第71話


(化粧をしたり着飾ったりしたのはいつぶりだったかしら……)


前世の記憶を振り返ってみても朝早くから買い出しや店で料理の仕込み。

ランチ営業から夜の営業もしていたので化粧している暇がなく、ドレスを着て出かけたのは友人の結婚式くらいだろうか。


王妃と王太后がマグリットのために選んでくれたドレスはオレンジの鮮やかな太陽のような色。

何枚ものチュールが重なり、レースやビーズなどで飾られており美しく華やかである。

いかにも高級そうなドレスにマグリットはゴクリと唾を飲み込んだ。


(絶対に汚したり、破ったりできないわね……!)


煌びやかなゴールドのアクセサリーや繊細で鮮やかな髪飾りは眩しくて直視できない。

しかし今、これを自分が身につけていると思うと、もっと信じられない気分だった。

準備が終わり、鏡に映る自分の姿を見て呆然としていた。


(これがわたし……?まるで魔法で変身したみたい)


慣れるために毎日つけていたコルセットのおかげで朝食を吐かずにすんだものの苦しいことには変わりない。

ヒールで歩く練習はしたがドレスの重みも加わったことで、つま先がもう悲鳴を上げている。

このまま歩くと足がもつれて転びそうだ。


(もし転んだりしたらイザックさんに迷惑が……!弱気になったらダメよ、わたしならできる!)


初めて感じる緊張感にマグリットは深呼吸を繰り返す。

今こそメル侯爵夫人に教えてもらった基礎を活かす時だとマグリットは気合いを入れるために頬をパンパンッと叩いた。

すると部屋の扉をノックする音が聞こえた。侍女が返事を返し扉が開く。



「マグリット、入るぞ。準備が終わったと聞いたが」


「……イザックさん!」



クラヴァットが窮屈なのか指を入れて調節しながら部屋の中へ入るイザックを見て、マグリットは目を見開いた。

いつものシンプルな装いとは違い、煌びやかな金色の刺繍が施された細身なコートは背の高いイザックによく似合ってる。


(モデルみたい……いや、海外の俳優かしら)


眩しすぎる美貌にマグリットの支度の準備を手伝っていた侍女たちも顔を赤らめている。

マグリットは毎日イザックを見ていて、彼の美しさに抵抗力があるとはいえ横に並ぶとなると気後れしてしまいそうだ。 

イザックはマグリットと目が合うと、すぐに視線を逸らしてしまった。



「ど、どうかしましたか?」



何か変なところがあるのかもしれないと心配になり問いかけてみると、イザックから返ってきたのは予想外の言葉だった。



「マグリットがとても美しくて……その、驚いたんだ」


「…………へ?」


「いや、今日も可愛らしいというべきだろうか」



イザックの言葉に呆然としていたマグリットだったが、ふと我に返ると一瞬で顔が真っ赤になっていく。

今日も、ということはいつもそう思っているという意味にならないだろうか。


(言い間違え……じゃないわよね。可愛いって……わたしのこと!?)


こういう時、なんて言葉を返したらいいかわからずにマグリットは唇をパクパクと動かしながら手を上下に振っていた。

侍女たちが見守る中、二人の間に沈黙が流れる。

なんともいえない雰囲気の中、イザックが咳払いをして目の前に差し出した大きな手。

マグリットはイザックの手のひらにそっと自分の手を重ねた。

いつもよりもイザックを意識してしまうのは先ほどの言葉のせいだろうか。


部屋を出て高級そうな真紅の絨毯の上を歩きつつ会場に向かう。

二人の距離感はいつもよりぎこちない。


パーティー会場に足を進めるにつれて緊張してくる。

マグリットが無意識にイザックの腕を強く握ってしまったのか彼が足を止めた。



「マグリット、大丈夫だ」


「……!」


「マグリットの隣には俺がいる。何があってもフォローするから安心してくれ」



イザックはそう言ってにこやかな笑みを浮かべた。

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