第39話
「この材料を俺の魔法でどうしようと言うんだ?まさか腐らせるわけではないだろう?」
「はい、腐らせますっ!」
「…………は?」
「正確には発酵させるんです」
イザックは発酵と聞いて納得したのか頷いている。
「だから〝一緒に発酵してくれませんか?〟と言ったのか」
「あの時は興奮していてつい……」
「そういえばパンを作る時も生地を発酵させるとシシーに聞いたが」
「今回は麦そのものを発酵させようと思っています!」
三人とも理解できないと言いたげにこちらを見つめている。
麦を発酵させてどうするんだという疑惑の視線を感じながらもマグリットは腕まくりをする。
魔法のようにすぐに味噌や醤油ができたら苦労しないのだ。
味噌や醤油をつくるためには麹を作らねばならないが、ここではお米は手に入らない。
米麹を諦めたわけではないが、まずは麦麹を作ろうと思っていた。
そして麦麹を作るための種麹を作らなければならない。
本来ならこれも米で作るのだが、その種麹を作るための麹菌もない。
長年、マグリットは色々な食材を探して試してみたがどうにも麹菌だけは手に入らなかった。
(だからこそイザック様が使う腐敗魔法に頼るしかないのよ!)
腐敗できるということは発酵も可能ではないのか。
腐敗の塩梅を調整すれば麹菌に似たような働きをすることも可能ではないのかと考えたのだ。
つまりイザックは日本食を食べるための最後の希望というわけだ。
(ただ腐らせるだけじゃない……目指すは種菌!わたしは絶対に種麹を手に入れてみせるッ!)
マグリットはグッと手のひらを握った。
しかし簡単に種麹ができるとは思っていない。
まだ構想の段階でもしかしたら……と思っている。
恐らく何度も魔法を使ってもらい挑戦することになるはずだ。
そのことを考えるとイザックと仲を深められたのはよかったのかもしれない。
「そのためにはイザックさんと共に長く苦しい道のりを共にしなければなりません……!」
「一体、俺に何をさせる気なんだ?」
「私は魔法が使えないので感覚はわかりませんが、こう……元あるものを分解して別のものに変えるというイメージで魔法の力を調整することはできますか?」
マグリットの語彙力ではうまく説明することはできないが、イザックは顎に手を置いて真面目に考えてくれているようだ。
「何回か繰り返さなければわからないが、とりあえずやってみよう」
「まずは麦を水につけてから濁りがなくなるまで洗うので待っていてください。それから蒸してイザックさんの出番です!」
「随分と手間がかかるんだな」
「はい!もしお休みになるなら明日までに用意しておきます」
「いや、今日やろう。今はとても気分がいいんだ」
イザックは珈琲を飲みながら準備ができるまで待ってくれる。
マグリットが井戸の水をすくいにいこうとした時だった。
「私が手伝いますよ」
「もし火を使うなら私も力になりますから任せてください」
どうやらマイケルもシシーも魔法が使えるようだ。
マイケルの水魔法で麦を水につけ、シシーには火魔法を使ってサポートしてもらい蒸していく。
その間にイザックに作りたい麦麹の説明をしていく。
「ほう……つまり完全に腐敗させるわけではないということだな」
「はい、その後に保温をして発酵させるんですよ。一定の温度に保つんです」
「なら、それも私が手伝えますよ」
「本当ですか!?シシーさん、ありがとうございますっ」
マイケルとシシー、二人に助けられながらなんとか下準備を終えたマグリットは十個くらいに冷めた麦をわけていく。
(本来ならここで種麹を振りかけるところだけど……)
腐敗……つまりなんらかの菌を操っているイザックにマグリットは視線を向ける。
今こそイザックの出番である。
「とりあえずはイザック様の感覚でお願いします」
「ああ、やってみる」
イザックは頷いたあとに蒸した麦の一つに手のひらを向ける。
すると一個目は完全に腐敗してドロドロに溶けてしまう。
真っ黒になった麦を見てマグリットは呆然としていた。
初めて見る腐敗魔法に目が釘付けである。
「……すまない」
「いえ!最初からうまくいくとは思っていませんから。次、お願いしますっ!」
「あぁ、わかった」
マグリットは真剣に麦に目を向けるイザックを見て、嬉しくてたまらなかった。
味噌と醤油に思いを馳せながら、イザックと共に実験を重ねたのだった。
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