第9話 新しい仲間
私は一人で戦場後を歩いている。ここはフラーネリア王国との国境の帝国領内だ。
帝国はフラーネリア王国に進軍を許したものの直ぐに巻き返し、フラーネリア王国軍を押し戻した。言葉だけで表せば、そんなものだが、実際は悲惨だ。
そうレオンが動いたのだ。
皇帝がミルガレッド国のことで手を取られている間に、フラーネリア王国軍が背後をつき、皇都に進軍する予定だった。だが、レオンは王族を処刑したあと、ミルガレッド国の王都に火の雨を降らせた。いや、ミルガレッド国中にだ。まるで天からの裁きのように火の雨を降らせたのだ。
これは語ることも憚れるほどの悲惨さだ。
そして、レオンはミルガレッド国の王都に進軍していた帝国の軍を引き連れて反転し、フラーネリア王国方面に向かったのだ。
もう言わなくてもわかるだろう。レオンを前にしたフラーネリア王国軍は惨敗した。
その死が充満している戦場後を私は一人で歩いている。生きている者など皆無だ。レオンの力が強すぎるのだ。
「はぁ。私の力にも限度はあるよ。死人は生き返させられない」
これは戦争ではない。ただの暴力だ。
「今度会うことがあったら、力加減をするように言っておかないといけない」
いや、もう会うことはない。だから、手紙を送りつけよう……誰かに代筆させて。
そして、私はレオンが立った戦場には足を向けないと決めた。
私は死に対しては無力だ。せめて、成仏してくれることを祈るよ。
それから、各地の戦場に足を向けた。今までと何も変わらない。ただ、私一人だけで、怪我人を助けている。
「人手が欲しい」
思わず呟いてしまった。オッサンはとても役に立ってくれた。
怪我人を私の元に運んでくれる。それだけで十分だった。
今は怪我人を棒に布地を張っただけの日よけのテントまで私自身が運んで、治療を行っている。一ついいだろうか。私はまだ12歳。大の大人を、それも何かしらの防具をつけた男性を運ばなくてはならないのだ。
身体強化しているとはいえ、かなりキツイし非効率だ。オッサンがもう一人欲しい。
でもこれ以上ボスに頼ると、返すものがないのだ。
「あなた、以前も一人で戦場で治療していた方かしら?」
私が自分の非効率さを嘆いていると、背後から女性の声が聞こえた。振り向くとそこには50歳ぐらいの女性の姿があった。
「これはアスタル伯爵夫人」
私は治療の手を止めて、50歳ぐらいの女性に向かって頭を下げる。この女性はアスタル辺境領で息子を助けたお礼として、数日の屋敷の滞在を申し出てくれた伯爵夫人だ。
「そのまま治療を続けて」
そう言われたので、肋骨が飛び出ている人の治療を再開する。ったくどんな攻撃をうけたのか、全身挫傷に近い感じだ。
「以前のときはお仲間が迎えに来てくれたのに、今はお一人なの?」
確かにあのときはボスにヒューとオッサンを送り込むと言われて、待ち合わせをしていたのだ。そうか、あれから一年以上。時が経つのは早い。
「あれね。契約が一年だったから、今はまた一人で戦場を巡っているよ。伯爵夫人こそどうしたの? ここは夫人がうろうろして、いいところじゃないと思うけど?」
ここ。それはソムリウム国との小競り合いが未だに続いているからだ。いや、小競り合いがではなく、戦争だ。双方ともかなりの犠牲者をだしている。
「今は伯爵夫人ではないのでいいのですよ」
「え? どういうこと?」
私は思わず手を止めて夫人の方を見てしまった。言われてみれば、以前は貴族らしい綺麗な洋服をまとい、キラキラ光る装飾品を身に着けていたけど、今は侍女のようなエプロンドレスを着て、装飾品は一切つけていない。それに髪の艶やかさもなくなり、濃紺の髪に白髪が目立つように見える。
「夫があの後直ぐに戦死をしましてね。息子に爵位を譲ったのよ」
あの死にかけていた息子に爵位を譲ったからと言って、夫人が侍女のような恰好をする理由にはならない。
「私、一瞬、あなたを恨んでしまったの」
「私を?」
何か恨まれるようなことをしでかしてしまったのだろうか。
「なぜ、息子は助かって、夫は助からなかったのでしょうと。あの治療師の子がいてくれたら、夫は死ななくても良かったのにと。息子の命を助けてくれた、あなたを逆恨みしてしまったの。ごめんなさい」
「私自身なにも思ってはいないので、謝らなくていい。それに私の身は一つだから、助けられる命は限られているし、助けられない命もある」
