第23話 してやられた

「ラナ・マシューは重要参考人として王都へと運ばれます。また、ユニアと呼ばれている獣人も同じく王都の獣人保護施設に収監予定となっております」


「そうか、なら運ばれる当日は獄炎隊が護衛につけ。必ず王都まで、いや、爺さんの前に連れて行くまで無事に届けるんだ。失敗は許さない」


「承知いたしました」


 寮には戻らず、エンリがエスペラートに借りている賃貸へとやって来て話し合い。


 結局のところ、ラナ・マシューは何も語らなかった。

 組織と口にしたことも、折り合いをつけられただろう願いの成就に関しても、何も。


「本人の様子は?」


「森の調査に関しての引継ぎという形で身柄を軟禁し監視しておりますが本当に何もしていません。組織とやらへと連絡を取る様子もありませんし、自死を図ると言ったこともです。あえて言えばユニアとの時間を大切にしていると言った雰囲気はありますが」


 ただ、約束と言うか取引は守ってくれた。

 フェニックス・ウィングで蘇ったルルとクルス王子は何がなんやらと言った様子ではあったが、極炎がどうのと言ったことは口にしなかったし、先輩二人にしてもそうだ。


「何か直接聞いたか?」


「いえ、そう言ったこともありません」


「そうか」


 ラナ・マシューの目的はなんだったのか、あるいは組織とやらの目的は何か。

 簡単に全てを吐くことを期待していたわけじゃないけど、ここまで全てを黙秘されるのは困る。


「このままじゃ、極風に任せることになってしまうんだよな」


「極魔最凶の極風様であれば、尋問で情報を吐かせるなど容易かと思われますが……ラナ・マシューに同情してしまいますね」


 極風はなぁ、加減ってやつをえげつない方向に極めてるからな。

 何があって最優と呼ばれてる極土と引っ付いたのやら未だに不思議でしょうがない。


 軟禁初日にラナに面会は行っている。

 当然あの時言った取引を履行するためにだ。


 しかしながら、ラナは黙って首を横に振って小さく笑うだけ。


「やっぱり極炎としての姿を晒したのは失敗だったかな?」


「多くを諦めたかのような雰囲気は確かに感じます。あるいは、ルージュ様に知られたことこそが解決の一手であったのかも知れませんが」


「王国の上層部がこの件を知って動くことを期待しているって? なくはないだろうけど、動く方向性を決めるのは首脳部だ。個人を切り捨てて多数の幸福へ導く奴らがそんなことするわけないだろうに」


「それは……いえ、確かにその通りです。ルージュ様の一声があっても、大筋での変化はないでしょう」


 首脳部に対して口を挟むことはできるし、多少の影響は及ぼせるだろう。

 けど、だからと言ってエンリが言う通り大筋を変えることはできない。

 何より個よりも多を活かすためにってのは俺自身が納得している部分であり、納得しなければならないもの。


 何を期待している、いや、望んでいるのやら。


「明日の昼、だったな」


「はい」


「朝に会う。学院は休むよ、あの場にいて多少なりとも事情を知っている人間だし、参考人として召喚されてるって体で頼む。ルルやクルスに不自然と思われたくもないしな」


「承知いたしました」


 何にせよラナ、これが最後のチャンスだぞ?




「見送り、にしては随分と早いな」


「わふっ」


「早起きは良いもんだから」


「違いない。起きていて良かったよ、キサマの顔を見れた」


 エスペラートにある駐屯所、その一室へと入ればイスに座って困ったような顔したラナと、足元で尻尾を振って寝ころんでいたユニアが立ち上がり。


「おはよ、ござい、ます。です!」


「お? あぁ、おはよう」


 喋られたのか。

 うん? え? 喋れるの!?

 いやいや! そういやラナの言葉を理解していた節があったし!?


 い、いかん、とりあえず落ち着こう、話題を変えて落ち着けるまで気にしないフリだ、うん。


「……寝られてないのか。隈が酷いぞ」


「そういうわけではない。単に、ユニアとの時間を惜しんでいるだけだ」


「望むならこの後であっても面会位自由にしてやれるんだぞ?」


「この子にとっても、私にとってもそれは良くない……親離れ、子離れ、しなくてはな」


 ……はい?


「ふっ、ふふふ、悪くはない。やはり、早起きは得をするものだな。胸がすっとしたよ」


「まとう、か。いや、待ってくれ」


「待たない。そうとも、ユニアは私の娘だよ。父親は、他ならぬ私が殺したがな」


「はい、です。おかあ、さま、です」


 あー……。


「悪い、ちょっとどころじゃなく驚きで頭が回らない」


「十分に、とは言えないが時間はある。ゆっくりで構わないぞ、サボリ学生さん」


 なんだ、つまり。


「ユニアは、ラナの娘?」


「そうだと言ったつもりだが?」


「ラナは、モンスター被害者?」


「被害者というよりは生贄というべきだな。生まれた村はそういうところだった」


 モンスターの生贄になってなお自我を保ち、あまつさえ生んだ子供を娘と呼ぶ?


 あぁ、それは。


「組織とやらに目をつけられても、仕方ない、か」


「まさしくその通りだよ、ルージュ・ベルフラウ。彼らは実験に協力すれば、私とユニアに安息の地を用意すると言ってくれた。人間の言うことを理解し従う獣人を使って、獣人の魔力を調査し、活かす方法を模索している。その実験の一つがパティアの森で行われていたモンスター変異だ」


「随分いきなり話してくれるじゃないか。そのついでに組織とやらについても頼む」


「残念ながら末端でね、組織が何を目的としているのかも知らないのだよ。今を鑑みるに用済みらしいし、直に処分されるだろう」


「させないぞ?」


 いやいや、そんなの見過ごすわけないよねって。


「違う。どうなろうとも気にしなくて良くなったと言うべきだったな。ルージュ・ベルフラウ、私の望みは一つだ」


「……聞こう」


「この子を、ユニアを、頼む」


 真面目な顔して言い切ったラナの隣で。


「おねがいします、です。ごしゅじん、さま」


 エンリが聞けばブチギレ間違いなしの単語を口にして、ユニアがごろんと仰向けになり腹を見せてきた。

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