第75話


ここでマグリットが何もしなければイザックが再び傷つくことになってしまう。

マグリットは今まで一緒に過ごして本当のイザックの姿を知っている。

このままでは引けないと強く思った。


マグリットはイザックの手を握りながら怯えるネファーシャル子爵と夫人、アデルの前に立つ。



「イザック様は化け物なんかじゃないわ!この魔法で誰も傷つけたりなんかしない。とても優しい人よ!」


「……マグリット」


「イザック様のことを何も知らないくせに噂やイメージだけで怖いと決めつけないでっ!」



マグリットの声が静まり返った会場に響き渡る。

イザックは大きく目を見開いてマグリットを見ていた。

会場にいる貴族たちもマグリットの言葉に思うことがあったのか気まずそうに視線を逸らす。

マグリットが荒くなった息を整えようと大きく肩を揺らしていると、突然イザックから抱きしめられた。


突然のことに呆然とするマグリットにイザックは柔らかい笑顔を浮かべながら「ありがとう、マグリット」と呟くように言った。

イザックの大きな手のひらがマグリットの赤くなった頬をなぞる。

マグリットもイザックの手のひらに擦り寄るようにして笑顔で彼を見つめ合っていた。


どちらが本当のことを言っているのかは明らかだろう。

先ほどとは一転してアデルたちとネファーシャル子爵には厳しい視線が送られていた。

アデルは自分がイザックに相応しいと言っていたが、化け物だと罵り触れることすらしなかった。

一方、マグリットはイザックを庇い、互いを思い合うように見つめて触れ合っている。



「何よ……っ!なんでうまくいかないの?なんでよ」


「……」


「どうしてマグリットを選ぶの!?残りカスのくせにっ!あんたなんて役立たずよっ、わたくしが選ばれないなんて信じられないっ!」



アデルが涙を流しながらマグリットに暴言を吐きかけている。

どんなに美しい立ち振る舞いをしても、高級なドレスを着ても、輝く宝石を身につけても少しも羨ましいとは思わなかった。

マグリットを抱きしめているイザックの手のひらに力が篭ったのがわかった。



「この場で嘘を吐き、それだけでなくマグリットを貶めようとするとは……」


「……ッ!」


「不愉快だ」



イザックがアデルを見る視線は氷のように冷たい。

その瞬間、背後から凄まじい風と共に刃が飛んでくる。

ネファーシャル子爵たちの服が細かな風の刃で削れていく。

マグリットが驚いて後ろを振り向くと国王が魔法を放ったのだとわかった。

素晴らしい命中率に驚くばかりだ。


ネファーシャル子爵と夫人はすべてを察して諦めたのだろう。

ネファーシャル子爵はボロボロのジャケットが肩からずり落ちてヘラヘラと笑っており、夫人は静かに涙を流している。


まだ諦めていないのかアデルだけはこちらを鋭く睨みつけていた。

顔を真っ赤にしてフーッフーッと荒く息を吐き出していた。

今まで自分が選ばれることが当然だったアデルは現実を受け入れられないのだろう。

使用人として働いていたマグリットに負けたことが心底許せないようだ。


立ち上がったアデルはフラフラとこちらに向かって歩いてくる。

腕を伸ばしたアデルは細かくて尖った結界魔法を何個も作り出している。

マグリットに向かって放とうとしていると気づいた。

イザックが対抗するためか腕を上げたのが見えたが、マグリット一歩前に踏み出した。


(これ以上、勝手なことはさせない……!)


マグリットの中で怒りが凝縮されていく。

アデルの結界を弾こうと手を伸ばした時だった。


その瞬間、アデルの尖った結界はぐにゃりと捻じ曲がりドロリと崩れてしまう。

イザックの腐敗魔法とは違い崩れ落ちるわけではなく、熱で溶けていく結界にマグリットは驚いて自分の手のひらを見た。

溜めていたものを凝縮して放った……そんな感覚だった。

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