ここでも、私の手が届かなくて、失われてしまった命はある。人手があれば、助かった命だ。これは私が無力だったという以外理由はない。私に人望があれば、それもまた違ったこと。
「契約が一年という縛りだったけど、二人の手が欲しいと最近痛感している。私の手は小さ過ぎた」
よし。この患者も治療が完了した。次の患者を運んでこよう。
私が立ち上がったところで、私の手が大きな手に包まれた。
「このおばさんの手では駄目かしら?」
「え?」
夫人は何を言っているのだろう。私は人手が欲しいと言ったけれど、夫人には過酷過ぎる環境だ。
「ここにもね。治療師はいたのよ。でも耐えきれないと言ってどこかに行ってしまったの」
その治療師最悪だな。戦場に治療しに来たのだったら、耐えきれないとか言って逃げるなよ。
「夫が亡くなって、怪我をしている人たちの治療を見よう見まねでやってきたのだけど、駄目ね。怪我の部分から腐るし、手がないのに手が痛いって叫ぶ人がいるの。私もね、領地を守る妻として頑張ってきたのだけど疲れちゃって……そうしたら、あなたが一人で戦場にいるじゃない」
これはもしかして夫人は死に場所を探していたってことか? 戦争は戦地で戦っている人も病んでいくが、それを支えている人も病んでいく。何も良いことはないのだ。
「一年前と変わらず、一人で戦場を歩いて人を助けようとしている姿を見て、私は何をしているのでしょうと思ったの。息子が助かったのは、あなたがこうして一人で戦地で治療をしてくれていたから、夫が助からなかったのは直ぐに治療ができなかったから、だから、このおばさんに人を助けるすべを教えてくれないかしら?」
夫人は本気で言っているのだろうか。私は聖魔法が使える。だけど夫人の感じからいけば水魔法に特化している。聖魔法が使える感じではない。
「夫人それは、人の怪我の処置を覚えたいということ?」
すると夫人は首を横に振って答えた。
「あなたのお手伝いがしたいの。小さな治療師さん」
「私の戦地巡りに付き合うということ?」
「そうよ。さっき人の手が欲しいって言っていたわよね」
「それだと、この辺境の地を離れることになるけど?」
「この地は、夫との思い出が多すぎるの」
夫人は苦しそうに言葉にした。思い出が多すぎる。楽しかった思い出もあれば、そうではない思い出もある。夫人はまだ亡くなった伯爵の死を受け止められないでいるのかもしれない。
そうして、私の旅に元辺境伯爵夫人が加わった。夫人と共に行動をしていて一番助かったのは金銭面でのことだ。戦争で色々出費がかさんでいるにも関わらず、一定の資金を毎月工面してくれると、死にかけた息子もとい、辺境伯爵が約束してくれた。
まぁ、夫を亡くして日に日に落ち込んでいく母親が新たな生きる場所を見つけたから支援してやろうという感じだろう。
夫人と5つ目の戦場を回っている時だ。今日の戦闘は終わり、小さな明かりを頼りに治療を行っていた。そのとき、暗闇の中、何も光源を所持していないボスが私を訪ねてきた。
「よぅ。元気そうじゃないか」
「ボスも元気そうだね。男前度が上がったけど、それどうしたわけ?」
私は自分の額を指して言った。相変わらずのイケオジの額に斜めに傷が入っていたのだ。
「ちょっとヘマをしただけだ」
「もう歳なんじゃない?」
「うるせぇ!」
「治してあげようか?」
「ああ、頼む」
私は重傷者を治療しながら、ボスの額に手をかざして傷を綺麗に治していく。よし。完璧だ。
「器用なことをするな。で、そこの奥方はどうしたんだ?」
ボスは夫人を見て言った。ボスはこの夫人が誰かっていうぐらいは知っているだろう。奥方だなんて言い方をするぐらいだから。ということは、ここにいるいきさつを知りたいといことか。
「アンナは私の助手だ。旦那さんが亡くなって、私の手伝いをしたいって言ってくれたんだ。最近は身体強化も使えるようになって、怪我人を運ぶこともできるようになった」
「酔狂な人もいたもんだな。この悪魔の手伝いをしたいだなんて」
「そこの貴方、先生に失礼ですよ。先生ほど素晴らしい方はいらっしゃいません」
ボス。何その目。私が夫人を洗脳したんじゃないのかっていう疑いの目を向けないで欲しいな。私はそんなことはしていないよ。
「先生ってなんだ?」
「名前を教えろって言われたから『リカルド』って名乗ったら、女の子にリカルドとつける親はいないと言われた。だから、先生で通している」
「まぁ、普通はいねぇよな。」
すごく、馬鹿を見る目で見降ろしてくるのはやめて欲しいなボス。それよりも、何しにボスがわざわざ来たんだ?
