第四話 炎は水辺に燃える

 放課後、俺たちは等々力に同行する。

 駅の改札を通り、電車に乗って、初めて見る駅で降り、歩く。だいぶ移動しているが、それでもノリで着いて行った。


「ここです」

 目的地に到着、等々力が指をさす。

 その施設、カクカクとした巨大な建物、ガラス窓の中には水が見え、周囲には少し塩素の匂いが漂う。

 屋内プールだった。


「プール!?」

 草壁の驚きの声。当然のものだ。


「一度来てみたかったんです」

「学校の帰りに来る場所じゃないから」

 正論でしかない。


「急に連れてこられても、水着とか持ってきてないし」

「売店で買えますよ」

「そんな軽いノリで……」

 呆れる草壁。そりゃそうだ。まだ春だし、放課後だし、値段もするし、そもそも別に泳ぎたくないし。入らない理由はいくらでもある。拒否ムードの中、等々力は言った。


「放課後にプールに来るなんて、自由な感じがしてよくないですか?」

「確かに」

 自由。草壁はその言葉に弱いので入ることになった。ちょろかった。

 


 更衣室で別れてテキトーに買った水着を履いてプールゾーンへ出る。中はそれなりに広い。流れるプールとかもある。ただ平日の夕方なのであまり人はいない。俺は半裸で女子二人が更衣室から出てくるのを待つ。

 唐突な展開だが、嫌じゃない。むしろ楽しみだ。女子二人とプール、楽しいに決まってる。


「お、おまたせ」

 ぎこちない足取りで草壁が出てきた。


「おお!」

 俺の口から自然と感嘆の声が漏れる。草壁の姿、売店で買ったばかりの水着。なんかセパレートっぽい。そこから溢れる白い肌。

 しかしそれよりも目を引くもの。


「腋毛だ!」

「やっぱりそれなの」

「公共の場で見ると興奮が増すな。クロールした時が楽しみだ」

「や、やめて」

 今更恥ずかしがるあたりもいいね。


「等々力はどうしたんだ?」

「特別な水着に時間がかかるらしいから先に来たけど」

 誘っただけあって本人はちゃんと用意してるらしい。それで草壁と差をつけてアピールするつもりだろうか。ちゃんと姑息だ。


「ぶっちゃけ水着って秘所を隠す障害物だからどうでもいいんだけどな」

「その視点もどうかと思う」

「ど、どうもー」

 等々力が小さい声で現れた。


「っっ!?」

 俺の口から自然と驚愕が漏れる。なんでもいいと思ってたのに動揺してしまった。

 等々力の水着姿、それは一面が紺色で、ピチピチとした素材が体に食い込んでいて、胸のところに大きく6-3と書かれている。


「スクール水着じゃねえか!」

 6-3って小学六年生だろ。俺たちもう高1だぞ。


「ち、ちょっとキツいですけど、私、あまり体格が変わってないので」

「だとしてもそれを着てくる精神性は変わっててくれよ」

「草壁さんはどう思います?」

 わざわざ名指し尋ねた。ライバルの感想を聞きたいらしい。


「……そんな飛び道具でアピールしてくるとは」

 歯軋りをしていた。既に火花が散っている。


「そ、それだけですか?」

「他に何か?」

「い、いえ。じゃあ行きますか」

 歩き出す。腋毛の草壁とスク水の等々力。周囲の目が自然と向く異様な光景。二人とも恥ずかしそうにしている。なに勝手に自爆してんだこいつら。


「しかしプールって言ってもなにしていいかわからんな。草壁は泳ぎ得意なのか?」

「当然。今は腋毛の浮力もあるから無敵」

 そう言って流れるプールに入り、そのまま流されていった。意外と楽しそうだ。


「等々力は泳がないのか?」

「私、泳ぐのはそんなに好きではなくて……あとこれがキツくてですね」

 スク水を掴んで見せた。馬鹿なのか? お前が連れて来たんだろ。


「その、お話ししませんか? こういうのってプールサイドでだらだらしてるのが楽しかったりするじゃないですか」

「それはそうかもな」

 俺たちは水辺から離れ、そこら辺にあった白いプラスチックの椅子に座る。

 ……さて、なにを話すか。等々力と二人、クラス会以来のことだ。しかしあの時とはだいぶ状況が違う。


「水を見てると自分がちっぽけな存在に思えてくるよな」

「それ海のやつですよね。プールで思う人あんまりいないです」

 どうでもいい会話をしている間に話題を決めた。俺が話したいこと、これしかない。


「等々力、ずっとなにがしたいんだ?」

「なに、と言われましても」

 とぼけた様子の等々力、そこに俺は切り込む。


「距離の詰め方とか、変だぞ」

「え、そうですか?」

「俺がちやほやされてるからラッキーとは思ってたが、強引すぎてちょっとダルいな」

「正直ですね」

「正直じゃない会話とか、めんどいんだよな。嘘とか見栄張っても大して得られるものなんかないし、吐き続けないといけないのコスパ悪いと思う」

「ドヤ顔で自論を語って気持ちよさそうですね」

「もうちょいオブラートに包んでもいいんだぞ」

「正直であれと言われたので」

 こりゃ一本取られたわい。


「じゃあ等々力も、正直に教えてくれよ。なにがしたいんだ?」

「そうですね……」

 等々力は下を向いて考え込む。自分の心中を模索してるのか、それともどこまで話すべきかを悩んでるのか、それはわからない。そして、顔を上げて口を開く。


「草壁さんに勝ちたいです」

 思ったよりも、本気の言葉っぽいのが来た。


「それが等々力の望みなのか?」

「私では、草壁さんより魅力ないですか?」

 俺の疑問をスルーして、どんどん先へ進んでいく席を立って俺の目の前に来る。


「これでもまだ、ダメですか?」

 屈んで体を寄せてくる。唐突な行動。なにを考えてるかわからない。ただとりあえず、触り得だ。目の前にある肩を掴む。


「……あっ」

 小さな体。未成熟だが、スクール水着で締め付けられて肉体が溢れて見える。触るとより確かに存在がわかる。草壁以外の女の肌がある。

 その心の中ではなにを考えているのか。今までなんとなくで対応していたが、知りたくなる。だから俺は考える。

 

 俺のことが好き、それなら単純だ。

 手紙、グループ参入、弁当、そして今。一貫している。

 でも本当にそうなのか? おどおどした敬語を崩さない態度。最初からずっとそうだ。それはなにを守っている? 草壁にとっての腋毛が、等々力にはあるのか?

 思考していると、沈黙になっていた。至近距離で等々力と見つめ合う、吐息すらもかかりそうな状態。意識するとそれはますます、俺の興奮になり……


「なにをしてるの?」

 割って入る声、草壁だ。プールから上がりこっちを見ている。俺は慌てて体を離す。


「等々力さんが無藤に体を触らせて見つめ合っていたようだけど」

 一部始終を把握していた。


「草壁さんはなにをしてたんですか?」

「私が泳ぎだしたのだから当然みんなで流れるプールに入る感じだと思ったのに誰も着いてこず、流れに逆らって戻るのも恥ずかしい上に一周も長かったのでなにもしていなかった」

 とても悲しい時間だ。


「それで、あなたたちはなにをしてたの?」

 詰問調の低い声に対して、等々力は焦らすようにゆっくりと口を開いた。


「まあいいじゃないですか」

 堂々と水に流そうとしていた。

「流れるプールだけにな」


 ブチッ


 草壁の方から。ブチギレた擬音が本当に聞こえた。そんなわけないと思ってよく見る。

 右手をあげて左手は脇に添えられている。その指先には毛が。

 腋毛を抜いた音だった。ブチギレて腋毛をぶっ千切ってる人初めて見た。


「プールに来て泳がないってのも自由ですよ。プールの思うようにはならないぞって感じ。流されてる草壁さんより私の方が自由です」

 等々力は臆せず追撃していた。すげー度胸だ。


「等々力さん、宣戦布告と受け取っていい?」

「それもご自由に」

 火花が散る。水辺なのに熱い空間だ。しばらく睨み合った後、等々力は言った。


「そろそろ帰りますか」

 帰るんかい。


「結局俺たち水に入ってないぞ」

「もう目的は達成しましたので」

 なんか意味深っぽいこと言ってるし。


 こうして全く一件落着とはならず、俺たちのプールは終わった。


 ★


 帰りの電車に夕日が差し込む。俺たちは座席に三人並んで揺られていた。

 等々力は疲れたのか俺の肩を枕に寝て、反対側の肩は草壁の怒りのオーラをひしひし浴びている。


「作戦会議の時間」

 小声で草壁が言った。こんなところでもやんのか。


「今日の議題はメンバーの中に裏切り者がいる件について。なにか申し開きはある?」

「水着で誘惑されたから乗ってやったまでよ」

「なぜか偉そう」

 草壁はため息をついて、そして断言する。


「今日で完全にはっきりした。彼女はあなたのことを求めている」

 今回は本当にそうかも。謎水着で密着されたし、本人もそんなこと言ってたし。


「安心して。彼女を撃退する作戦を私は思いついた。あなたの作戦とは違う完璧なものを」

 なにが安心なのかはよくわからないが、撃退してくれるらしい。頼りになるなあ。

 等々力を見る。俺にもたれて寝ている。正直これも怪しい。ほんとに寝てんのか?


「……うぅ……草壁さん」

 寝言を呟いてる。相手は草壁だ。


「草壁さん……ん……ぶっ殺す……」

 めっちゃ怖えよ。この人こんなんだったけ。


「大丈夫。体毛とは外界から体を守るもの。私があなたを守る」

 この人は変わらないなあ。


「……あ、す、すいません。寝ちゃって……もう着きました?」

「そろそろ」

 目を覚ました等々力に、草壁が答える。二人は同じ最寄り駅らしい。この後とかなんの話するんだろう。ちょっと聞いてみたい。

 その後は特に会話もなく揺られていると、二人の駅に着いた。


「今日はありがとうございました。色々楽しかったです」

「明日を楽しみにしてて」

 それぞれ含みを持たせたことを言いながら同時に電車を降りていった。車両の扉が閉まる。一人取り残される。


 なんか疲れた。等々力の行動とか、考えるべきことは無限にあるがやめやめ。どうせよくわからんし、俺のこと好きならそれはそれでお得だ。

 楽しみなのは、草壁の作戦だ。腋毛一本吊りとか盗聴とか俺がやってたことを、草壁がやる。初めてのことかもしれない。どんなことをするんだろう。

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