第2話 これが現世の日常

 くだらない事で言い争っているなあ、とは思う。

 まあ、そんな彼らのやり取りなんて、今はどうでもいいし、いつもの事なので気にもならないのだけれど。


 さっきからギャンギャンと言い争っているのは、燃えるような真っ赤な髪が特徴的な『赤のエルフ』ことファイと、青くて長い髪を下の方で一つに束ねた『青のエルフ』ことミズである。


 アニメでも二人は馬が合わず、喧嘩ばかりしているという設定であった。

 しかしそれでも、心の中では互いに認め合っているらしい。何とも分かりやすく、オイシイ関係である。


「ホント、二人って仲が良いよね。喧しいけど」

「どこが!」

「良くねぇよ!」


 雑誌に視線を落としながらもそう指摘してやれば、二人から同時に否定の言葉が飛んで来る。何だ、やっぱり仲良しじゃないか。


「だからっ、今日の晩ご飯はお肉が良いって言っているじゃないか! リーダーであるこの僕が決めたんだ! 大人しく従ってもらえるかなっ!」

「大事な晩ご飯のメニューをリーダーの一存で決めるなんて、そんな事許されるわけがねぇだろ! そういう大事な事は、メンバー全員の意見で決めるべきだ! なあ、みんなもそう思うだろ!」

「いや、別にどっちでも良い」

「魚だ、魚! 今日は魚が良いに決まってんだろ!」


 ポツリと呟かれた『黄色のエルフ』の声が聞こえているのかいないのか。

 生暖かい目で見守っているエルフ達を代表した彼の声を聞き流すと、青のエルフ、ミズは自分の意見を改めて押し通した。


「魚、魚って言うけどさあ、僕達何人いると思ってんの? 八人だよ? しかも一人で二、三匹食べる子だっているじゃないか。一体何匹釣れば良いと思っているのさ? 今から釣りに行ったんじゃ、晩ご飯の時間になんか絶対に間に合わないよ!」

「肉だってそうだろ! この前狩った猪はもう食っちまったんだ! だから肉を食うには、クマやイノシシ、或いは魔物を今から狩って来なくちゃいけない。スムーズに狩れたとしても、それから捌いて調理する手間を考えると、それこそ晩ご飯の時間になんか間に合わねぇよ!」

「それでも、魚を釣って来るよりかは早く出来るね!」

「いいや、クマを捌くよりかは、魚を捌く方が断然早い!」

「ねぇそれ、街まで行って、そこのスーパーで買ってくれば、万事解決だよね?」

「肉だよ、肉!」

「魚だ、魚!」

 

 正論を述べる『黒のエルフ』の声など聞き流し、二人は終わりの見えない言い争いを続ける。


 するとそれを見兼ねた一人のエルフが、溜め息交じりに口を開いた。


 キリリとした黄緑色の釣り目に、緑色の髪を持った、『緑のエルフ』ことウィングである。


「このままじゃ埒が明かねぇから、もう多数決で決めちまおうぜ。まず肉が良いヤツ手ぇ挙げろー」


 その声に、ファイを含めた四人が手を挙げる。


「次、魚が良い人ー」


 今度はミズを含めた四人が手を挙げる。


「……わりぃ。決まらなかった」

「多数決で決まるわけないだろ! 僕達八人、偶数なんだから!」

「無駄な時間使わせんな!」

「ご、ごめん……」


 何故か物凄い剣幕で怒鳴り付けられた。理不尽である。


「はあ、もう二人でじゃんけんでもすれば良いだろ。それで勝った方のメニューにすれば良い」

「でもライ。前回はそれをやって、あいこが三十分以上続いていただろ。で、本当はわざとやっているんじゃないかって、ダークがブチギレたの忘れたのか?」

「え、そうだったか?」

「いや、良いよ、今日はもうそれで。三十分以上続きそうな口喧嘩を見せられるのよりはマシだよ」


 サラリと流れる金色の髪で、金の右目を隠した(でも目は見えている)『黄色のエルフ』ことライが溜め息を吐けば、当時の事を思い出しながらウィングが眉を顰める。


 しかし切れ長の黒目と、艶やかな黒い短髪を持つ、前回ブチギレた『黒のエルフ』ことダークが溜め息を吐いた時、その争いは急激に解決へと向かう事になる。


 エルフ達の中で一番背が低く、幼い顔立ちをした、オレンジのツンツン頭の『橙のエルフ』ことアースが、桃と白のエルフが見ていた雑誌を覗き込みながら、ポツリと呟いたからである。


