第43話


* * *



味噌作りを始めて二週間。

マグリットがネファーシャル子爵家を出て一カ月半が経とうとしていた。


マグリットの目は寝不足で血走っていた。

味噌と醤油を作るために麦麹を作ることを夢見ていたマグリットだったが、なかなかうまく種麹を作ることはできない。


魔法の加減が難しいらしくイザックを毎日落ち込ませてしまっている。

しかしマグリットが今日は休もうと提案してもイザックは「もう一度」と毎日挑戦してくれていた。

マグリットもうまく言葉で説明できないので申し訳ないと思いつつイザックに感謝していた。


どうにか再現しようと力をコントロールしているそうだが腐敗させすぎてしまうことがほとんどだった。

イザックは今まで広範囲で威力の強い魔法しか使ったことがなく普段は力を限りなく小さく抑えている。

そのため小さな範囲に魔法をかけること自体、難しく感じてしまうそうだ。


マグリットがシシーの力を借りて麦を保温した後に見てみると、次の日には麦に色々な色のカビが生えたり、そのまま萎んでいき真っ黒になったりと色々な腐敗方法があるのだと感心していた。


毎日マイケルとシシーの協力もあり、蒸した麦を小分けにして一日に約十個ほどに分けて試してみるものの、思ったような反応が出ることはない。

今日は百四十個目の麦の塊に魔法の力を込めてもらい保温して発酵するのを待っていた。


次の日、包んでいる麦を開くと塊の一つに嗅ぎ覚えのある麹の甘い香り。

マグリットは震える手で一塊を手に取る。



「これは……まさかっ!」



マグリットの驚く声にイザックがキッチンにやってくる。

二週間もこの作業に付き合ってくれるイザックには感謝しかない。



「マグリット、成功したのか?」


「そうなんです、この百三十八番目の子が……!」


「ほう、これか」


「イザックさん、この一三八番目にかけた魔法の感覚を覚えていますか?」


「ああ、きちんと覚えている」



麦には番号が振っており、イザックにはどんな加減で魔法をかけたのか毎回、なんとなく覚えてもらっていた。

その感覚を忘れないうちに下ごしらえをしていた大量の麦に魔法をかけてもらう。

それからシシーを呼んで保温作業を手伝ってもらっていた。



「マグリット、休まなくて大丈夫か?」


「はい、大丈夫です!イザックさんのおかげでやっと成功できそうなんですから」



保温して湿度の高い場所、床下にある食糧庫へと向かう。

二十時間ほど経過してから麦の状態を確認すると表面に白い点のようなものを確認できた。

その瞬間、マグリットは飛び上がって喜んでいた。


(あともう少し……!)


それから麦の塊をほぐしていくと麹の甘い香りがしてマグリットは感激していた。

もう一踏ん張りだと五、六時間待って撹拌して二十時間ほど再び保温する。

温かいお湯をゴムのような柔らかい容器に入れて、定期的にお湯を入れ替えながら温め続けた。


丸二日、仕事をしつつもそばで粘り続けたマグリットが蓋を開ければ栗のような香りが漂ってくる。


その瞬間、マグリットの瞳からはポタポタと涙が溢れていく。

背後で様子を伺っていたイザックが慌ててマグリットに駆け寄った。



「ぐすっ……うぅ!」


「マグリット、どうした!?大丈夫かっ」


「……イザック、さぁん」


「まさか失敗したのか?」



マグリットは心配そうにこちらを見るイザックに向けて首を横に振る。

そして腕で涙を拭ってから笑みを浮かべた。



「成功したんです。嬉しすぎて……っ!」


「……!」



麦麹が完成したことにマグリットは大号泣していた。

そして喜びのあまりイザックに抱きつきながら声を上げる。



「イザッグだぁん……ありがどぅ、ござひばずぅ!」


「マ、マグリット、落ち着け……!」


「イザッグッ、ざばの協力がなげればぁ……ごっ、ばぁ」



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