第2話 友にはなれる。だから……さようなら

 まぁ、思っていた以上にレオンとのお友達生活はスリリングだった。


 毒を食事に入れられるのは日常的で、毒物を判定できる魔法を作ったほどだ。

 刺客に狙われる。それも昼夜構わずにだ。


 そんな生活を送っていたレオンは不眠になるし、物を食べても戻すし、かなりヤバイ状況でもあった。

 だから、私は護衛と治療と看病をすることになった。これほど前世が看護師で良かったと思ったことは無かった。でなければ、普通は吐瀉物や寝込んでいるときの下の世話なんて、嫌だしどうすれば良いかもわからなかっただろう。


 しかし、じぃ。5歳と10歳の子供には少々過酷な暮らしなのではないのだろうか。

 レオンがいるところはてっきり後宮の中だと思っていたのだけど、10歳になったということで、離宮を与えられたらしい。普通ならば仕える者は、母親が選ぶものらしい。しかし、皇帝が選んだため、レオンに忠義を尽くしているわけではなく、裏切ろうと思えば簡単に裏切る者たちだった。


 先ずはここから変えた。そのために、時々様子を見に来るじぃに信用できる人物を紹介してもらい。レオンの周りを固めていく。


 そして、レオンにも自分自身を守る力を得るために、剣術を指南してもらう人物と勉学を教える人物を一人ずつ紹介してもらい。魔法は私がレオンに教えた。まぁ、残念ながら、私には文字が書けないため、全て口頭だったけれど、今では使われていないいにしえの魔法まで、叩き込んだ。これはもちろん図書館通いの成果だ。




 そして月日は流れ、5年後。


 じぃの容態が急変したという知らせが届いた。じぃの血族は1時間後に集まるようにという知らせと共に。


 とうとうこの時が来てしまった。私は出来ることは全てやったつもりだ。


「だからさぁ。第二皇子は絶対にだめ。付くなら第三皇子。そこなら弱みを握っているから、レオンの生存確率が上る」

「リィ。ここに残るつもりは無いのか?」


 レオンは知らせが届いてから、私に城に残るように言っている。それは無理な話だね。だから、私は少しでもレオンの生存確率を上げる話をしている。

 このときには、レオンは大分砕けた口調で話すようになっていた。


「それで第三皇子と共闘して、他の皇子共を牽制しろ。レオンにはそれだけの力がある」

「リィのためなら、皇帝になってもいいんだぞ」


 レオンなら皇帝になる力は持っていると思う。だけど、それはきっと泥沼化すだろう。後ろ盾がないレオンが貴族をまとめ上げるには、恐怖政治の一択だ。それでは駄目だ。


「あとは第二皇女だ。あの女は危険だから、さっさと排除しろ。統治下の何処かの王の嫁にでもやるといい。いや、いっそ外に出した方がいいな」

「リィ。それとも俺がリィに付いて行ったらいいのか?」


 身分を捨てると? 私にはそこまでする価値なんてない。


「はぁ。レオン、この国はあやうい。戦いの種があちらこちらで燻っている。今は皇帝が力技で押さえ込んでいるけど、次代となると、どうなるかわからない。じぃの命が消えれば、皇帝は退く可能性が高いしな」

「そこがわからないのだが、何故太上皇帝が身罷られると、皇帝が退くことになるんだ?」


 これは口には出せないことだ。じぃの固有スキルを息子に使わせられるようにしていたため、今の皇帝が軍神と呼ばれるほど強いだなんて。

 じぃの恐怖を感じる程の力は“天竜牙爪”というスキル。使ったところを見たこと無いのでわからないけど、めっちゃ強いらしい。

 そして、私はスキルという物が存在すると初めて知った。


 因みに私のどんな文字も読めてしまうのも“翻訳”スキルだった。お陰で文字が書けないけれどね。


 めっちゃ強い、じぃのスキルの力の一部を息子の皇帝に使わせるようにしたらしい。そんなことを私に話してもいいのかと聞けば『フォッフォッフォッ』とあの気味が悪い笑いをされた。

 まぁ、いいのだろうと解釈をした。


「それは知らない方がいい。それから、コレを……」


 私は自分の首に掛けていた鎖を外して、レオンの手のひらの上に落とす。鎖の先にはゴルフボールほどの白い球状の玉があった。


「私の聖気を凝縮したものだ。きっと役に立つ」


 これは、じぃの話を聞いて思いついたもの。自分の力をレオンに渡せないだろうかと思って、作った聖気の結晶だ。白い玉なのだが、中にはキラキラと星が輝いているように煌めいている。これがあれば、多少の怪我も治るだろうし、毒も解毒してくれるだろう。


