第16話 月下の密会


「失礼ですね」


 金髪金目の人物が私を見下ろしていた。そうカルアだった。


「私はなんとか伯爵を紹介してくれる人物を頼んだのだけど?」

「私はこの国で知らない者はいない程、知名度がありますよ」


 そうだよ。こういうやつだよ。

 カルアの名が一気に国中に広かったのは、あのカタルーラ獣王国の銀狼将軍を打ち取ったことだ。あの銀狼将軍はかなり有名人だったらしい。


 その将軍に追いかけられて生き残った私はすごいと思うね。


「そうだね。それに貢献した私に感謝して欲しいね。あそこまで、敵の将軍を引っ張りだしてきたんだからね」

「私に押し付けただけですよね」

「は? 嬉々として戦っていたくせに?」

「先生。この方は皇帝の側近の方ではないのですか?」


 イリアは思い出したのか。顔色が悪い。若干震えているようだ。


「そう。カルア君。とても口が悪いけど皇帝の忠犬だ」

「それ、全く褒めていないですね」

「褒めてないからね……まぁ、こんなことを言える仲だ。皇帝に歯向かわなければ、剣は向けられないから安心するといいよ」


 私が、はははと笑いながらいうと、イリアは俯いて、全く安心できないと言ってきた。そうかな?

 しかし、これは私にとってよろしくない。


「イリア、アンナ。私はカルア君と行動をしていると、とても都合が悪い。とてつもなく悪い。だから、君たちだけで交渉を成功させてくれ」

「そのようなことをおっしゃらないでください。わたくしはこの方に……」


 ああ、トラウマってやつか。

 私はイリアの首に太陽を模したペンダントをかけてあげる。


「君は、治療師だ。そしてこれは私が作った結界だ。一つ良いことを教えてあげよう。カルア君は一度だって私の結界を壊したことはない。だから、これがあれば何も恐れることはない。さぁ、顔を上げて行きなさい」


 私はそう言ってイリアの肩を叩いた。そして、手をひらひらと振って送り出したのだった。


「以前も思いましたが、人を洗脳するのが上手ですね」


 洗脳ではない。真実と嘘を混ぜ込んだだけだ。カルアの腰にあった剣はあの銀狼獣人が神剣グラディウスと言っていたものだ。カルアに結界を斬られたことはなかったけれど、あの魔剣もどきを手にしたカルアには私の結界は無効化されてしまうだろう。


「ヒュー。洗脳じゃなくて、エールを送ったんだよ。あと、これが私からの駄賃だ。帰りも頼むよ」


 私は煙草の箱をヒューに投げ渡して、言った。これは勝手に帰るんじゃないよっていう意味だ。貴族街を歩いて帰るなんて、嫌がらせにしかならない。このドレスを借りにいくときに、どれだけすれ違う馬車や車から冷たい視線を向けられたことだろうか。




 私は気配を消して、戦勝パーティーの会場に入り込む。

 うっ! キラキラして眩しい。金はあるところにあるんだよなぁ。


 会場をうろうろして、来ている人たちを確認していく。うる覚えだけど皇城で見たことがある人が幾人かいるなぁ。やはり公爵家のパーティーだからか?


 イリアの姿を探すと、青い髪の男性と話をしていた。あの人物がアスバ……なんとか伯爵か。思っていたより若いな。30歳ぐらいか?

 支援をしてくれそうと聞いたから、もう少し年上で偽善でもしようかと酔狂な考えを持つ人物かと思ったのだが……いや、人の心など計り知れない。


 このきらびやかなパーティーの風景を見ていると、なんだかムカムカしてきた。

 今でも戦場で戦っている人たちがいるというのに、お気楽なものだ。


 嫌気がさして私は大きな窓からバルコニーに出る。

 夜風が頬を撫ぜる。見上げると、星が天一面に広がっており、細い月が二つ浮かんでいた。


 このパーティーっていつ終わるんだ? 来たばかりだが、宿に戻って休みたくなってきた。


 ヒューに頼んで私だけ送ってもらえないか頼みに行こうと、踵を返したところで、背後に大きな壁があることに気が付く。あれ? 壁なんてあった?


「リィ。捕まえた」

「うぉ!」


 私は赤い目で見降ろしてきた人物に捕獲されてしまった。

 いや、完璧に気配を消していたレオンだった。


 ちょっと待て! 今の私は常時結界を展開しているぞ。


「外に出ると目立つから、やめたほうがいい」

「ちっ!」


 そうだった。最近は私の周りでは聖質を持つ女性が増えたから、気にすることがなくなっていた。夜は光って目立つのだった。


「結界を張っていたのに、なんで私を捕まえているわけ?」

「ん? これか? リィの結界を侵食してみた」

「侵食……」

「干渉と言い直す」


 どっちでもあり得ないから。これはあれだ。私の古代魔法を解析して逆展開して、無効化したってことじゃない!