「ボス、額の傷は治したから帰れば?」
「んーなことで、わざわざ来るか! あのおひぃさんをそろそろ引き取りに来いって言いにきたんだよ」
あれから半年、彼女は自分の立場を受け入れたってことか? それにしてははやすぎるな。何かあったのか?
「ちょっと早すぎない? 私は受け入れられるのにもう少し時間がかかると思っていたのだけど?」
「てめぇに言いたいことがあるんだとよ」
「は? 何それ?」
確かに文句を言われる筋合いではあるけれど、王族のままの彼女では意味がないって理解してくれているのかな? それとも、ボスのところで世話になっているのが嫌だってことかな?
「それにしてもボスは暇なんだね」
「暇じゃねぇ! おひぃさんがこの戦場にいるから来い!」
あ、ボスが軍人から金を巻き上げるところね。暇じゃないと言いつつ私のところに直接来ているなんて、暇じゃなかったら、怪我を治しに来たくらいしかないと思うのだけど?
「いや、まだ治療が必要な人を治していないから、いけないよ」
「ちっ! 怪我人を運んでくればいいんだろう!」
それは助かる。夫人も運んでくれてはいるけど、女性だからね、そこまでは頼れないんだよ。やっぱり怪我人を運んでくれるのに男手は必要だよね。
「でさぁ、ボスは誰に負けたの?」
大方、治療が必要な人を私の元に運んでくれたボスに尋ねる。ボスって相当強いのに、そのボスに怪我を負わせる人物って気になるよね。
「魔王だ」
「え? 戦場で余波でも食らった?」
ボスが不意打ちでも食らったのだろうか。ボス自身が戦場に出ることはないから、軍人から金を巻き上げるために作ったあそこに、戦火が飛び火したのだろうか。
「いいや、帝都の本拠地に単身で乗り込んできたんだ」
「ボス。よく生きていたね」
「全部てめぇの所為だ」
いやいや、なんでも私の所為にしないで欲しい。これはアレだ。武器商人がボスだとバレたんだと思う。
「てめぇのことで知っていることを全部吐けと言われたんだよ」
「え? ボス。私のこと何か知っていた?」
私がスラム出身者だってレオンも知っているし、母親に置いて行かれたのも知っているはず、ボスにわざわざ聞くようなことはない。
「てめぇのことを悪魔だって言ったら、額を切られていたんだよ。今度は首を斬るって脅されてなぁ」
「ボス。ご愁傷様です」
「てめぇのことだ!」
しかし、なぜレオンがボスのことを調べて、私のことを聞いて来たんだ? いや、そもそもボスと私につながりがあるって、知らないはずだけど? ただ単にスラム出身者ってことで当たりをつけてきたのか?
「レオンはなんで、ボスに行き着いたのかな? ボスのところには転移でしか行っていないよ」
そう、私とボスとの関係は表面上ではない。ヒューはボスに付き従っているけれど、どちらかと言えば裏方なので、表立ってボスと共に行動することはない。そしてオッサンは下っ端の下っ端だ。あの二人を私に付けたボスはそういうところも抜かりない。
「女たちだ。てめぇが助けたあいつらだ。俺のことはぜってぇに言うなと言いくるめていたが、てめぇのことは言うなと言い忘れていてな。女たちがてめぇのことをしゃべって、魔王の耳に入って、女たちを取り仕切っている俺を探り当ててきたんだよ」
うん。何をどう答えていいのかわからないけど、彼女たちと仲良しになった軍人の中に直接レオンの耳にいれる人物がいたってことだね。強いて言うなら皇帝の犬どもだけど、あいつらが、ここ最近戦場に出た形跡はない。
「それで、何をレオンに言ったわけ?」
「ああ? 魔王が聞きたかったのは、一つはてめぇの好みだ」
私の好み? なんだ? それは? そんなものボスは知らないだろう? 私が甘いものが好きとか。
ボスの前で何かを食べた記憶はないし、好きな食べ物の話をした記憶もない。
「果物は全般的に好きだけど? それがどうしたわけ?」
「てめぇはそういうやつだよ」
何故に、かわいそうな子を見るような目で私を見てくるわけ?
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