「レオンカヴァルド樣。お時間が迫って来ております」


 レオンの侍従が呼びに来た。

 この人物もじぃから紹介された者で、レオンの侍従兼剣の指南担当だ。金髪金眼の長身の男性で、歳は恐らく25歳か26歳だろう。

 私たちの存在を確認した侍従は呆れたような金色の瞳を向けてくる。


「レオンカヴァルド樣。いつも言っていますが、犯罪臭いですよ」


 犯罪臭い。いつの頃からかレオンは私を膝の上に乗せるようになっていた。そして、15歳にしては大人びた黒髪の青年が、10歳という本来の年齢よりも幼く見える金髪の少年|(外見)を抱きかかえているのだ。

 第三者から見れば、怪しすぎる構図と言うことだ。


「リィは俺の嫁だから問題ない」


 いや、色々問題がある。

 時間が来てしまったのなら仕方がない。私はレオンの膝の上から降りる。そして、レオンの赤い瞳を見て言った。


「私と貴方の間には身分という壁がある。だから結婚はできない。その代わりに友にはなれる」


 私がここに居るのはじぃの許可があったからこそ。そのじぃが居なくなったとなれば、私はレオンの側には居られない。


 右手を差し出した私にレオンは、泣きそうな顔を見せた。そして、自分の耳に手をやり、そして私に手を差し出してきた。


「やる」


 それは、私がレオンに自分の魔力を溜めるように言っていたピアスの片割れだった。元は透明だったのに、今は真っ黒だった。……これ、呪われていないよね。


「耳に穴を開けていないからいらないよ」


 断わるのが一番いい。嫌だよ。レオンの怨念がこもってそうなピアスは。


「カルア。直ぐに行くからリィを押さえろ」

「はっ!」


 は? いやいやいや。それはないよねカルアさん。


 私は後ろから侍従に手首を掴まれてしまった。


「カルアくん。後ろからとは卑怯だね」

「レオンカヴァルド樣には早く太上皇帝陛下の元に赴いてもらわなければなりません」


 それとこれは関係ないよね! ……っ!


「いったー! 本当に突き刺した! 虐待だ! 虐待!」


 そして、何故か耳の後からパキッという音が聞こえた。もしかして……。


「これ外れるよね! 外れなきゃ困る!」

「大丈夫だ。これで夫婦だ」


 意味がわかんないし! 何が夫婦だ!


「大好きだ。リィ。浮気は許さんからな」


 そう、レオンは私に異常な執着心を持っていた。

 これは、レオンが弱っている時に、身の回りの世話をしたのが起因だろう。

 だから、私以外の者を周りに置いて、私への依存度を下げていったのだが、異常な執着心に変化はみられなかった。


「はいはい。私も好きですよ。私と結婚したいというなら、じぃぐらいの実力をつけないと駄目ってことも付け加えておくよ」


 私がそう言うと機嫌よくレオンは部屋を出ていった。その背中に私は声なき言葉を掛ける。


 “さようなら”と。


「で、さぁ。あなた達が来たってことは、じぃは天に召されたのかな?」


 私は一人しか居ない広い部屋の中で、大きな独り言を言う。


 いや、壁に亀裂が入り、壁が内側に開いた。隠し扉だ。そこから次々と鎧が出てくる。

 じぃの護衛をしていた鎧共だ。


「いやー。本当にじぃには色々教えてもらったよ。これ私が知っちゃいけないことだよねっていうの」


 私の言葉に鎧共は答えない。答える必要がないのだ。


「だからさぁ。権力者って嫌いなんだよねぇ。利用価値がなくなったらポイッて捨てればいいと思っているから」


 そして、鎧共は一斉に剣を抜く。所詮身分がない者など、捨て駒だ。皇帝だったじぃの目的は達成した。

 次代にはレオンの力が必要だ。じぃの血を濃く受け継いたレオンの力。


 ったくさぁ。私に言うなよ。『レオンは孫ではなく。わしの子じゃ』って。これを聞いた瞬間、私は殺されることを予見したよ。


 で、こうして私は鎧に囲まれているわけだ。


 いいよ。相手してあげるよ。10歳の子供だけど、前世を合わせるとアラフォーだ!


