


「止めろ」

「カッカッカ!! 楽しいなあ、兄上様よお!」

「くそっ……」

「糞? それはテメエのことだろうがっ!」


 ルドルフの声が聞こえていないのか、第二王子は非常に愉しげにバリーを蹴り上げる。

 衝撃によって一回転し、床に叩き付けられる。

 這いつくばる格好だ。それでもバリーは、自らを見下してくる第二王子を睨む。


「あぁ? まだ反抗するってのか? 本気で殺すぞ、ゴミが。俺はなぁ、テメエのその目が気に入らねぇんだよ!!」


 また踏みつけられる、その直前だった。


 何かが振り下ろされた。

 バリーにはそうとしか認識出来なかった。


 二人の真横の床がえぐれる。

 遅れて轟音が爆発した。


 一体、何が起こったのか。

 バリーは恐る恐る視線を床に移す。そこには、太い柱のような形をした破壊の跡があった。

 細かい考察の必要はない。おそらく、ルドルフが竜の尻尾を叩き付けたのだ。


「余の言葉を聞き逃すな」


 あれほど傲慢だった第二王子が、恐怖に顔を凍りつかせてひれ伏す。

 全く関係ない第三王子でさえそうだ。即座に傅く。

 本物の竜による打撃は、この世の命という命を軽く捻り潰す。

 王子達はそれを誰よりも思い知っているのだ。態度が一変するのも無理はない。


 ──自分も跪かなくてはならない。

 バリーは痛む全身を必死に動かして、片膝をつく。


「余はなんと言った?」

「や、止めろと仰いました……」


 声を震わせて答える第二王子に、ルドルフは冷たく告げる。


「つまり、貴様は余の言葉が聞こえていたにもかかわらず、無視をしたのか」


 第二王子の顔がみるみる蒼白に染まる。


「あ、あえ、ち、違います! 私は決して陛下の命に背くつもりなどございません!」

「では、どういうつもりだ?」

「そ、それは……」


 問いかけに答えられず、第二王子は呼吸を荒くする。

 ルドルフはその様子に鼻を鳴らした。


「思い上がるな。確かに【限界突破】や【空間術】は強力な天稟魔法だ。しかし、その程度の能力なぞ、真の竜たる余からすれば大したものではない。余の力こそが絶対であり、余のみが唯一代えがたい存在なのだ。──聞け、息子達よ。そして恐怖と共に魂に刻み込むのだ。貴様らの命ごとき、余の気紛れ一つで消えるということを」


 第二王子は先ほどよりも更に頭を低くした。

 その態度に満足したのか、ルドルフはバリーへと瞳を動かす。


「そしてバリー、貴様には何の価値もない。貴様の【カギ創造】はゴミにも等しい。何故なら、貴様のそれは使い道のないゴミを生み出す魔法だからだ」


 バリーは反論しない。

 出来る筈がない。

 そのまま黙ったまま固まっていると、ルドルフが顔を顰めた。


「血を拭え。玉座の間を汚すな」

「……申し訳ございません」


 バリーは懐からハンカチを取り出し、吐血によって汚れた口元を押さえる。


「違う。何をやっておるのだ。余は、貴様の血で汚れた床を拭けと言っている」


 手に持つハンカチを握り締めなかったのは奇跡だ。

 バリーは命懸けで耐えてみせたのだ。

 今度こそは、怒りを隠せただろうか。はっきり言って、その自信はない。

 バリーは自分の血がぶちまけられた床を、自分の手で無様に拭う。


「余さず清めたか? なら、今すぐ余の前から消えろ」


 バリーは頭を垂れると、何とか立ち上がる。それから足を引きずりつつ、出口へ向かう。

 一歩進む度に、全身がズキズキと痛んだ。


「バリーよ。宮殿にある貴様の自室は、近い内にいずれかの王子に与える。一両日中に部屋を引き払え。貴様はもはや王子ではない。二度とゾッドの姓を名乗るな。それから貴様は辺境の地で永住することを命ずる。場所については追って通達する。親としての最後の情けだ。死にたくなくば、そこで一生を過ごすのだな」


 殺されるかもしれないと思いつつも、バリーはせめてもの抵抗として、返事をせずに玉座の間を後にした。




 こうして、バリーは王家から追放された。



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