 くそー。じぃの血はチート過ぎるんだよ。


「で、何か用?」


 取り敢えず、パーティーが終るまではここにいなければならないから、仕方がないから話を聞いてあげよう。


「リィに会いたかったから」


 ……大した用ではなかった。会ったからもういいよね。

 私は離すようにレオンの腕をバシバシ叩く。


「会ったから離せ」

「リィ。帰ろう……このまま連れて帰ろう」

「やめろ」

「はぁ」


 なんだよ。そのため息は?


「あと、これも渡したかった。成人おめでとう」


 そう言って私の首にレオンは何かをかけてきた。見ると、金色のバラを模ったネックレスだった。何故に金のバラ?


「これはなに?」

「カルアがこれだって言うから、そうなったって言えばわかるか?」

「……いや、わかりたくない」

「わかりたくないだけで、リィはわかっているっていう事だな?」


 いや、わからんし、認めん!


 だが、成人? ……ああ、確かイリアの16歳の誕生日が盛大に行ったのは、成人のお祝いだったからか?


 私がもやもやと考えていると知っている曲が室内から聞こえてきた。これは皇城でレオンのダンスの練習に付き合わされたときに流れていた曲だ。


「リィ、踊ろう。今日のために時間を作ったんだから、それぐらい付き合え」


 はぁ、これは完璧にボスと繋がっているっていことか。

 仕方がない、ボスはレオンに強襲されてしまったんだ。それは屈するしかない。

 しかし、こういう騙し討ちはよろしくない。


「荷馬車があと二台ぐらい欲しいね」


 そう言って私はレオンに手を差し出す。ダンスをさせられたのはずいぶん昔のことだぞ。絶対に踊れないな。


「運搬車だな」

「その名前は無骨すぎるから却下したはず。それから、ダンスは踊れないぞ」

「別にいい。こうやってリィとの時間が楽しめるのだから」

「そうか? ……そういえば、最近は災害級の戦い方はしてないみたいだな」


 レオンはあの獣王国との戦いから抵抗できない程の強力な魔法を使っていない。獣王国もあのあと、降伏し話し合いの席について、最悪の事態を免れたのだ。


 ん? 思ったよりも体が覚えているな。なんとなく踊れている。


「リィがシリウス経由で手紙を送ってきたからだ」


 ああ、確かに伝言を頼んだら、否定されたから、代筆を頼んだのだった。


「なるべく、自制している。が、リィも人のことを言えないだろう?」

「何が?」


 私はレオンほど酷いことはしてない。古代魔道具使ってきたやつの成敗とか、盗賊もどきの成敗だとかだ。


「あの氷。四年経っても解けていないが?」

「……てへ?」


 いやぁ。古代魔法は恐ろしいね。未だに極寒地獄のままなんだよね。

 失敗もあるよ。次からはもう少し考えるからね。


「リィ」

「ん?」


 レオンは私の名を呼んで足を止めた。そして、私を抱きしめてきた。


「まだ、戻って来てくれないのか?」


 まだ……か。私はレオンから何を言われても返す言葉は同じだ。


「レオン。私はレオンの友達だ。それが、私の答えだ」

「俺の想いはあの時から変わってはいない。リィ。愛してる」


 あの時から変わっていないか。私もあの時から変わっていないよ。


「レオンのことは好きだよ」

「リィ!」

「だけど、私はじぃに拾われてきた孤児。レオンは皇族。そして今の私はそれから何も変わっていない戸籍もない自称治療師」

「リィ! そんなもの……」


 私はレオンの口を手で押さえる。

 言いたい事はわかっているよ。戸籍なんてどうでもなるって。だけど、そうじゃない。


「今の私は自由だ。その意味がわかるかな? 何者にも縛られていないんだ。そんな私だからこそできることがある」


 そう言って、私はレオンから手を離す。


「そうか。まだダメなんだな……あと5年だ。5年以内にすべてを終わらす。それまで待っていろ」

「何を待つんだか? 私は私の道を行く……っ!」


 私を引き寄せたレオンは言葉を塞ぐように口づけをしてきた。

 なにするんだ! 人が話しているというのに!


「リィ。絶対に待っていろ。浮気は許さないからな」

「いや、だから……」


 誰かの足音が近づいて来たので、私は口を噤む。

 これはレオンの側近か何かか? 突然、気配が近くに現れて、わざわざここにいると言わんばかりに足音を立てて近づいて来たのだ。


「ちっ! 何が起こっても邪魔をするなと言っていただろう!」


 いや、きっと何かあったのだろう。まぁ、あの情報が帝国に入ったということか。


「レオン。行きなよ。グランシャリオとシスベニアとマスレニードが手を組んだからね」


 私がそういうと、レオンが壁になって見えない人から息をのむ音が聞こえた。私の答えで当たっていたのだろう。

 とうとうグランシャリオが動き出したのだ。蛇人の国。グランシャリオ。それがシスベニア竜王国に大量の金銀財宝を差し出し協力を願い、光る物が大好物のシスベニア王は直ぐに了承した。竜王国だけでも厄介だというのに、マスレニード国にも大量の酒を送り協力を願った。マスレニードはドワーフの国だ。武器や防具。魔武器なんてものを作っているらしい。とは言っても古代魔装具には足元には及ばないという噂だ。


