第69話
(……醤油があったら、もっと最高なんだろうな)
豆本来の味を感じるが、やはり何かが足りない。
それは白いご飯や手作りの醤油だ。
醤油を納豆に垂らして、ほかほかに炊いた艶々の白いご飯に乗せる。
納豆ごはんを口にかき込むまでは頑張ろうと心に決めたマグリットは口端から垂れているよだれを拭う。
想像を膨らましていたマグリットは納豆を隠れて食べたことがイザックにバレて、すぐに医師の元に連れて行かれることになる。
その後、何事もなかったが納豆を作ることは固く禁止されたのだった。
そしてあっという間に一ヶ月が経った。
味噌と醤油の世話をシシーに任せ、マグリットは馬車に乗って再び王都を目指していた。
王妃と王太后がパーティーに着るドレスを選んでくれたらしく、二人ともマグリットに会うのをとても楽しみにしているという手紙も届いていた。
ガノングルフ辺境伯領にはドレスショップはないため、イザックが頼んでくれたらしい。
それからガノングルフ辺境伯邸を建て直そうという案が前国王や国王から出されたそうだ。
マグリットは嵐の風でミシミシと音が鳴る壁や雨漏りがある天井を見ていた。
場所柄仕方がないのかもしれないが何かあってからでは遅いと思っていた。
今まで屋敷を建て直すことに後ろ向きだったイザックだったが、その意見を受けて屋敷を建て直そうと決意したそうだ。
しかしどこからかその話を聞いた領民たちが協力して屋敷を建て直してくれると言った。
『今までのお礼に領主様にできることをやりたい』
そんな領民たちの温かい気持ちによって、今は建設計画が立てられている。
イザックもとても嬉しそうにしていた。
緑ばかりだった窓の外から見える景色は次第に建物が連なり人の姿が多くなっていく。
マグリットは緊張をほぐそうと深呼吸を繰り返していた。
魔力コントロールは多少の気合いと地道に繰り返していくことで随分と慣れたように思う。
しかしマナーはすぐには身につかない。
メル侯爵夫人が帰った後は、いつも使ったことのない体の筋肉が悲鳴を上げていた。
マグリットが生まれたての子鹿のように足をガクガクさせているといつもイザックが吹き出して笑っていた。
その表情を見ていると今まで感じたことのない気持ちになる。
マグリットの前でのみ、見せてくれる特別な表情があると気付いた時から、マグリットの中でイザックへの気持ちが少しずつ変わっていく。
この気持ちはイザックへの感謝だと思っていたが、明らかに違う。
『ずっと一緒にいたい』『イザックさんが特別』
そんな気持ちは日に日に大きくなっていく。
それにイザックの婚約者になったことで少しずつ意識が変化したのかもしれない。
婚約の先が結婚だと気付いたことも大きいだろう。
(もしイザックさんとこのまま結婚することになったら?)
そうなったとしても違和感や嫌悪感がないことに自分でも驚いてしまう。
マグリットはチラチラとイザックを見ながら考えていたが目が合ったことで肩を跳ねさせた。
誤魔化すために口を開く。
「こっ、今回、パーティーに出るのが初めてなのでうまくできるか心配です。大丈夫でしょうか」
「俺がリードする。マグリットは立って笑っているだけでいい」
メル侯爵夫人も「あとはイザック様に任せておけば大丈夫ですから」と言っていた。
だがコルセットをつけ続けて立って笑っているだけでも、マグリットにとってはとても難しい。
マグリットは腹部にあるコルセットを撫でた。
慣れるために三週間、コルセットを着けてはいたが動きにくいし内臓が押し潰される息苦しさは最初は耐えられたとしても時間が経つにつれて苦しくなっていく。
「もうすぐ王都に着くな。その前にマグリットに知らせておきたいことがある」
「なんでしょうか?」
少しだけ暗くなったイザックの声にマグリットは首を傾げた。
「ネファーシャル子爵家のことだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます