クラス転移に失敗して平民の子に転生しました
ささくれ厨
プロローグ
転生
今思えばあれはクラス転移だった。
俺の学級はあの日、まばゆい光りに包まれた。
それは何が何だかわからない状況で、ただ、俺はその時、教室から出ようとしていたら、忽然と俺の右半身の大部分が消失していた。
激しい痛みで俺は気を失い、俺の意識はそこで飛んだんだけど──確かあの時は……。
『
俺の名を呼ぶ鈴の声が脳内に響く。
目を開けるといろいろと透けて見えてる薄い衣に身を包むダイナマイトバディな神々しい女性の姿。
漫画だったら黒く塗り潰されて隠されるやつだ。
彼女に見とれて返事が遅れたけど、俺の返答を待つことなく目の前に浮かぶ女性は言葉を続ける。
『私はアステラの女神ニューイット。私の信徒による召喚魔法で──。嗚呼……あなたはまだだったのね……』
何を言いたいのかわからないまま、その〝夢〟はそこで途切れる。
そして俺は目覚めたのだが、その途端に身体中を激痛が走った。
右腕が──右足が──動かそうとしても力がこもらず。
右腕と右足がしびれて感触が全くなかった。
俺の右半身は一体何があったんだ?
そう思って右手を見ようとしたのに首に力が入らない。
俺の視界には白い天井と白いカーテン。
ピ………ピ………ピ………と音がする心音計か?
左手を握ると感覚はあるけど、腕を動かそうとすると右半身からの激痛で力が抜ける。
「天羽さん! わかりますか?」
俺の目が開いていることに気がついたのか、看護師らしい女性が俺に話しかけてきた。
「あ……はい」
なんとか力を振り絞って声を出す。
それだけでも身体中に激痛が走った。
「ムリに声を出さなくても良いですから、今、先生をお呼びするので──ご家族様にも連絡しますね」
痛みで呻く俺に看護師さんが気遣ってくれたけど、すぐに病室から出ていった。
そう。俺は病院にいる。
痛みに堪えてなんとか左足を動かしてみたら右足があるはずの場所に何もなかった。
一人取り残された俺は痛みに耐えかねてそのまま眠る。
それから、しばらく──。
俺は目を覚ますと、両親と妹が俺の顔を覗き込んでた。
「空翔!」
「くうちゃんッ!」
「お兄ちゃん!」
三者三様に俺を呼ぶ。
「お父さん……お母さん……。
辛うじて声が出た。けど、もう力が入らない。
前に目覚めた時には感覚があった左手と左足。その先から血の気が失せていく気がした。
ああ、俺、死ぬのか……。
「今までありがとうございました。お父さんとお母さんの子になれて、舞海の兄になれて楽しかったよ」
死を悟って何か伝えなきゃと思ったら、自然と言葉が紡がれた。
お父さんもお母さんも、妹の舞海も、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
せめて笑顔が見たかった。
「ごめんね。もう眠いや……」
強まる眠気に抗えず、俺は意識を手放した──。
───はずだった。
『天羽空翔。私はアステラの女神・ニューイット。今度は死んでからこっちに来たみたいね』
全身を薄い衣のドレスで覆っているというのにいろいろと透けている。
間違いなくR−18だこれ。
漫画だと黒塗りされて見えないところが見えている。
「ここは──」
『ここはアステラ。あなたが住んでいた世界とは異なる世界』
「異世界──ということですか?」
『そうよ。前にも言ったけれど私の信徒が大規模召喚魔法を行使してあなたの世界から何人もの異世界人をこちらの世界へ喚んだの』
「異世界──召喚……」
『ええ。大規模召喚魔法であなたがいた世界から、あなたともうひとりを除いた三十八名の人間がアステラに誘われたわ。ところが、あなたは召喚魔法による異世界転移に失敗して身体の一部分だけがアステラに転移したの。もうひとりの子は転移に失敗してすぐに亡くなったけれど、あなたは辛うじて命が繋がれてほんの少しだけあちらの世界に留まれた。それから二週間ほどが経って、あなたは息絶え、私があなたの魂を喚ばせていただいたわ』
「それで俺はここに……?」
『そう。ただ、今回ばかりは特例よ。アステラで施された召喚魔法があなたの身体の一部をこちらに移してしまったもので、何故かまだ血が生きていて、そのあなたの一部を消し去るためにあなたの存在が必要だったの』
「そうですか……」
つまり、俺は異世界アステラからの大規模召喚魔法とやらに巻き込まれて死んだのか。
で、地球の俺は死んだけど、何故か異世界に転移した俺の一部が生きた状態で存在していて、それで転移先の世界の女神様直々に喚び出しされた。
お父さんとお母さんを泣かせてしまって、舞海に悲しい想いをさせてしまったのも、全部この女神と信徒の所為かよ。
『言っておくけれど、私の所為ではないのよ。私の真名を使った大規模召喚魔法を行使したものたちの所為──とはいえ、私の権能が肩代わりしてしまったのは事実。よって、その詫びとして、アステラに生を受けることを許しましょう』
「許しましょうって、死んだままでもう良いんだけど……」
『そういうわけにもいかないの。あなたの身体の一部分に生を吹き込んで維持しているものがいるから、このままだとその一部分に魂が宿って不完全な状態で蘇生してしまうの。だから、あなたにはこのアステラで新しい人生を歩んでもらいたい』
要するに俺の右腕と右足が不完全な状態で維持されているから、死という正しい状態を与えるために俺はアステラの世界に転生する必要がある──ということか。
『概ね、その認識で合っているわね』
どうやら女神様は俺の心を読んでいるらしい。
人の心を覗き込むなんてとんでもないやつだ。
『まあ、そう言わずに──。我が世界アステラで新たな人生を踏み出すあなたには特別に私の寵愛を授けましょう』
女神はふわりと俺に近付いて俺の両頬に手を添えると、やわらかい香りと共に顔を近付けてきた。
俺は押し倒されて、それから彼女が重みを感じさせずに身体を重ねると俺の唇に唇をつける。
とても甘く、脳天が強く刺激され、俺は動けずにいると、口の中に生温かくねっとりとした感触が忍び込んできた。
とろりとした粘度の高い液体が注ぎ込まれると、俺は思わずそれをこくりと飲み込んだ。
女神様に委ねるがまま。
それから、彼女は言った。
『私が寵愛を授けたのはあなたが初めて。前の子には恩寵を与えたのよ』
何がどうなったのかわからないまま、俺はニューイットと正面に向き合っている。
『それでは、良い人生を。また、会いましょう』
彼女は俺を抱擁すると、むわっとこみ上げる匂いを漂わせて甘ったるい囁き声を俺の耳元に届ける。
俺の意識はそこで途切れた。
そんなこんなで異世界転移に失敗した俺は家族に看取られてから息を引き取り、この世界に転生した。
ここで生を受け、成長し、物心がついた俺は前世の記憶を振り返る。
と、いうことで、俺の名はクウガ。
平民の子に生まれてはや三年。や、もうすぐ四年になるのか。
朝──。
藁を敷いた寝床から身体を起こし尿意を解消に行く。
俺の知る範囲だが、この世界ではトイレというものはない──、というのはやや語弊がある。トイレに近いものがあるにはあるけど、深めに掘った穴に向かって用を足す。
穴には蓋があって、用を足す度に蓋を取り外して使用する。いわゆるボットン式トイレというものだ。
だけど、その辺に撒き散らすよりはずっと良い。ただ、くみ取りするという考えがないから、ある程度溜まった時点で穴を埋めて新しい穴を掘る。
そうしてこの雑多な平民街の衛生は保たれている。
「おはよう。クウガ」
「おにいたん、おはよー」
家から出たら庭で母さんが火を焚べて湯を沸かしていた。
母さんの傍らに妹のリルムがちょこんと佇んで鍋を眺めている。
「おはよう。父さんは?」
「ロインは仕事でとっくに
ロインは俺の父親で母さんはラナという名だ。
平民だから名字はない。
父さんは一応冒険者ということになっているけど階位が低く比較的安全な依頼を受けて、それを生業としていた。
今朝も早くから仕事に出ており家にはいない。
父さんも母さんも細身の中背で金髪碧眼。
リルムも同じだし俺も金髪で碧眼。
前世からは考えられない見た目になった。
この世界の──というより、この街の住人はだいたい金髪で青い目をしてる。
と、背景はさておいて、火にかけている鍋の湯が沸きそうだ。
俺は家に戻っていつもの手伝いをする。
「母さん。茶葉を持ってくるよ」
家の中から乾燥した葉っぱを持ってきて皿の上で揉んで砕き、布に包んで母さんに手渡した。
「クウガはお利口さんね」
母さんはそう言って俺を抱き寄せて額にキスをする。
美人な母さんにキスをしてもらうと俺は嬉しい。
毎日のことなんだけど、初恋の相手が母さんでも吝かではない。と、そう思えるほど、平民としては美麗な容姿をしてる。
それに何よりも優しいんだよね。
前世で死んだのは残念だけど、こうしてまた、優しい家族に恵まれているのはありがたいことだ。
リルムも可愛いし。
お茶は美味しいとは言えないものだったけど、それでも、この寒い季節を迎えようとしている今日びの朝──温かい飲み物は身体に染みる。
こうして物覚えがついた俺は異世界に転生して、クウガとしての人生を謳歌しようとしていたわけだけど──。
どうして、前世の俺の名前と同じ名前なんだろうか。
甚だ疑問である。
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