 だが、これが最悪の組み合わせだった。


「ここからは泥沼の戦いだよ。まぁ、だから私もこうやって支援をしてもらえる貴族を探していたっていうのもある。『サルバシオン』を二つに分けるつもりだ」


 私は私の意志をレオンに告げる。だから、レオンのところには戻れないと。


 ここからは休みなどなく戦い続けることになるだろう。だから、こちらも数を増やすことで対応するのだ。

 竜人はうろこ状の皮膚を持ち、その力は獣人より上だといわれているのだ。普通に戦っても勝ち目はない。他の国には最低限しか関わってこないというのが、一般的な見解だったが、グランシャリオ王はスベニア竜王を満足させるだけの金銀財宝を用意したということなのだろう。


 そしてグランシャリオ王。狡猾であり、石化の邪眼を持っていると噂されているが、その邪眼を使ったと聞いたことはないので、真偽のほどはわからない。だが、厄介なのには変わりはない。


 帝国はドワーフ国で量産された魔武器を手にしたスベニア竜王国とグランシャリオ国を同時に相手にしなければならないのだ。


「わかった。……リィ。絶対に無理をするなよ」

「ふん! 誰に言っているかわかっているの? レオンに魔法を教えた私が、無理するようなことが起きるはずないじゃない!」


 私は馬鹿にするなよと笑顔で言い返した。すると、レオンは私から離れていく。

 ん? なにか……いや、なんでもない。

 何かもやっとしたけれど、まあいい。


「リィ。絶対に迎えに行くから、待っていろ」


 そう言ってレオンは私に背中を見せた。

 その大きな背中を見て、思わずレオンの腕をつかんで引き留めてしまった。


 ……なぜ、私はレオンを引き留めているわけ? 放しなよ。引き留めたからって何もならないのだから。

 私は私の道を行くって決めたのだから。


「リィ。どうした?」

「あ……いや……」


 なぜ、引き留めてしまったんだよ。馬鹿だろう。

 理由……何か適当な理由ないか?


 私の視界にキラリと光る物が目に入った。


「この……首飾りのお返しを……していない……と……思って……」


 言い訳が苦しすぎる!


「それはリィの成人の祝いの品だから、お返しとかは必要ない」


 レオンがクスリと笑いながら答えた。

 そうだろうね! 


「いや、そもそも成人が何歳か知らないのだけど?」

「……」


 無言。……いや、その辺りの一般常識は残念ながら、持っていない。レオンと一緒に帝王学だなんてものを勉強させられた記憶はあるのだけどね。


 それに私には常識を知る前に、レオンを守ることが最優先だった。そんなことを知っている暇なんてなかったよ。


「そうだな」


 私がもう少しマシな言い訳はなかったものかと思案していると、すぐ側からレオンの声が聞こえてきた。

 視線を上げると目の前に赤い瞳があった。思わず一歩下がって距離をとろうとすると、私が掴んでいたレオンの腕が引かれる。


 引かれた反動でバランスを崩して、私はレオンの方に倒れてしまった。そして、何故か抱きかかえられてしまうはめに。


「魔道自動車を待たせているところに行くまで、リィの歌が聞きたいなぁ」


 レオンはそう言って、バルコニーから夜の庭園に降りたった。後ろから側近の人が叫んでいるけどいいのか?

 しかし、私の歌? レオンが不眠症になって寝かすために歌っていた歌のことか?


「何を歌っているか意味がわからないから歌うなと、文句を言われたような記憶があるのだけど?」


 機嫌よく夜の庭園を、私を抱えながら散歩をしているレオンに言う。あれから私は歌を歌わないと決めたんだよ。私は異界の歌しか知らないのだから。


「リィが毎日歌っていたら、こそこそ聞きに来ていた奴らがいたよな。俺のために歌ってくれていたのに、腹が立つよな」

「いや、あれはレオンの離宮の使用人だったやつらだろう? それは普通に聞こえるよ」


 まぁ、私が必要ないと使用人を全員解雇してやったけどな。じぃ経由で。


「ここなら人気はないから、俺しかいない。俺のために歌ってくれリィ。これがお返しでいいぞ」


 くっ……苦し紛れで言った言葉が、自分にグサリと刺さってきた。


 まぁ、これは私が悪い。何故かレオンを引き留めてしまった私が悪い。


 私は二つの細い月と星が瞬く空の下で、異界の歌を歌う。この歌の意味を知るのは私一人だ。


 恋しいと。寂しいと。この想いは届かないと。月に向かって嘆く女性の想いだ。


 ああ、この空は私の知っている空ではないと、幼かった私が歌った歌だ。


「リィ。大好きだ。愛している」


 歌っている私の耳にレオンの言葉が聞こえてきた。


 私にそんなことを言うのはレオンぐらいだ。この世界で異質な私にそんなことを言うのはレオンぐらいだ。


 だから、レオンに会いたくなかったんだよ。




 私がここにいてもいいと、勘違いしてしまうじゃないか。




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