 一斉に鎧共が剣を掲げて襲ってきた。その数にして30は居るだろう。きっとじぃの背後にいた者たちだから、精鋭に違いない。

 でもさぁ、私にとって数なんて問題じゃない。魔法って広範囲で攻撃出来るわけ。私を囲っていようが、全方位に魔法陣を展開すればいいこと。

 そして、相手は何かしらの金属の鎧を身に着けている。ということは、金属には融解度が存在し、タンパク質は60度を超えると、変質する。

 だったら、灼熱地獄にすればいいってこと。


「『獄炎』」


 魔法陣から千度を超える炎が吹き出し、熱風が吹き荒れる。私はちゃっかり自分だけは結界の中だ。

 別に発動キーは言わなくてもいいのだけど、言うと安定性が増すので、無詠唱よりも威力が上がるのだ。


 すると、鎧の一人が棒のような物を出して、何かをしようとしたので、魔法陣をその鎧に向けて展開する。


「『石刃』」


 魔法陣の中から鋭利な岩が吐き出され、鎧を押しつぶしていく。


 今、主流の魔法は詠唱術式だ。棒の先にある魔石に自分の魔力をまとわし、呪文と発動キーを唱えれば魔法という形に発現するもの。これは私のように魔力で魔法陣を描かなくて便利なのだけど、呪文を口にしなければ、魔法は発現しない。だから、魔法を使おうとした鎧の行動を阻害した。


 高温の炎に巻かれて、動けなくなっている鎧共。

 ふん! 私の命が簡単に取れるとは思わないで欲しい。


 灼熱地獄化した中から私の結界に剣を振り下ろしてくる者がいた。

 凄いね。この中を駆けて抜けてきたのか。


「高みの見物をしてたんじゃないの? カルアくん」


 私は瞬間移動でもしたように、目の前に現れてきた鎧に声を掛ける。


「カルアくんさぁ。私の結界をそんな剣じゃ貫けないことぐらいしっているよね。だって、5年の付き合いだしね」


 しかし、目の前の鎧は私の結界に剣を突き立てることを止めることはしない。


「ここは、交渉しない? その辺の死体をつかってさぁ。私を死んだことにしてくれないかな?」

「貴女のようなチビは我が隊の中にはいません」

「それは私がなんとかするよ。ついでに虫の息の鎧くんたちを元の状態に戻してあげてもいいよ」

「元に戻すですか?」

「そう、誰のお陰でレオンが今まで生きていると思っていたわけ? 私の魔法のお陰って理解していなかったのかなぁ? カルアくんっておバカだね」


 すると、カルアは剣を収めて一歩下がった。だから、私は火を吹いている魔法陣を消し、新たな魔法陣を展開する。


「バカではありません。私は主の命令には忠実にあらねばなりません」


 そういうところがおバカなんだよ。私の結界には剣は通らないと知っているのに、じぃの命令通りに、馬鹿みたいに剣を振るってくるところが。


「真の皇帝がいなくなったのだから、これからこの国は荒れるよ。次の主を間違わないように選ぶんだよ。カルアくん。『原点回帰』」


 これは治癒ではなく、少し前の状態に戻す魔法。死んだ命は元には戻らないけど、生きている人は、私が攻撃する前の状態に、部屋も元通りに戻る魔法。


「もう、それは決めております」

「そう、なら余計なおせっかいだったね。っとこれでいいか」


 私は天井から落ちてきたのだろうねずみっぽい黒い塊の前にしゃがみ込む。

 人は弔いが必要だからね。さっきカルアに言ったことは勿論カルアを苛つかせる為の方便だったのだけど、じぃが選んだ人物なだけあって、普通に返されてしまった。

 きっとカルアが怒ることがあるのであれば、それはじぃのことだけなのだろう。


 黒い塊を私の手首を模するように、魔力でコネコネして形を変える。


「取り敢えず、この手首を持っていって、追い詰めたら自爆したって説明しておいて」


 そう言って、カルアに黒焦げの手首もどきを渡した。


「いつも思いますが、貴女の魔法は適当ですね」

「こんなの適当でいいじゃない? 私の魔力が混じった何かってことで」

「これからどうするのですか?」

「これから? まぁ、そうだね。ナイチンゲールでもしようかなぁ」

「相変わらず貴女の言っている言葉が理解できませんね。理解不能な文字を書くのですから、言葉ぐらいは、きちんと話してもらいたいものです」

「もう、私の言葉なんて聞くこと無いから大丈夫。さようなら、カルアくん」


 私はお別れの言葉を告げて、その場を転移で去っていった。もう二度とくることはないだろう。そして、彼らにも二度と会うこともないだろう。


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