第2話


(今日は朝から幸せだなぁ……)


口内には久しぶりに食べる甘い菓子。

コロコロと舌で転がしながらマグリットはスキップしていた。

アデルと違い、マグリットは余りものを食べて生活していた。

けれどマグリットはこんなひどい環境下でも前向きだった。


こうして街の人たちはマグリットの状況を理解して色々と優しくしてくれる。

それがわかっていてマグリットも暗い顔を見せることなく健気に振る舞っている。

普通ならば自分の人生を悲観して、ひねくれたり涙を流して両親を恨んだりするだろう。


けれどマグリットは貴族のように生活するよりはこのままでいいと思っていた。

ネファーシャル子爵達を見ていて思うことは表向きには豪勢に振る舞っていても中身はスカスカだ。

それを間近で見ているマグリットはその虚しさを理解している。

多感な時期にもかかわらず、なぜこんなに冷静にいられるのか。


それはマグリット・ネファーシャルが、日本という国に住んでいた記憶を持つ転生者だからである。

日本では繁華街の裏道で定食屋を経営していた。

食べるとホッとする、どこか懐かしい味がする……そう言ってもらえる料理を作り続けていた。


両親を早くに亡くして、田舎で祖母と祖父と三人で暮らしていた。

二人を見届けた後、住む場所を探すついでに一念発起して店主として毎日料理を振る舞っていた。

自分で言うのもなんだが、祖母に教えてもらった料理はどれも絶品でとても美味しい。


(……ああ、日本食が食べたい)


出汁がじんわりと染みた卵焼きが恋しいという気持ちで卵を見ていると、あっという間にネファーシャル子爵邸に着いてしまう。


(いけないっ!早く昼食の準備と夕食の仕込みをしないと……!)


雇っていた料理人が急病の際に、マグリットに食事を作れと命令したネファーシャル子爵と夫人。

何よりアデルがマグリットが作る料理を気に入ったことがきっかけで毎食、作ることになった。


自分が食べたくて日本食に近いものを作るのだが、もちろんベルファスト王国にはないものばかりだ。

マグリットが料理をしたことがないのを彼らは知っていたのでオリジナルのレシピだと思われているようだ。

なので気にせずに好きなものを作っている。


掃除も料理も買い物もマグリットにとっては苦痛ではなかった。

アデルや両親はマグリットを馬鹿にしているため皆には哀れみの視線を向けられているがマグリットはこの生活をそれなりに楽しんでいる。

そんなマグリットのいつもの日常に大きな変化が起こるとは思わずに広い厨房に向かった。

マグリットがいつもの昼食の時間にスフレオムレツとサラダと手作りのマヨネーズ、オリーブオイルと塩とパン、昨日から味付けていた肉を焼いて、手のひらと腕に何皿も乗せて慌てて食堂に持っていく。


しかしいつもは偉そうにふんぞり返って座っている両親とアデルの姿はない。

マグリットはテーブルに料理を置いて首を傾げた。


(あれ……珍しいこともあるものね。何かあったのかしら)


突然、ネファーシャル子爵夫人の悲痛な叫び声がマグリットの耳に届く。

とりあえず時間通りに用意したように見せるために皿を並べて待っていた。

慌てた様子で部屋に入ってきたネファーシャル子爵と子爵夫人はマグリットの姿を視界に入れた途端、大きく目を見開いてマグリットに掴みかかってくる。


胸ぐらを乱暴に掴まれてグラグラと揺らされ、子爵たちは何かを必死に訴えかけている。

唾がペッペッと飛んでくるのでマグリットは表情を歪めて顔を背けていたが、どうやらアデルの話をしているらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る