「へぇ、今都心では、この『サラダボール』ってヤツが流行ってるのかあ。ボク、今晩はコレが良いなあ」

「良し、サラダボールにしよう」

「そうだな。野菜は買い置きがあったから、街でベーコンとスモークサーモンを買って来よう」

「えっ、ホントに? やったー! ありがとう、ファイ、ミズ!」

「……」


 驚くほどあっさりと決まった今晩のメニューに、アースが素直に喜べば、ライとウィング、ダークの三人が、何とも言えない表情でファイとミズを眺める。


 最も背が低く、童顔、その上天真爛漫なアースに、ファイとミズは割と甘い。

 ライやウィング、ダークの話は聞かないクセに、アースの言う事は割とすぐに聞いていしまう。

 だから今回のように、鶴の一声ならぬ、アースの一声で話が決まってしまう事も、多々ある事なのである。


「じゃあ、ボクが責任を持って買い物に行って来るよ! キュア、一緒に行こ!」

「無理。ファイかミズと行って来て」

「ええっ、何でっ!」

「今忙しいから」


 自分の意見が採用されたのだから、責任を持って自分が買って来ようと、アースが声を上げる。


 しかし彼に誘われた彼女、キュアは、その誘いを無碍に断り、雑誌から顔を上げようとしない。


 さっきから雑誌ばかりを見て、話にほとんど入って来ないのは、背中に流れる桃色の髪をポニーテールに結い上げた、桃色の目をした『桃のエルフ』ことキュア。

 そして白に近い美しい銀の長い髪に、凛とした銀の釣り目を持つ、長身の『白のエルフ』ことヒカリ。


 そんな女子エルフ二人に視線を移すと、ライは訝しげに首を傾げた。


「と言うか、お前達はさっきから何を読んでいるんだ?」

「月間、王宮通信」

「えっ、嘘ッ! それ、今日発売だっけ?」


 その雑誌名を聞いた瞬間、ファイが光速の速さで飛んで来る。

 そして白のエルフことヒカリの後ろから雑誌を覗き込みながら、興奮気味にその内容を問い質した。


「ねぇっ、今月のスノウ姫の新作ドレスはどんな感じ? ヤミィヒール女王陛下は? 今月の働く女性特集と、メイドの推しスイーツの子はどんな子ッ?」

「つーか、それ買いに街に行ったんなら、ついでに食料の調達もして来いよ」


 何で本屋にだけ行って帰って来るんだよ、とミズは溜め息を吐く。


 そうしてから、ミズはアースを呼び寄せ、「街に買い出しに行って来る」と言い残して出掛けて行った。


「でも、確かにスノウ姫おキレイになられたよね? 年々美しくなっていると思うな」

「さっすがダーク! 話が分かるぅ!」


うんうん、と頷くダークに、キュアが初めて雑誌から顔を上げ、嬉しそうに瞳を輝かせる。


 ちなみに『月刊王宮通信』とは、政治云々は関係なく、この国を治める女王陛下や、白雪姫様の愛称で知られるスノウ王女様の素顔に迫った写真や、インタビューが掲載されていたり、城で働く人達の特集が組まれていたりする、コアなファンには堪らない王国公式の月刊雑誌である。


「確かにスノウ姫もキレイだけど……でも、やっぱ女王陛下のオーラはヤバイよな。色気の中にカリスマ性が秘められているって感じか?」

「分かりますか、ウィングさん! さすが、お目が高い!」


 脳裏に女王を思い浮かべながら、ウィングが彼女を誉め称えれば、今度はヒカリが顔を上げ、キラリと目を輝かせる。


 すると雑誌をキュア達の後ろから覗き込んでいたファイが、その視線を不意にライへと移した。


「ライは? どっちが好きとかあるの? ちなみに僕は雑誌に写っている女性みんな好き」

「オレか? 当然女王陛下だな」

「へぇ。どうして?」

「胸がデカいからな」

「貴様! よくも推しを性的な目で見ましたね! 去勢しますよ!」

「ひぃっ!」


 どう去勢されるのかは知らないが、ヒカリに怒鳴り付けられ、ライは引き攣った悲鳴を上げた。


(つーか、女王陛下を推しって呼ぶのもどうなんだよ)


 そう思ったウィングであったが、ライと同じ目には遭いたくはない。ここは黙っておこうと思う。


「キュアさん、そろそろお茶でも飲みながら、今月号について語り合いましょうよ!」

「そうだね。じゃあファイ、今月号貸してあげる。見ていて良いよ」

「え? 語り合うのに、雑誌いらないの?」

「うん。推しの顔にクッキーの粉落とすわけにいかないじゃない」

(クッキー、食うんか)


 晩ご飯前にそんなモン食って良いのか、と思ったウィングであったが、それを口に出すと面倒臭い。ここは黙っておこうと思う。


「わあっ、見てよ、ウィング! 推しスイーツを紹介しているメイドさん、めっちゃ可愛くない?」

「えっ? あ、ああ、そうだな!」

「このメイドさんに紹介されちゃったら、どんなスイーツでも可愛く見えちゃうよね、ダーク?」

「ああ。そうだね」

「見て、ライ。働く女性特集の子、今月は狩人の女の子だってさ。かっわいいねぇ!」

「は? そうでもないだろ」

「貴様の目は節穴か!」

「いってぇ! 目潰し止めろ!」


 女の子を誉めるファイに意見を求められたら、返事は「Yes」のみだと、いつになったら理解するのだろうか。


 両目を抑えながら喚くライと、ギャンギャンと怒り狂うファイを眺めながら、ウィングとダークは同時に溜め息を吐いた。

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