第2話
少年は失踪した時、学校帰りに山の麓をふらふら歩いていたところ、藪の中から〝奇怪な動物〟が顔を覗かせていた。
一見猿のようだが、手は人間のようである。身体は自分の半分くらいだったが掌はそれに比して異様に大きかったらしい。正確に測ったわけではないが自分の手の1.5倍くらいはあったという。
眼も三つあり、所謂人間でいうところの眉毛の下の二つまなこの上、額にもう一つの眼があったということだ。
少年の言によると、この第三の眼が一番賢そうであったらしい。
このような異形であるが、その表情はやはり人のようだった。
少年はこの獣になんとなく親しみを感じ(信じがたいことであるが)近づいていった。
すると獣はニッと歯を剥き出しにして笑みを浮かべ、藪の奥に消えて行った。
少年は招かれたように思い、ついていってしまったのである。
途中で獣はスピードを上げた。見失わないように少年は駆け足になる。再び藪の中に飛び込んだ獣を追って少年も叢へ。
それから穴に落ちた。その深い深い穴の底が〝地下の国〟であったという話だ。
少し怪奇風味の『不思議の国のアリス』といえないこともない。
少年が五年近く過ごしたという肝心要の〝地下の国〟の描写に関しては、正直荒唐無稽過ぎて私にはなんとも判断がつかなかった。
子供一人の想像力から生み出されたにしては膨大な量であるし、さりとて話を作るのが不可能とも思わない。今は便利な世の中である。
ただ世間を騒がせるためにやった、ということも考えられなくはないが五年半は確かに経過している。
五年半を費やし人生をかけた悪戯だろうか? むしろそちらのほうが大物に思える。
とにかく僕は異界に行きたいのだ。〝地下の国〟が異界であればいいのだが。
少年の話が本当であれば、そこは常軌を逸した世界のはず。
常軌は逸していれば逸しているほど良いのだ。
そこまでいうからには死ぬ覚悟も出来ているが、出来うる限り死にたくはない。
矛盾しているようだが、要は少しでも長い間異界を味わいたいのである。
折角自分の望んでいるような、おかしな空間に迷いこむことが出来たとしてもすぐに死んでは味気ない。
可能な限りその世界を味わい尽くして果ての死ならば文句はない。
僕はなんとか少年に接触したかった。そこに行くまでに少しでも心構えなど知っておきたい。
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