第11話 なにそれおいしいの?

「あっ! こ、ここって!?」


 フラムベル。


 寄り道ということで、王都でも大人気……かどうかはわからないが、少なくとも何度か極水に無理やり連れてこられた店の系列店へとやって来た。


 正直女の人はどういうお店が好きだなんだっていうのはまったくわからないので自信はないけれど。


「あー、悪い。流行りとかには疎くてさ。ダメ、だったか?」


「ううんっ! 王都のフライムルが今年から学生向けにって出したお店だよね。行こう行こうと思ってたところだったんだよ!」


 やけにテンション高くなったな? やっぱり女の人ってのはよくわからない。


「ならここでいいか?」


「えっ? で、でも流石フライムルの姉妹店というか、すっごいお客さんの数だよ? お席、空いてるかなぁ」


「どうだろ? じゃあ空いてるかどうか確認してくるから待っててくれ」


「うん、ありがとう、ルージュ君」


 エスペラートの地理は頭にあるけど、流石にどのお店が美味しいだなんだまではわからない。

 放課後だし、相談事をしたそうなルルさんとしては他の生徒がいても落ち着かないよな。スマートな男ってやつは難しいもんだ。


 出来ればいい感じの席が空いてたらいいんだけど。


「ようこそいらっしゃいま――せ」


「ごめん、俺ともう一人女の子なんだけど。静かに話せるような席とかって空いてないかな?」


 流石に極水オススメのお店と言うべきか、洗練された所作で出迎えてくれた店員さんだけども。

 なんで俺の顔見るなり一瞬固まったんだ?


「はい。只今ご用意致します、少々お待ちいただいてもよろしかったでしょうかごくえ――いえ、お客様」


「あぁ、なるほどそういう……すみません。知っていたら連絡を入れていたのですが」


「とんでもございません。いつかこうしておもてなしをと王都本店の従業員含め、一同夢見ておりました」


「気持ちは嬉しいけど大袈裟だって。しっかし、俺の正体を知っている人がいるのは都合が悪いな……」


 どうしたもんかね?

 流石にここで他にいい店知らないかなんて聞くのは失礼ってレベルじゃないぞ?


「ご安心を。極土様より私を含めた従業員の一部はお話聞き及んでおりますので」


「え? そうなの?」


「一口で申し上げれば身分を隠されているのですよね? お任せください」


 まぁた極土に頭が上がらなくなった気がする、けどありがたい。


「そっか、ありがとう。じゃあ連れを呼んでくるよ」


「はい。席をご用意しておきます」


 これまた深い一礼に見送られて店を出る。

 国家権力って怖いね、戸締り大丈夫? 俺は気を付けるね。


「あ、どうだった?」


「空いてるってさ。行こう」


「やった! 楽しみっ!」


 なんか本来の目的忘れてそうだけど大丈夫?




「……ねぇ、ルージュ君」


「うん?」


「なんであのヴァイオリニストさんは泣いてるの?」


「知らないよ」


 目にゴミでも入ったんじゃないかな。


「じゃああの給仕担当さんはなんで膝が震えてるの?」


「立ち仕事って大変だよな」


「この料理運んできた人はなんで涙ぐみながら震える手で料理出してくれたの?」


「新人さんなんじゃないか?」


 任せた結果がコレだよっ!! ご覧の有様だよ! 店長呼んで来い! てんちょー!!


「もしかして、ルージュ君って凄い人? 大貴族様?」


「俺が凄い人? んなわけないよ、本当に凄い人ってやつは齢二十歳で魔法学院に入学したりしないし、ベルフラウなんて家名も聞いたことないだろ?」


 確かに俺は戦争で多くの武勲とやらをたてたかもしれないが。身分はギリ名誉貴族程度なもんだ。


 凄い人というのなら、俺にとっちゃこんなに美味しいスープを作れる人のほうがよっぽど凄い人だと思ってる。


「はぁ。そう普通にされちゃうと、なぁ」


「悪い。どうにも俺は抜けてるみたいで」


「そういう意味で言ったんじゃないよ、こっちまで落ち着いちゃうと言うか。ルージュ君がどんな人でも何も変わらなさそうだなって思っただけ」


 困り顔で笑うルルさんだ。

 こうして改めて見れば可愛らしい顔をしていると思う。

 表情も豊かで飽きないし、今まで接したことのない女の子。


 あるいは、こういう女の子を普通の人なんて言うのかも知れない。


「……あの、ね?」


「うん」


「調査隊志願の話、なんだけど。どうしてルージュ君は、あたしを誘ってくれたの?」


「諸々のきっかけになればって言ったと思うけど」


 どうやらそう言うことじゃないと言いたいようで、困り顔のままふるふると首を横に振られてしまった。


「あたしって、魔法の才能、ないでしょ?」


「いきなり重い話になったな」


「あはは、ごめん。でも、無いんだ。自分でもそう思うし、ずっとずっとそう言われて来たんだ。スピアード家の面汚しだって」


「面汚し、ねぇ?」


 優秀な魔法使いの男女に生まれた子供も優秀な魔法使いとなる。

 ある意味これは事実だと言えるだろう、少なくとも一定以上の才能ってやつは持って生まれるのだから。


「ルルさんを貶しているのが親なんし身内だとするのなら、それは空に向かって唾を吐きかけているようなもんだが」


「うん、あたしもそう思う。けど、だからこそ、なのかな。あたしは何を言われてもいいけれど、お父さんとお母さんがあたしを通して自分を蔑んでいる形になってるのが、イヤだった」


 優しい人だなルルさんは。


「だから、魔法学院に入学したんだ。ちょっとでもお父さんとお母さんが自慢に思ってくれるような魔法使いになるために。ほんと、自分で言うと安っぽいかも知れないけど、とっても頑張って」


「努力を疑うつもりはないよ。エスペラート魔法学院はちょっとやそっと頑張った程度じゃ入学できないんだから」


 今は少し、落ちぶれてしまいそうになっているかも知れないけれど。国が誇る最高の魔法使い養成所に違いはない。


「……ありがと。そう言ってくれると嬉しいよ」


「才能だなんだはともかくとして、だけどさ。両親が誇れる自分になりたいって話なら、それこそ調査隊に志願した方が良いんじゃないか? 参加できたのなら、言ってしまえばエリートの証になるんだぞ?」


「あ、うぅん。その、自慢に思ってくれるような魔法使いにっていうのは、エリートになりたいって意味じゃ、ないんだ」


「うん? じゃあどうやって自分の価値、っていうのか? わからないけど、そう言うのを証明するつもりなんだ?」


 よくわからないからそのまま聞いてみれば、一瞬口をもごもごさせた後、意を決したように頬を赤く染めながらルルさんは。


「復縁、っていうのも変なんだけど、ね? こ、婚約者を、振り向かせたいと思ってて!」


「こ、婚約者? まぁ、なんだ、やっぱり貴族様ともなれば婚約者の一人や二人いるもんか」


「ふ、二人もいないよぅっ! け、けど、ね! ちょっと相手が凄すぎる人っていうか! え、エスペラート魔法学院を卒業した程度じゃ釣り合わないっていうか!」


「ふぅん? ちなみに、誰なの? あぁ、聞いても良ければ、だけど」


 貴族様となればというか、器の一族なら当然とも言えるか。

 相手を元から決めて、その相手にチューニングしていけばいいわけだし。


 それなら確かに調査隊に志願なんかしてる場合でもないな。


「――ん、さま」


「え? ごめん、聞こえなかった」


「極炎様っ! う、嘘みたいな話だけどっ! お、お見合いの会場にすら来てもらえなかったけどっ! 極炎様が婚約者なのっ!!」


「……はい?」


 何それ聞いてない。

 婚約者って、美味しいの?

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